誰が願ったのか 土地神のいるところ 1
待ち合わせの場所は、地球・月往還船のカフェスペースだった。
カフェは広く、席と席の間も大きく離れている。白で統一された椅子やテーブルは流線型を多用したデザインで落ち着いた仕上げとなっている。
壁面は床以外が全てモニターとなっており、外の景色を映し出している。今は月に近い位置らしく、異様に大きく見える月表面と、伸ばした腕の手の平よりも小さくなりつつある地球が両方見える。この宇宙船内カフェスペースの客入りはそこそこらしく、他の席にもいくらか人の姿があった。二人から数人ほどで集まって談笑する人々の間で、同じ姿の少女が何人か同席しているのも見える。
統は二十一世紀初頭風のシンプルなシャツ姿で席についていた。テーブルにはコーヒーも置かれていたがさすがにこれは雰囲気作りの品でしかない。操作を工夫すれば手には取れるだろうが、中の液体は飲めはしない。宇宙船の内部でありながら普通に上下があり非密閉式のカップに飲み物が入っているのは、人工重力がどうとかいう設定でもあるのだろうか、統には判然としなかった。
「お待たせ」
声がかかって顔を向けると、昴が姿を現していた。統よりも遅れること十分くらいだろうか。初期設定に手間取ったのかなと思いつつ彼女の姿を目にとめて、思わず統は「おおぅ」と声を上げてしまっていた。
昴は巫女装束的なデザインと色味――紅白――を基調とした衣装に身を包んでいた。それ自体は、普段の彼女の「仕事着」もまた巫女装束に近いことから納得はできなくもない。だが今現在彼女が着込んでいる装束はなぜか胴と袖部分の布地が大胆に分割されており肩が露出しており、下の袴は謎のミニ丈だった。腿まで見える足は和ゴシカルなデザインのニーハイソックスに覆われている。極めつけは、左右の腰に下げたアニメチックな刀と拳銃だ。
衣装全体は彼女の現実の体型に合わせてアジャストされているため実際の昴に近いシルエットになっているが、問題はそこではない。
「なんでその衣装にしたの……?」
心底からの疑問をぶつけると、昴は袴の丈が気になるのかやや恥ずかしそうにしながら、
「だって、なんか巫女っぽい衣装探してたんだけど、無料で使えるやつあんまりなくて……これが一番、強そうだったから」
強そうってなんだ、モンスターと戦ったりダンジョン攻略したりするわけじゃないんだぞ、とは思ったが、とりあえず統は色々言葉を濁した上でいやまあいいけどとか適当な反応をするに留めることとした。
「すごいね、今、こんなのできるんだね」
あたりをきょろきょろと見まわしながら、昴はややぎこちない動作で統の向かいに腰かけた。
「今って言うか、こういうの自体は俺たちが小学生くらいの頃からあったと思うよ。今よりワールドもアバターもだいぶ簡素なものだったし、現実身体を取り込んだアバターとかもそんな気軽には使えなかっただろうけど」
「ふぅん。知らなかった。雲雀なら詳しいんだろうけど」
物珍しそうにテーブルの上のカップを昴がつつく。ひとしきり新鮮な体験の驚きを受け止め終えたのか、しばらくすると彼女は中空にメニューを表示させた。
「じゃあ、呼ぼうか」
統が頷くと、昴は「仲立ちとなる者」のコールを実行した。
一瞬読み込みか何かの時間が空いてから、テーブルのすぐ傍にささやかなエフェクト表示と共に一人の少女が出現する。
ほかの客の間にも何人も先ほどから姿の見えている少女と同じ姿。それがさらに一人、昴と統のテーブルにも表れていた。
年の頃は昴や統と同程度くらいだろうか。大胆にへそと肩を出したノースリーブのアイドル衣装のようなものに身を包んでおり、赤い長髪を頭の両側でツインテールにして垂らしている。昴の髪が透き通った赤茶というならこちらはやや深い、真紅を基調としたカラーだった。テクスチャーに特殊効果がかかっているらしく、赤い髪は見る角度によってグラデーションのように輝きと色味を微妙に変化させていた。
「こんにちは、七姉妹メロペです! 会いに来てくれてありがとう、二人とも」
虚空から出現した少女が元気よく挨拶を行う。動物の尾のようにツインテールがぴょんと跳ねる。
現実の姿を取り込んでいる二人と異なり、この少女、「七姉妹メロペ」は全体がイラスト調のグラフィックで構成されていた。現実ではありえない大きな瞳には複雑な色彩の虹彩があり、背景とのエッジ部分には輪郭を強調するための細いラインが表示されている。3Dモデルではあるが元のイラストの質感を損なわない工夫が凝らされていた。
「初めまして、メロペ。私は昴。こっちは統」
「初めまして、昴。確かにここで会うのは初めてですね。でも、メロペは二人のことを知っていました。近いうちにここに来てくれるって思ってましたよ」
「じゃあ、私たちが何の話をしに来たのかも?」
「理解し予測できています。他の人にはミュートして言いますが……メロペに強い影響を与えている、特別な機能を持った高次元多胞体のこと、でしょう?」
言われて、思わず統と昴は顔を見合わせた。遠回しに探りを入れるどころの話ではない、いきなり核心に触れてきた。
「あなたは、何を知っているの、メロペ」
驚愕を滲ませた声で昴が呟く。メロペは意味ありげな笑みを浮かべてみせた。
「色々知っていますよ。メロペは土地神ですから」
彼女は腕を上げると、統と昴を見てひっそりと告げた。
「特別な場所を用意しています。そこで話しましょう」
言って、メロペはぱちんと指を鳴らしてみせた。
途端に、視界が真っ黒に塗りつぶされる。
(なにがどうして、またこんなことになっているんだろうな)
と、ここまでの経緯を思い返しながら、統はブラックアウトしたゴーグルの内側で一度瞼を閉じて、本物の暗闇に一時意識を埋めていた――。




