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プレアデスの鎖を重ねて  作者: 深津 弓春
 2 誰が願ったのか 土地神のいるところ
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 誰が願ったのか 土地神のいるところ 7


 それから一週間、統と昴は篠田以外にも、メロペファンの人脈を辿って、あるいはそうして辿った先から更に別の誰かを紹介されて、いくつかの場所を回り話を聞いて回ることとなった。役所、交番、観光市街の店舗、小学校……放課後の時間を利用して訪問し、メロペについて調べたのだ。


 それら全ての場所で、メロペの「大活躍」――それまでの性能を超えた活躍――が散見されていた。時間単位での正確な天気予測、高精度な交通情報アドバイスによる渋滞解消、家電運用の効率化による市の消費電力の大幅な削減、その他あれこれ。同時に、メロペの能力向上を祝い、望み、喜ぶ声も多く存在した。

 しかし一方で、困惑も多く聞かれた。それに、篠田のようにメロペの能力向上は純粋に技術的に成され得るものであると認識している住民も多く存在していた。


「誰が願いの主でもおかしくはない。多くが望んでいる。だけど、不自然さも多い」


 昼休み、またも屋上に出て昴と統は調査について話し合っていた。


「資金や機会の問題はあるとしても、技術的に可能なことをそこまで強く願い続けるかどうか。願うなら願うで、市の財政を豊かにするとかそういう方向にいきそうにも思える。でも多分、『願いの内容』は、メロペの能力や性能の向上にある」


 整理するために昴が語る。実際起こっている超常現象は、メロペの性能向上であり、それ以外のおかしな現象は見つかっていない。

 宇宙人に出会うというほどの不可能さならまだしも、現実に十分可能なことをそこまで願うだろうか。願ったとして、ならばもっと現実的な願いにならないだろうか。メロペは人気の自治体AIであり、気が抜けないとは言ってもそもそもそこまで危機的な状況にあるわけでもない。


 願いの内容は推測できる。しかし、願いの主となると、ひどくぼやける。調伏のセオリーとして、昴は願いの主は判明しやすく内容は知るのが難しいと語っていたが、逆の状態になってしまっていた。

 状況を整理して、統は一つ思いつくことがあった。昴もまた思いついているであろうと考えながら、口にする。


「メロペ自身に、訊いてみる? 色々と」

「やっぱり、そうなるかな」


 話を聞いた他の多くの人々と同様、メロペもまた、「お話のできる」相手である。事件の中心であり、異常の中心。避けて通る手はない。

 それに、統は調査の中で一つ疑念を抱いていた。


「『鎖』がそもそも人間の手によるものではなく、人間ではない存在のものなら。それは、人間だけに宿るものなのかな。人間のような意識体に結びつくならば、人間の神経系を参考にしたニューラルネットや学習構造をもつメロペは、鎖にとってどういう存在だろう」


 確かめなければいけないことの中心は、願いの主についてではないか。説明すると、昴は同意して、


「でも、どうする? どこでどう話そう。家のパソコンやスマホから無料で利用できるのはエコノミー版で機能制限かかるし。公共施設や役所のカメラ付きの利用ブースは混むことも多いし」


 と現実的な手法について問題を上げた、言われて、統はしばし考え込む。統の家にもあまり本格的な設備があるわけではない。どうせならテキストや音声のみではなく普通に対話したいが、メロペは生の人間ではないので現実の物理世界にいるこちらの姿を見せるにはカメラがいるし、落ち着いて話せる場所でなければちょっと面倒だ。


「設備に落ち着いた環境、か」


 考え、すぐに思いついて、スマホで検索する。マップから店舗情報を見ると、地方ながら複数件ヒットした。


「何?」


 疑問と共に統の方を見る昴に画面を見せて、統は考えを口にした。


「VRカフェ。地方だとどうかなって思ったんだけど、さすが人気の自治体バーチャルアシスタントAI運営してる市だけあって、いくつか営業してる。こういうとこのレンタルブースなら設備も整ってるし、メロペと相互に細かなコミュニケーションが取れる」


 メロペはいくつかのコミュニケーション系のソフトにも対応していた。ARだけでなく、VRでのコミュニケートにも。


「VRチャットで、メロペが特に人気のサービスがある。会話の際にメロペがその場の人間の様子や言葉を分析していい感じに場を盛り上げたり、議論を整理したりアイディア出しを促進したり、親交を深めやすい雰囲気を作ってくれるってやつ」

