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プレアデスの鎖を重ねて  作者: 深津 弓春
 2 誰が願ったのか 土地神のいるところ
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 誰が願ったのか 土地神のいるところ 6


 人の輪というのは時に凄いもので、宮川の交友ネットワーク、メロペファンの人脈の広がりは中々のものだった。さほど時間をかけずに「詳しい人間」とやらが何人かピックアップされ、中でも話を聞けそうな人間が絞り込まれていった。


 その一人がすぐ近くにいるということで、統と昴は「メロペファンの聖地」から半時間ほどかけて更に七姉妹市の西の外れへと移動していた。


「うわ、なんかそれっぽい」


 市の周縁部、つまり山際には農地が多い。そんな農地の一部、他の土地から林と小川と柵で分断された場所にそれはあった。

 切り分けられたようなそこそこの広さの土地に、田と畑が造成されている。それ自体は普通だが、特殊なのはその農地全体に様々なセンサーと位置マーカー、カメラが設置され、あちこちに改造の施された市販の農機や様々な部品を組み合わせて作られたと思しきオリジナルの機具・機械類が置かれていることだった。

 声を上げた昴に、統も「確かにそれっぽいと」そのまま同じことを呟く。

 二人の声を聞きつけたのか、農地の中央で何か作業をしていたらしい青年が振り向き、手を振った。


「おう、こんにちは、ミヤから話来てたの、君らか?」


 ざくざくと大股で歩いて近づいてくる。かなり大柄な青年で、宮川の話では付近の大学の学生だという。春だというのに、野外での作業機会が多いのか肌は浅く焼けている。ごつい見た目だが表情は柔和で、親しみやすい雰囲気があった。


「はい、稲上統と申します」

「七沢昴です、突然お邪魔してすみません」

「ああ、いいよいいよ、別に今日は特に忙しくもないし。篠田武彦(しのだ たけひこ)だ、よろしくな」


 機械類と農場を背景に、篠田青年が笑う。


「凄いですね、これ、宮川から話は聞いてましたけど。全自動農場、でしたっけ」


 統が言うと、篠田は「まあ全自動、カッコ予定、もしくはカッコ目標、だな。今のとこまだまだ全然だ」と農地を振り返って肩をすくめる。

 宮川の話では、ここは篠田とその友人が趣味的に利用している土地で、篠田たちが親族から借りているのだという。そこを使って、彼らは実験的かつ趣味的に、「全自動農場」なるものを作ろうとしているのだとか。


「ま、自動なんつっても、企業やらがやってるような本格的なものじゃない。学生がどこまでできるか挑戦してるって感じだな。採算はまずマイナスにしかならないだろうし」


 篠田は謙遜しつつも、統たちに軽く説明してみせた。

 ロボットにドローン、それに改造した元有人用の農機、それに画像認識や位置情報システム、各種センサと学習機能等、二十年代までに育ってきた様々なモノと技術を組み合わせて、最終的には完全に人の手を離れても通年機能する田畑を作る、というのが最終目的のプロジェクト。複数の学部の生徒による研究と実戦と、なにより悪乗りの娯楽の結果が、この農場なのだと彼は語った。


「で、そうだ、メロペの話だったよな」


 ざっと話した後で、そう切り出してくる。


「ええ、最近のメロペについて、色々おかしなところがあるんじゃないかって」

「ああ、それな。いやしかし、まさか最初にこの異変について話す相手が、『御子様』とはな……」


 言いつつ苦笑してから、篠田は片手で頭をかいた。


「いや、ごめんよ、別に君らを悪く思ってるわけじゃないんだ。ただ、俺もつい数年前までは地元が大阪で都会暮らしだったからさ。御子とかどうとかそういう話、こっちで人から聞いて概要は知ってるけど地元の人みたいな実感というか、そういうのないんだよな」

「ああ、凄くそれは分かりますよ」


 俺もそうなのでと統が言うと、「そう言ってくれると助かる」と嬉しそうに頷いた。


「で、メロペな。確かに、ありゃ、明らかに変っていえば変だな」

「変、ですか」

「ああ、どっから説明すっかな」


 考え込みながら、篠田は雑草の伸びつつある、田畑の間の小道を歩き出す。統と昴も後ろに続いた。


「敷地のあちこちに、カメラあるだろ。あれ、無人機用のセンサーであると同時に、投稿動画用の撮影もしてるんだ」

「投稿動画、ですか? この農地の?」

「ああ。使われてなかったこの場所を再度開墾するところから、土づくりに作付け収穫その他、それに機械類の制作や改造、ソフトウェアの製作、いろんなことを『全自動農場への挑戦』つって動画にしてんだ」


 道の先にはガレージのような建物があった。機械いじりなどをする場所らしく広く開いたシャッター部から篠田は中に入り、手にタブレット端末を持って出てくる。

 見てみ、と言われて画面を覗くと、見慣れた有名動画サイトが表示されていた。画面トップには『美少女AIの宣託で無人農場を目指す信徒たち』とチャンネル名が記載されている。その下にはずらずらと投稿動画とそのサムネイル。どれも、十万単位と中々の再生数になっていた。


