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プレアデスの鎖を重ねて  作者: 深津 弓春
 プロローグ どのようにして我々は出会ったのか
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 どのようにして我々は出会ったのか 2


「誰?」


 と問われて、咄嗟に応えられないでいると、少女は特に表情も見せずにあぜ道を通って統に近づいてくる。お互いはっきり顔の見える距離になって、もう一度少女は口を開いた。


「ここの土地の人じゃないよね」


 声は細く、ともすれば掠れそうだった。なのになぜだか、他の音に紛れなさそうな通りの良さや響きがあった。

 まるで、冷やしたガラスの欠片の先端で肌をなぞるような、無視できない色を含む声。


「ええと――そう、はい、違います」


 ボケた返しをしてしまい、一つわざとらしく誤魔化しの咳ばらいを挟んで、統は言葉を無理やり続けた。


「あの、ここ、神社の敷地とかだったりしますか? その恰好は」

「違う」


 バッサリ否定され、いよいよ訳が分からず途方に暮れる。

 少女はそんな統にわずかに眉を寄せて怪訝な顔を見せた。


「君、私を知らないの?」


 知るわけないだろ、誰だよ、有名人か何かなの――? と内心で思いつつも、首を横に振る。


「引っ越してきたばっかで」

「つまり、余所から来た人? 学生か何か?」

「そう、ですけど」


 春からすぐ近くの県立の高校に転入するのだと説明すると、少女は短く「そう」とだけ返事をして歩みを再開し、あっさり統の隣を通り過ぎてしまった。統が今しがた通った道を逆向きに進んでいく。


「あ、いや、ちょっと」

 咄嗟に声を上げると足を止めて彼女が振り返る。

 一瞬だけ迷ってから、統は先ほどから一気に頭に流し込まれたわけのわからなさに突き動かされるようにして少女の背中に問いかけた。


「今の、なんだった、んですか? あの、光る、空中に浮かんでた……何て言うか、わけのわからない物体は」


 そこまで言ったところで、少女がばっと体ごと振り返った。何か異常なものでも見たかのように、元々大きい両目をしっかりと見開いて、統を見つめる。

 表現が分かり辛かったかと考えて、統は何となく足元など見ながら、説明を付け加えた。


「ほら、色んな図形っていうか、多面体みたいなのがあり得ない繋がり方やインチキみたいな構造をしてたりした……」


 いやこれますます分かんないな、と言いながら思い直して声を途切れさせる。訳の分からないことをやっていたのは少女の方なのに、これでは自分が不審者のようだと思って統が顔を上げると、予想外にも紅茶色の髪の少女は何か強く興味を惹かれたようにつかつかと歩み寄ってきていた。


 そして、ずいと整った顔立ちを統に向かって突き出してくる。


「見たの?」


 声には、微かな揺らぎが籠っていた。隠しきれない驚きと、怯えと、そしてどこか期待の混ぜられたような、不思議な声音だった。


「見た。というか、見えた、んだけど」


 気圧される。まさか、と掠れた吐息交じりの小声が少女から漏れる。しばし、彼女は怪訝な顔で統と向き合ったまま考え込んだようだった。たっぷり十秒近く間を開けて、


「あれの形は誰にも話したことがない。話せる形でもないから」


 と独り言のように囁いた。実際それは独り言なのかもしれなかったが。


「ほんとに、見たんだね」


 納得したのか軽く頷いて、少女は僅かに目を細めて射貫くように統を見やった。


「見られたからには――」


 と言いつつ、片手を懐に入れる。いや、おい、まて何だそれはそのセリフは――と思う間に少女は懐から手を引き抜く。

 拳銃かドスかメリケンサックか、何かそのような物騒なものを一瞬予想する。

 が、出てきたのは単なるスマホだった。素早く少女が指先を走らせると、シャカリとシャッター音が響く。レンズは思い切り統に向けられていた。


「なんで写真」


 撮影されたのだと理解して呻くが、少女はそれも無視して、すぐにスマホをしまい込む。


「近くの県立校に転入って言ってたよね。七校――七姉妹高校?」

「えーと、はい」


 なんと無しに気圧され続けて素直に首肯してしまう。


「名前は?」

「は?」

「名前。教えてくれないかな」

「稲上、統……」


 素直に答えてしまってから、何を馬鹿なことをやっているのだとはっとする。何もかも尋常ではない。ひょっとしなくても目の前のこの少女はやべーやつじゃなかろうか、と考え、それが顔に出ていたのだろうか、少女が微かに苦い顔をする。

 それから、細く淡泊な声で、少女自身も名乗った。


「私は、昴。七沢昴(ななさわ すばる)


 すばる。少女の口から放たれた音を脳裏で反復する。

 同時に、「んぎぁ」とくぐもった(可愛らしいと言えなくもない)濁声が響いた。


「あ。さっきの」


 いつの間にか統の目の前から姿を消していたあの黒猫が、再度現れて少女の足元の袴に軽く体をこすりつけてそのまま通り過ぎ、あぜ道を歩いて行ってしまう。


「さっきの?」


 小首をかしげる少女に、経緯とも言えない経緯を話す。


「俺をここに連れてきたんだよ。いや連れてきたっていうか、いかにもついて来いって感じであの猫が歩いてたんで追ってきただけなんだけど」

「ゾロちゃん」

「へ?」

「猫の、ゾロアスター。あの子の名前」


 黒猫の方を見て、少女――昴が言うと、猫は軽く振り返ってまた一声鳴いてみせた。


「そっか、あの子がね」


 得心がいったような、逆に何か惑うような、そんな雰囲気で、昴もまた統の脇を通り過ぎて歩き出す。


「じゃあ、ね」


 とだけ残して。

 見知らぬ田園風景に一人残されて、暫く呆けてから、とりあえず統が思ったのは、


(都会は怖い所ってよく聞くけど。田舎ってのは、どうなんだろうな……)


 というような、割とどうでもいい疑問だった。

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