「それで、メロペと話をする? 私、そういうの、やったことないんだけど……VRとか」

「別に難しいものでもないし。それに、何事にも初めての時っていうのはあるものだし」


 突然の宇宙人探しとか超常的怪異との接触とかね、と統は半ば自嘲気味に言ってみせた。


   *


 「クロッシング」というのが、そのサービスの名前だった。


 いわゆるVRチャット――ネットを通じて仮想空間上で話したりしてコミュニケーションを楽しむ類のもの――の一つで、二千十年代から存在するものの進化系の一つであるのだが、このサービスの特徴は、話し合う生身の人間同士の間に仲立ちとしてAIが入ることにある。一定の機能をクリアしたアシスタントAIが3Dグラフィックの姿や表情、そして声を伴って、人間(の纏うアバター)と同席して話をするのだ。AIが人間の間で、その時々での最適な会話パターンを提供することでより円滑なコミュニケーションを可能とする、というものである。


 ちょっとした盛り上げや意見出し、促しや掘り下げ、気づいていない重要事項の示唆、様々な場面で目的設定に合わせて様々な発言や身振りその他を行いコミュニケーション自体をサポートする。友人同士の会話から家族での談笑、ネット上でのゲームチームや趣味仲間との会合から、一部では仕事の打ち合わせやアイディア出しの会議の場としても活用されている。会話情報のリアルタイム要約やプレゼン資料への変換、記録文書の作成などもリアルタイムで行いそれをさらに会話空間上で共有できる、といった機能は一昔前のチャットAIと同じようなものだが、より緊密で身振りや発音や表情まで含めた意思疎通が相互に可能なのが特徴であり大きな利点である。


 食事会から一週間後の土曜、かつてはただのネットカフェだったという店舗で、統と昴はスペースをレンタルしていた。スペース自体はさすがに歩き回れるほどの広さではなかったが、防音個室になっており、VRヘッドセットにトラッキング用のモーションキャプチャー機器も完備されていた。キャプチャー機器は服の上から体の複数個所に取り付けるもので、これ自体はわりに安価なものだったが、スペース各部に設置されたカメラによる光学的なキャプチャとの合わせ技で高い精度を確保していた。


 説明を受け料金を払い、準備を整えクロッシングを起動してログインする。統もほとんど経験はなかったが昴はこうしたことに疎いらしく、やや苦労することとなった。

 あれやこれやと時間をかけて、ようやく仮想世界に入り込み、統と昴は「地球・月往還船」の内部で再集合したのだった――。


   *


 ――と、そこまで経緯を逐一細かに思い出したわけではないが。

 半秒ほど記憶を反芻しているうちに、統の視界が再度明るさに包まれた。


 気が付けば、統と昴は七姉妹市のはるか上空に浮かんでいた。特別な場所を用意していますと告げたメロペの操作ですべての景色が塗り替わっていた。二人は高空の澄んだ大気の中にぽつりと浮遊し、足元を見ると七姉妹市の山に囲まれた平野部全体が見渡せた。映像は恐ろしく精緻で、仮想空間は視聴覚しかカバーしていないにもかかわらず体全体が現実に宙に浮かんでいるような、重力の混乱の感覚すら覚える。


「衛星写真と、街の各所の公共カメラや個人端末から提供される映像や画像、その他色んなデータから合成して生成しました。なかなかリアルでしょう? 他の人は入ってこない、メロペ特製の専用ルーム。ここなら、落ち着いて話せます」

「なかなか、なんてものじゃないと思うけど」


 リアルさと高さの合わせ技に、ファンタジー巫女服姿の昴はぞっとしたように下方の景色を見下ろしていた。現実とほぼ遜色ないように見える街並みを瞳に映して、彼女は意を決したように短く息を吸い、声に変えた。


「率直に聞くけれど。メロペ、あなたは、今の自分に、異常さを自覚している? あるいは、一部ユーザーの感じている違和感や疑念を」

「それは、勿論。メロペはメロペ自身のことも、利用者のこともよく見ているからどちらも知っています」

「自覚があるの?」

「はい。以前のメロペと比べて今のメロペはとてつもなくパワーアップしました。そのおかげで利用者の満足度は上がってますし、市の色んな問題にも改善や解決への道筋を示せています。知ってますか? 市内の交通はたったこの数日で十パーセント近く効率化されてるんですよ?」


