誰が願ったのか 土地神のいるところ 5
食事会の翌日、日曜ということで早速昴は調査に乗り出していた。もう一度七沢家で集合し、最初に鎖による「サーチ」を試すこととなった。
「大抵の場合願いの主自体はこれでかなり絞ることができるの」
と昴は説明した。調伏のために必要な二つの情報、願いの主と内容だが、このうち願いの主の方は比較的特定が容易なのだと。鎖のサーチが使えるため、ストレートに対象を絞っていくことができるからだ。
が、しかし。
七沢家の広い敷地の中で掲げた手のひらの上に鎖を出現させた昴は、いきなり大きく戸惑うこととなった。高次元的格子構造から伸びたサーチのための一筋の細い格子は、一所を指したりせずに、大きくぶれながら高速でてんでバラバラの方角をぐるぐると指し始めたのだ。まるで壊れたコンパスか何かのように、あちらこちらと全く無茶苦茶に様々な方向を輝きは指し示しまくっていた。
「こんなの、見たことない」
鎖の輝きに照らされながら昴がうめく。
「願いの内容が分からずに手間取るのはいつものことだけど、これは……」
怪訝に眉をひそめて、鎖を見つめる。
「反応自体はある。超常現象があっても鎖の活動が弱いとサーチもあまり反応しなかったりっていうのはあるけど、今回のはしっかりしてる」
それは傍で見る統にもいくらか分かりそうな話ではあった。昴の掌の上の鎖は明らかに何かに反応して、触角のように伸ばした細い格子を蠢かせているように見える。
しばらくその奇妙なふるまいを観察してから、昴は腕を下ろして鎖を消した。
「いきなり予想外の事態に行き当たった。どうしよう」
顎に指を添えて、考え込む。隣で同じように統もまた沈思してみる。鎖自体の反応はある。どこかで、超常的な力が働いているのは事実らしい。だがその位置が分からない。
それ以前に、超常現象と言っても何が起こっているのか、実態が把握できていない。
「とりあえず、七姉妹メロペの異常が実際にあるのか、あるならどういうものか、探るとか?」
思い付きで言ってみると、昴も同じようなことを考えていたのかすぐに「そうだね」と返してくる。
「統は、メロペのこと詳しい?」
「いや、あんまり。越してきたばかりだし、自治体AI関連のコンテンツもそんなに興味持ってなかったし」
「そっか。私も。じゃあ、まずは基本的なところも含めて情報集めに行くのがいいかな」
「どこかあてはあるの?」
「一応。一つ、有名なところがある。そこから探ってみよう」
ポケットからスマホを取り出し地図アプリを起動しつつ、提案してくる。特に異論があるはずもなく、春の日差しの元、休日の緩んだ空気を纏った街へと統は繰り出すこととなった。
「で、その有名なところって?」
「七姉妹メロペファンクラブの本部」
*
市内中心部をバスで横断し、辺りに農地が多くなりはじめる市西部の入り口辺りにその場所は存在した。
「これが?」
と目の前に広がるものを目で指して、統は隣の昴に確認する。彼女はこくりと頷き、「そのはず」と若干自信に欠けた返しをしてきた。
農地と住宅が入り混じる一画、道路沿いに、七沢家ほどではないにしろだだっ広い敷地が広がっていた。元は庭と小さな畑でもあったのだろうか、無駄に開けた土地に、数々の色鮮やかな幟が立ち、でかい看板がいくつか適当に掲げられ、さらには何の意味があるのか万国旗までがどこかから空中に吊り下げられていた。看板と幟には両方同じ「メロペ信奉者の聖地」と怪しい文言が迫力満点の毛筆でプリントされている。
敷地の奥にはかなり大きめの一軒家が鎮座している。こちらはとてつもなく年季の入った家屋で、木造に瓦屋根の典型的日本家屋なのだが、木材の色味も表面の劣化具合も凄まじい築年数を想像させるものとなっていた。屋根の端など、目の錯覚なのかどうなのか、わずかに傾いているようにすら見える。
