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プレアデスの鎖を重ねて  作者: 深津 弓春
 2 誰が願ったのか 土地神のいるところ
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 誰が願ったのか 土地神のいるところ 3


 七沢家のダイニングテーブルは四、五人ほどで囲むのにちょうどよさそうな、明るい色の木製ウレタン仕上げとなっていた。

 腕には覚えがある、とはよく言ったもので、雲雀の調理は見事なものだった。いくらか事前に準備はしていたのであろうが、統や昴が手を出す暇もなく、次々に料理を完成させていき、さほど待つ時間もなくテーブル上は昼食にはやや過剰ともいえるほどの品々で彩られることとなった。時間帯で言えば昼食だが、夕食然とした見た目である。


「今日は、姉の好物でまとめてみました」


 との言葉と共に雲雀がテーブルに並べたのは、実に、なんと言うべきか、一定の傾向の見られるメニューだった。オムライスに唐揚げ、ハンバーグに、ミニサイズのグラタンと、小学生+好物で検索すれば上位に出てきそうな料理ばかりが並ぶ。あっさりしていそうなのはスープとサラダくらいだろうか。


 好物? と食卓にちょこんと座った昴(事情を説明され着替えた)に視線で問うと、またも赤面しかけながら頷いた。


「なんの罰ゲームだよもう……確かに好きなメニューばかりだけどさ」


 と消え入るような声でぶつぶつと呟く。

 それでも食事が始まってしまえば、昴は時折普段はほとんど見せないようなふにゃりとした笑顔なども小さく見せながら嬉しそうにしていた。料理は子供の好みそうなメニューではあったがどれも少しばかり大人向けのアレンジが施され、品もセンスも良い味付けが成されていた。父子家庭で父も自らもお互い料理は素人レベルでしかない統にとっても、思わず笑みの零れる味わいである。


 昴と雲雀の二人は、とにかく気持ちのいい食べっぷりを見せていた。二人とも体躯は細く華奢に見える方だが、一体どこに入るのか、割と重カロリーなメニューを次々にぱくついていく。


「でも、ほんとになんで『鎖』が見えるんだろうね、統には」


 雲雀を中心にいくらか談笑しつつ食事を進めていると、昴がグラタンを食べ終えてそんなことを言った。


「思い当たることとか、何かないの?」

「特に何も……そもそも存在すら知らなかったし。昴は、その、鎖とマスター権限とかいうのを受け継ぐ前は、見えなかったんだよね」

「見えなかった。母さんが何をやってるのか、ずっと見えなかったし理解してなかった」


 一瞬昴の視線が目の前の食卓や統を透過して、離れたどこかの時間を見るような色を見せた。


「鎖と権限は、七沢の血に宿る。勿論うちの家系だって所々で増えて分かれてってしてるから、適性を持つ人間ってだけなら七姉妹市を出て行った人やその子孫を含めて、結構いるのかもしれない。けど鎖と権限が思いもよらぬ人にランダムに移るのを防ぐために、代々七沢家は鎖と権限を持つ御子が存命のうちに次の御子を定めて直接受け渡しをしてきた」


 グラスに水を注ぎながら、昴は統の方を向いてそう説明した。


「ランダムに移る、って、そんなことあるの?」

「遠い昔はあったんだって。鎖のこの最上位権限は必ず誰かには宿るみたいなの。一時代一世代一度に一つ、一人きり、七沢の血に連なるものの誰かがそれを持つ。それが誰になるかは分からない。でも、生きているうちに次の人を指定して受け渡すことはできる」


 死せば誰かに移る鎖と権限。鎖の万能さと、それを制する権限の超常的な力はつい最近間近で見たばかりだった。実感と共に、昴の言葉が理解される。


「なるほど。じゃあ、鎖の秘密を知っていて、託すことのできる少数の身内だけが鎖を持つ、ってのを続けることで、『御子』として鎖の危険性を、トラブル少なく抑えていくことができるってことか」

「そゆこと。本当は母さんも私たちが成人してから受け渡そうと思ってたみたいだけど……早くに病気で、ね。だから小学校卒業と共に御子になって、はじめて鎖も見えるようになった」