「最初は地味な動画で人気もなかったんだけどな。途中で、行き詰まったりトラブった際に、半分冗談でメロペに助言を求める、ってのを始めたんだよ。七姉妹メロペは自治体の汎用アシスタントであって、専門的な分野にそこまで超広範な知識や情報や検索能力を持ってるわけじゃないし、超高度な計算能力があるわけでもないからこういうことにはあまり向かないんだけどな。本物の専門家やスパコンや特化型支援AI雇うような金あるわけないし、洒落でやってみたんだよ」


 そしたらそれが面白かったんだ、と篠田は可笑しそうに笑う。


「すげえ難解なプログラムについてとか、機械の設計についてとかそういうこと質問すると、普通にメロペが困惑したり、素っ頓狂なアドバイスしたりするわけ。なにせネット上に答えなんかない質問だし、自分で考えようにも高度過ぎる問題だから。で、それを受けて俺たちも無茶苦茶な指示を真面目に実践してみたりツッコミ入れたりとか、そういうことやってさ。それを動画化したら思いのほかウケて、再生数も多くなった。おかげでちょっとした寄付や動画の広告収入も生じてきたんよ」


 なるほどそれが「美少女AIの宣託」というわけか、と統は動画チャンネルの名前をもう一度黙読した。


「ようするに、メロペの性能的限界をネタとして扱った、技術農業おもしろ動画、って感じだったんだ――けども、最近はこれが全然動画投稿できてない」

「何故です?」


 昴が訊くと、篠田はタブレットの画面を消してそのままそれで自分の顔をパタパタと仰ぎながら答えてみせた。


「メロペが――なんと言うべきか、ヤバいくらい的確なんだよ。ここんとこずっと。無理難題のはずの質問にも、平気で普通にアドバイスしてくれるんだ。いや、アドバイスなんてもんじゃないな」


 話しながら、篠田の人のよさそうな顔が、声と共にいくらか陰る。


「俺たちの作ったプログラムの改良なんてお手の物でさ。農機やドローンのハード面での改良や、設計すらしてくるんだよ。大企業だってそうそう作れないような細かな地形把握・追従機能とか出してきたりな。それどころか作物の微細な分析や品種改良案、冗談みたいな精度の天候予測に、果ては俺たちどころか教授でも理解しがたいような論文じみた『アドバイス』まで送ってくる」


 統は昴と顔を見合わせた。あっさり話しているが、それは、かなりとんでもないことなのではないか、とお互いの顔に困惑と驚きが浮かんでいた。


「ちょっとあり得ないよな。いやちょっとどころでもないか。ニューラルネットや学習機能や自己改善の能力を加味したって、無理なもんは無理だ。ここ十数年でAIの性能は魔法みたいに上がったけど、限界はある。そもそもメロペの計算資源、物理的なハードは、一つの自治体で使用できるほどだからそりゃ巨大なものだが、超ド級のスパコンってわけでもない。基本はネットから引っ張ってきてようやくして語るってタイプの、20年代初頭からの古式ゆかしいアシスタントAIのはずなのに……モノとして無理があるように思うんだよな」


 七姉妹市がグー〇ルやアップ〇の集合体なら別なのだが、と篠田は付け加えた。

 滔々と語る様に、統は内心で冷や汗をかきつつ、なんと呑気な、と声に出さず呟く。篠田の言うことが本当なら、おかしいな、で済む話ではない。よくもまあ大事件として報道されてないものだ。


「普通に利用してるやつらはまだそこまで違和感ないっぽいけどな。俺らみたいな学生や教授連中は困惑してるよ。あり得ないってな」

「超常的な、おかしな現象だと?」

「ぱっと見は。ただまあ……何か物理的に説明のつくタネがあるんだろうとは思ってるけど。巨大なデータベースを誰かがメロペにくっつけたり部分的に操作して、あたかもメロペ自身の思考・計算性能が上がったかのように見せかけるとか。まあそれにしたってどんな手間だって感じだし専門家が何人がかりでって話だしそんな悪戯する理由も分からんしいくら金がかかるか分からんし、メロペの運営だってすぐ気づくだろって感じなんだが」


 腑に落ちねえことばっかだなーと空を見上げてぼやく。


「仮に、本当にメロペの性能が大きく底上げされていたとしたら」


 相手の少し長めの沈黙を狙って、昴が声を発する。


「どう思いますか?」

「うーん。ま、俺もメロペには愛着深いからな。そりゃ嬉しい。性能の更新は自治体AI存続の要だし。でもこういう訳の分からんのはなぁ。普通に金さえありゃ、技術的にはまだまだいくらでも進化するだろうから、真っ当に育ってほしいもんだよ」


 期待するように遠くを見る目で言ってから、篠田は軽く首を回して凝りをほぐすような仕草をしながら付け加えた。


「あ、でもそうしたら、やっぱ動画投稿できないままか。コンセプト、変えないとかな。賢いメロペに仕える従順なしもべの農場、なんてどうだろう」

「どうだろうと言われても」


 統が困惑すると、篠田はまたも快活に笑った。野太い笑い声が、機械と自然の入り混じる農地の上で反響していった。


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