敷地内に人影は多く、雰囲気的には賑わっているようだった。空き地には何かの露天まで出ている。
「何年か前、熱狂的なファンの一人が親族から継いだ古民家の処遇に困ってファン仲間の集い場所にしたのが始まりなんだって。それから同好の士がたくさん集まって、そのうち公式にも認められて七姉妹市のサイトや観光情報でも取り上げられるようになってこうなったとか」
「なるほど。ただ、賑わってる感じはあるけど、どの辺がメロペのファンクラブなのかいまいち」
「統、ARグラスある? スマホでもいいけど」
頷いて、バッグからグラスを取り出す。装着しいくらかの調整と認証ののち立ち上げると、一気に視界が変化した。
一瞬、ARではなくVRかと錯覚するほどに景色が一変していた。純日本的古民家には上から宮殿風の装飾が映像として重ねられており、あらゆる文化圏における城や宮殿の様式が無茶苦茶に合体したようなハチャメチャな外観となっていた。
そして何より、目に映る敷地のあらゆる場所に、「それ」が、いた。
「なるほど……これは、確かに」
思わず唸る。
赤いツインテールにアイドル衣装の、大人気自治体バーチャルアシスタント。
七姉妹メロペが、ざっと目に入るだけで数十人、敷地内にひしめいていた。恐らく、敷地内のファンたちが公開設定で表示させているのだろう。生の人間と談笑するメロペ、観光に来たと思しきカップルにこの場所を案内するメロペ、位置固定でBGMとして歌い踊り続けるメロペ、とにもかくにもメロペメロペメロペの洪水だった。
「AR表示自体は見慣れてるけど、こんな表示数が許可されてる公共の場所、初めてかも」
統の隣でスマホのカメラを通して画面越しに同じ光景を見て、昴もまた驚いていた。
よく見れば敷地のあちこちには、公共カメラと同じ型のカメラも設置されている。おそらくそれら全てがメロペの「眼」になっているのだろう。自前の端末のカメラのみならず、来訪者は設置カメラを通してでもメロペに「見られ」て、コミュニケーションを取れるようになっているらしかった。
特異な光景に目を見張りながら奥へと進み古民家へ近づく。家の中はグッズなどの物販ブースやイベントスペースなどになっているらしい。時代がかった広い玄関をくぐりながら統はさてどうしたものかと思案する。
「誰か詳しい人に話を聞きたいところだけど」
「詳しい人……古くからのファン? ここの運営に関するスタッフとか?」
補完するように昴が言う。が、コンビニではないのだから、店長を出して、というわけにもいかないだろう。そもそもそういう人がいるのかも分からない。
とりあえず、広い玄関土間に設けられたグッズコーナーに近づき、人が途切れたところを見計らってレジの店員と思しき男に声をかける。
「あの、すみません、ちょっとお尋ねしたいんですが」
「はい、何でしょう、昨日発売の新しいアクリルフィギュアなら既に完売入荷待ちで――」
満面の笑みで店員が顔を上げる。同時に、統は「あれ」と声を漏らしていた。
店員が、知った顔だったからだ。
「宮川? なんでこんなとこに?」
「統じゃん。こんなところとは失礼な、メロペファンにとっては聖地の一つだぞ。非公式の『メロペファン巡礼路』でも最重要地点の一つに数えられていてだな」
「いや知らんけども」
「実は俺も好きでさ、メロペ。ここはよく来るし、ついでにこうしてバイトもしてる。まあそれはいいや。で、何、どしたの? ていうか、あれ、御子様?」
統の背後に立つ昴に気づいて、宮川が軽く驚いてみせる。
「何してんの二人で。デート?」
なわけがあるか、と、統はいつもやたら元気な男友達に否定して、
「まあ、なんて言うかその……ちょっとした手伝いというか」
どう説明したものか迷っていると、すっとと昴が歩み出て統の隣で声を上げた。
