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プレアデスの鎖を重ねて  作者: 深津 弓春
 1 願いは何であるのか 地球外知的生命探査少女の住む街
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 願いは何であるのか 地球外知的生命探査少女の住む街 14


 授業が全て終わり、放課後の時間となってさらにあらかた部活動も終わる頃になると、春とは言え日は沈み暗さと静けさが校舎を包み込んでいく。

 昼間は日差しを全面で受けているであろう屋上もまた、暗がりの中で輪郭をぼやけさせていた。校内へと続く扉付近に申し訳程度にLED球が取り付けられてはいたが、明かりとしては小さく弱い。夜気が流れ、二重に貼られたフェンスがシャリシャリと細く高い音を鳴らす。


「そろそろ、かな」


 ベンチに一人座ってスマホで時刻を確認し、統はなんとなく小声で呟いた。

 まさにそれを合図としたかのように、明かりの下の扉が開き、一人の少女が姿を現す。


「ごめん、待った?」

「待ったは待ったけど、時間通りだし――」


 問題ないよ、と言いかけた口が固まる。戸口に姿を現したのは、この時間この場所に統を呼び出した張本人、七沢昴だった。

 ただし、制服姿ではない。暗がりの中でもはっきりと分かる、全く異なるシルエットが統の目に飛び込む。白い上衣に、赤い袴。最初に彼女を見かけた際にも着用していた、巫女装束のようなものだった。荷物は何も持たず、両手は空いていた。


「その恰好……」

「ああ、これ? あんまり意味はないけど、本格的に『御子様』として何かやる際には、着るようにしてるの。母さんもそうだったし、昔からそうだったんだって。七姉妹市ならこの姿でいれば特に街の大人は『御子様の邪魔をしないように』って配慮してくれるのもあって」

「いや、着用の理由も聞きたくはあったけど、そうじゃなくてその恰好でここまで来たの?」

「そうだよ? 学校に持ってくるのかさばるし、家遠くないし。一回帰って着てきたの」


 だから? とでも言わんばかりに当たり前さを多分に含んだ声で答えられて、統は今更ながらにこの街に戸惑いを再度覚えていた。町を巫女服姿で普通に歩く少女がいて、驚くでもなく御子様だと拝む街。そして本人もそれを当然としている街。

 というか、そもそも、 


「調伏、って、ここじゃないとできないの?」

「どこでもできるよ。少なくとも、七姉妹市の中なら。でも、ここが一番ちょうどいいかなって。私の家からも統の家からも遠くないし、邪魔も少ないだろうし」

「にしたって、よくこんな時間に使用させてもらえたなぁ」

「普通に先生に頼んでみただけなんだけどね。詳しい理由は話せないけど、御子としてってことで。あんまり何も訊かずに許可くれたよ、この時間なら残って仕事してる職員もいるからって」

「御子様パワー、凄いんだな」


 なんとなくのイメージとして、老齢の住民たちが御子様という存在を信奉するのはまだわかるが、まだ定年前の教師たちにすら影響があるというのは相当なものに思えた。大人たち、いいのかそれで。

 そだね、とどこかつまらなさそうに、昴は肯定して、すっと足音も立てずに屋上の中央にまで歩み出た。


「じゃあ、やるよ。調伏」


 告げる昴に、なんとなくだがベンチから統は立ち上がっていた。距離を開けたままで、暗がりの中の彼女を視界の中央に置く。


「俺、何かやることあるかな?」

「特にない……ごめん、特に何かしてもらうわけじゃないのに、わざわざ呼び出して」

「それは別にいいよ。前に言ってた、何故か鎖が見える人間だから適度に監視しておきたいってやつだろ」

「それもなくはない……けど」


 微かに昴は統の方を見て、ごにょごにょとなにやら聞き取れない小声をこねくり回した後で、言った。


「見ておいてもらいたかったの。調伏を。誰も見れない、私自身しか知ることのできない光景を」


 どこか切実なその言葉が、夜の空気を揺らして統に届く。


(願いの気配だ)


 ふと、そう思っていた。彼女の声に宿る何か。統の意識が身に着けてしまった、願いへの嗅覚が、勝手に感覚していた。


 光が、灯る。


 街灯や、すぐ傍のLED球の光とは決定的に異なる薄青く、激しくもなければ柔らかくもない不可思議な光が昴の胸の前に現れていた。

 四次元的な立体構造が五次元的な構造と繋がり、六次元的な構造に織り込まれながら広がる。もはや人間の三次元的感覚から成立している「立体」や「接続」という言葉自体が通用しなくなるような、高次的多胞体構造が格子状に連なり、展開されていく。


「これが私に宿る、プレアデスの鎖」


 初めて見たときよりも、サーチに使っていた時よりも、格段に広く、格子が展開されていく。昴の手足にまとわりつくように光が走り、背にも広がる。


 光が光を呼ぶように、虚空から虚空が裏返るように、鎖が広がる。何度見ても慣れるものではない、知覚不能であるはずの、しかしどうしてか見ることのできる高次元的構造の連なりだが、そこまで広がると最早慣れないといったレベルではない。意識が圧倒される脅威こそがそこにあった。昴の周囲には、今や屋上からはみ出すほどに広大に鎖が展開されていた。背には翼のように、手足には光の衣のように、周囲には宙に浮く波のように、光の超常的格子状存在、『プレアデスの鎖』が浮かび、絡み、たゆたっていた。


 じっと見ているだけで、統はすぐにひどい頭痛と眩暈に襲われかけていた。人間の知覚能力を超えたものを無理やり見ていることで、脳が悲鳴を上げているようだった。

 だがそんな構造体を、昴は表情を歪めることすらなく瞳に映していた。


「古い時代から、代々の御子がこの地に散らばった鎖の欠片をマスター権限で取り込み停止させ回収し一体化してきた。その全てがここにある。そして今からまた一つ、欠片を取り込む」


 赤い髪が揺れ、巫女装束めいた紅白の衣がゆらめく。

 田舎の民話。バカバカしいファンタジー。最初に「御子様」にまつわる話を聞いたときに抱いた感想が、統の中で一瞬で粉々に砕けて吹き散らされる。


 現実世界が、こんな圧倒的なファンタジーを内包している事実に、ひたすらに驚嘆する。


(ずっと、何もかもほとんどがどうにもできないと感じてきた)


 凄まじい光景を前に、意識がかき回され、そんな思いが勝手に湧いてくる。ずっと思ってきた、感じてきた、世界の姿。それがまるで、全てひっくり返り、生まれ変わるような、そんな心地がしていた。


「願いの主は、野辺山せち。願いは、地球外知的生命の発見と接触――」


 呟きと共に、昴が腕を伸ばす。その先から天に向かって一筋、鎖が伸びた。サーチの時と似てはいたが、伸びた格子の規模は段違いだった。驚異的構造を内包した鎖が絡み合い結びつき、一束伸びて、震える。


「届いて――」


 昴の声が響いた。声の後ろでは、鈴の音のような甲高い澄んだ音が鳴っていた。あるいはそれは尋常の音ではなく、鎖が発する、音ではない何かかもしれなかった。

 鎖の束は昴の身長の倍程度空に向かって伸びて、そこで止まった。しばし、震えて、戸惑うように切っ先が揺れる。


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