 さらりと言われて、統はしばし手を止めて考えてしまう。まだ十二かそこらの子供が、親を失って、わけのわからない超常的な力を受け継ぎ、街の平穏のために現実を揺るがす鎖の力に対抗してきた。事実だけを並べてみても、はっきり言って凄まじいところがある。


 何もかも、どうにか――頭のどこか深く狭い場所で、飲み込み、しまいこんでいた言葉が、願いが、震える。人生が大きく変貌してしまうなかで、昴は何を考え、何を願っただろうか。彼女の手元には鎖があった。他人の願いを叶える超常の力が。それも、小さな欠片一つではない。あの日屋上で見た、昴の纏う鎖の量は、野辺山せちに紐づいていた鎖の欠片のサイズと比べて桁違いに巨大で膨大だった。


「それからずっと、中学三年間に、高校に入ってから二年以上、御子として鎖を見てるけど、統のほかに見える人なんていなかった」


 言われて、ふと気づく。計算が合わない。


「高校に入って二年以上?」


 現在統は高校二年に上がったばかりで、昴は同級生である。一年間の誤差があった。


「ああ、まだ言ってなかったっけ。私、今十七で、夏には十八になるから。去年、調伏で割とおっきな失敗して、色々あって休学……でもないか、留年かな。一年ずれ込んだんだ」


 なんてこともないかのようにけろりと言われて、統は返答に窮した。それで、学校を休みがちなのだろうか――というか、


「知らなかった、っていうか、同年だと思って普通にタメ口だったんだけれど」

「良いよ別に。変に畏まられる方が、ずっと嫌。それに、私の場合は結構恵まれてて、なにせ『御子様』だから変に噂されることもないし、クラスの人たちに距離置かれてるのは元々だから慣れてるしね」


 そこまで話して、はたと気づいたように、昴は視線を上げた。


「なんでこんなことまで話してるんだろうね。変なの」


 そんな言葉まで全て淡泊に言われてしまうと、どう言っていいか分からなくなってしまう。黙する統に、昴は「ていうか」と声色を少し変えて声をかける。


「統のほうは、どうなの? なんで七姉妹市に引っ越してきたの?」


 あれ、まだ言ってなかったっけ、とついさっきの昴の言葉を胸中でトレースしかけてから、話したことがないことに気づき、ややつっかえながらも答える。


「一番よくある理由だよ。親の仕事の都合ってやつ。うちの親父、ちょっと前に仕事続けられなくなって」

「病気やケガですか?」


 横合いから雲雀が声を挟む。統は軽く首を振って否定した。


「ただ単純に、前の勤め先が駄目になったって言うか。ほら、昔、新型ウィルス騒ぎ、あっただろ、あれでがっつり傾いて、結構粘ったけど結局最近駄目になって。で、次の働き先探して伝手を頼って七姉妹市に来ることになった」

「伝手?」

「母の方が、元々七姉妹市にルーツがあるらしくて。親父も良くしてもらってて、それで」

「あれ、じゃあ稲上さんも七姉妹市の血が入ってるんですね?」


 なぜか嬉しそうに雲雀が声を弾ませる。


「あー、そっか、そういうことになるかな。と言っても、母もここに住んでたわけじゃないしかなり古いルーツになるけど」

「じゃあ、もしかしたら古い時代に枝分かれした御子の血が流れてるとか、どうでしょう? それで鎖が見えるとか」


 ピンと指を伸ばした手の平を合わせて、思い付きを雲雀が口にする。すぐに、横から昴が否定する。


「それはないかな。血が混じってるっていうのもあり得るかどうかって話だけど、それ以前に『権限』も無しに鎖は見えない。雲雀だって見えないでしょ?」

「そうですね……では、ほんとうに、なんで見えるのでしょうね、稲上さんには」


 可愛らしく首を傾げて言ってから、「あれ、話が一周してしまいました」と呟き、笑う。

 つられて自らも相好を崩しながら、統は考えていた。本当に、なんでだろうな、と。考えるほどに、その疑問には何か、不思議な感覚を覚えていた。


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