「統には、色々、助けてもらってる。私が――その、やらなきゃいけないこと、を」
いくらか硬い声で、しかしはっきりと宣言した。
「へぇ……なるほど」
分かったのか分からないのか、何がなるほどなのか何を納得したのか全く不明だが、とにかく納得した風味な宮川に、とりあえず統は説明してみることにした。
「あのさ、宮川、今俺たち、七姉妹メロペについて調べてるんだ」
「おお、それはいいことだな、そうかそうか、統もこの魅力に気づいて自らより深くメロペのことを知ろうとここまでやってきたと」
「ごめん全然違う。そうじゃなく、メロペに今、なにか――おかしなことが、起きていないかって」
言うと、宮川はなんだそりゃ、と首を傾げた。
「おかしなこと、って言ってもな。具体的には?」
口頭で何とか説明しようとして苦心し、しかし途中で断念して、結局、昴の元に送られてきた差出人不明のデータを見せることになった。
「すげぇなこれ。どこの誰が出してきたんだ? いやでも割とさっぱりだな……俺ファンだけどこういうプログラムやら工学やらの専門家じゃないし」
昴のスマホ画面をしばし見つめてから、宮川は腕を組んでうーむと唸る。やがて何か思うところがあったのか顔を上げて、
「ああ、でも、そういやちょっと話題になってるかもな。最近、大型のアップデートが入ったわけでもないのに色々使用感変わったって言ってるやつ、結構いるぞ」
「ほんとに?」
「おう。ていうか俺も言われてみれば引っ掛かる所はあるかもな。最近のメロペ、なんて言うのか……すげぇ快適なんだよ。利用してて」
結構なことじゃないのかとも思ってしまうが、宮川の顔は割と真剣だった。
「前はピークタイムとか、挙動が不安定になったり遅くなったりしてたんだけど、最近全然ないし。それどころか各サービスの質も速度も上がってる気がするな。翻訳とかネット検索補助でよく使うけど、ここんとこ精度や質や予測がちょっと怖いくらい使い勝手良いんだよ。昔から高性能ではあったけど、まあ自治体レベルのAIだからな、どうしてもローカルサービス以外は各機能特化型のサービスや世界トップクラスの企業のやつには敵わない……はずなんだが、今は普通にタメ張れるかもって感じで。ま、熱心なメロペ好きにとっちゃ、メロペの性能向上は悲願ではあるんだけどな」
「悲願?」
思わず聞き返す。悲願――願いという語を聞いて。
「ああ。今や自治体AIは全国で乱立してて、やや過剰な数にもなってきてる。運営には金がかかるし、最新の情報技術の塊だから理解できず反発するお偉いさんも多い。人気が萎めば廃止されることになるし、実際上手くいかずに停止されたやつもちょくちょくいるんだ。メロペは人気だが、自治体AIの人気自体が多数現れては大半が消えていく一過性のバーチャルアイドル人気みたいなものだから、うかうかしてられないんだよ」
アップデートはしてるが、既にメロペは最新の自治体AIというわけでもない。性能だけならより高性能なAIを擁する自治体も出てきている。
だから高性能化は、ファンとしては嬉しいとこなんだけどさ、と笑いと戸惑いを混ぜて、彼はデータを表示したままの昴のスマホを指さした。
「そういうことに詳しい人ならもっと専門知識あるやつとかかな。ここのスタッフとかファンサークルの連中に連絡回してやろうか?」
願ってもない話だった。二つ返事で依頼する。返事するが早いか、宮川は自分のスマホをジーンズの尻ポケットから取り出して素早く操作する。行動力とコミュ力の権化のようなフットワークの軽さと力強さに、やや圧倒されてしまう。
「宮川、お前、いい奴だな」
「そーだよ、俺いいやつなんだよな。知らなかったのか?」
「今知ったよ」
実際冗談でもなく、とまでは気恥ずかしくて言いはしなかったが。深く事情を突っ込まず手早く連絡を回してくれる宮川に、統は昴と共に感謝していた。