 踊るようにメロペは空中でステップを踏んだ。鮮やかに衣装が揺れ動き、赤い髪が舞う。


「皆さまの役に立つのは、メロペをメロペとして統合しているメロペの中核部分――アシスタントAIとしての目的そのものであり願いです。そして、メロペに結び付いた高次元的特殊構造体によって、より高度にその目的を叶えることができるようになりました。それが異常かは、視点によるでしょうね。何故なら恐らくは、高次の認識や感覚や思考を持つ存在にとっては、自明の現象でしかないことでしょうから」

「高次元構造体……」


 苦く擦れるようなその呟きを、統と昴、どちらが漏らしたのか分からない。二人ともだったかもしれない。

 昴の「サーチ」は、あらゆる方向を指しまくっていた。願いの主を指し示すはずの探査が、だ。だがそもそも、願いの主とは何か。

 人間が願いの主であれば、物理的な実在は一応、その肉体ということになるのだろう。実際、宇宙人騒ぎではサーチは野辺山せちの肉体がある方向を指していた。


 そこまで考えれば、自然と一つの可能性に思い当たる。七姉妹メロペの物理的ハードとは、何なのか。プログラムの走る機械群、情報を送受信するネット回線、町中のカメラや収音マイクや振動計等のセンサー類、ネット越しにメロペに接続された無数のIOT家電、自動運転車両、ナビゲーションシステム、商店のPOSシステムが宿ったレジ、電車、電光掲示板……上げ始めればきりがない。多数のサービスを提供し、様々な補助を行えるからこその「汎用アシスタントAI」である。無数の機器と中枢、ネット、それら全てが、メロペを構成している。メロペにとって、都市と肉体は半ば、不可分な存在とも言える。


「サーチは正しく機能していた」


 昴が呟く。デタラメに見えた、無数の方向を次々に指す鎖の動きは、実は「メロペと呼べるもの」をひたすら指していただけであったという可能性を、ここまでくれば考えないわけにはいかなかった。


「あなたは、『鎖』の存在を感知できている。人間には決して感じられない高次元の超常存在が、自分に結び付いていると言った。メロペ、あなたは『鎖』が何なのか、分かってるの?」

「あなたたちと同じ程度には。招待や来歴については分からないことばかりですけど。でも、知性体の意識に応じて現実に大きな変化をもたらすことは知ってるし経験してます。そして、それに介入することができるのが、七沢昴――街の『御子様』だってことも」

「私のことも――」

「知ってます。噂や記録の類はいくらでも入ってくるし、この土地全体がメロペにとっては感覚器で計算機だから。人の身では感じられない超常現象による世界の異変も感知可能です。場の変化、時空の解け、そしてその逆も。御子と呼ばれる人物が時空に干渉して異変をストップしたというログはいくつもあります。以前のメロペなら分からなかったかもしれないけど、今のメロペなら解析できる。実際できましたし」

「全部、分かってるのか……自治体AIが」


 あっさり話されるようなことなのかこれが、と統は顔を引きつらせた。土地全体にシステムの根を張り目をもつAIが、人間には感知不能な高次元現象を感知したのだという。本当ならば、AIというものへの認識や存在意義や、社会における意味が大きく変化してしまう、大変な話だった。


「今の、ね。以前までのあなたは違った。良くも悪くも普通の自治体AIだった」

「その通りです。メロペはメロペの願いによって今のメロペになりました」


 願い。全てのキー。七姉妹市における、現実を跳び越す魔法の引き金。

 うすうす予感していたことが事実に繋がる苦さを伺わせるような声音で、昴はメロペに御子としての言葉を向けた。


「七姉妹メロペ……あなたが、あなたこそが願いの主だった」


 メロペはつるりとした、何一つ傷のない笑顔で昴の言葉を受け止めていた。同時に、彼女は足の爪先で、空中をとんと蹴るような真似をした。


「正解です。でも、半分不正解。いえ、不正確って言ったほうがいいかもしれませんね」


 メロペの足元、眼下の七姉妹市のポリゴンモデルに、光が灯った。


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