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プレアデスの鎖を重ねて  作者: 深津 弓春
 1 願いは何であるのか 地球外知的生命探査少女の住む街
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 願いは何であるのか 地球外知的生命探査少女の住む街 13


 週明けには調伏を試す。


 昴のそんな宣言が残されたまま、統は週末から土日にかけて過ごしていた。特にどうということもなく、まだ不慣れな街で買い物をして、必要十分の勉強と、読書にゲームにと平凡な休日である。

 だが平凡であるはずの暮らしの中で、非凡な、というか特異な噂が、とうとう統の耳にまで直接入ってきてもいた。宇宙人騒動が父の職場にまで及んでいたのである。


「同僚が北の山の方の国道でな、突然空から妙な円盤状の機械が降下してくるのを見たんだそうだ。翼もヘリコプターのようなローターもジェットもロケットもなく飛行して着陸して、中からナメクジのような生き物が這い出してきたんだと」


 夕食の席で「疲れってのは怖いな。俺も働き過ぎると幻覚見るかも」と笑いながら話す父に統は引きつった笑みを浮かべていた。


 調べてみれば、噂は他にもいくつも上がっていた。一部はSNSやVR系交流システムのログにも流れていた。三本足の宇宙人のロボットに遭遇した、人間に擬態したシリコン状の生き物に追われた、といったようなベタといえばベタ過ぎる話があちこちで囁かれていた。当然、ネット上ではそれら噂は「ネタとしても没個性でおもしろくない」という扱いで全く注目もされずに打ち捨てられてはいたが。


 統自身が昴と共に遭遇したあの宇宙人の群れ。そして各所から聞こえる遭遇譚。噂。多くは明らかに、過去のSF作品や有名な事件等が下敷きになっている。ステレオタイプな宇宙人とのステレオタイプな遭遇。

 考えるうちに、ふと統の脳裏に兆すものがあった。

 明らかに、偏りがある。あるいは、あるべきものがない。


   *


 月曜、昼休み。いくらか迷った末に、統は一年教室が集まる教室棟一階を彷徨っていた。放課後には昴が「調伏」を行うにあたって統も呼ばれている。その前に確認したいことを思いつき、野辺山せちと話しておきたかったのだが、そも彼女のクラスも知らなければ、共通の友人もいないのだという当たり前の事実を思い出したのが休憩に入る直前だった。

 それに野辺山せちが休憩に入ってすぐに自分の机で弁当でも広げていれば話をすることも難しい。色々考え無しだったな、と廊下で反省していると、


「あれ、えーと、稲上先輩、ですよね?」


 と声がかかった。購買にでも行ってきたのか、財布とパックジュースを手にした三つ編みの少女がすぐ傍に立っていた。


「野辺山さん! なんて凄く非常にベリーいいタイミング」

「なんですかそれ?」


 慌てと安堵の交差した様子が面白かったのか、野辺山せちは小さく噴き出してみせた。


「いや、ちょうど探してたんだ。クラスも知らないしどうしようかと思ってて」


 これ幸いと言い募る。


「ちょっと、聞きたいことがあって」

「何でしょう? この間の、あの話の続きですか?」

「そんなところ」


 受け答えながら、統は軽く周囲を見回した。昼休みに入って少ししたからなのか、廊下にはさほど生徒の姿はなかった。教室の中からは姦しく雑談の声が聞こえてくるが、外はそれほどうるさくもない。


「ちょっとしたことなんだけど、野辺山さん自身がどう思ってるのか、聞いてみたいと思って。この間は聞きそびれちゃったから」

「私自身が? 何をです?」

「宇宙人――というより、地球外知的生命、か。そういうものが、実在するのか。実在するとして、直接俺や野辺山さんが、人類が、接触することがあり得るかどうか」


 仮に野辺山せちのような人間が相手でなければ一体何の与太話だと不審がられそうなセリフではあった。

 彼女はやや考えてから、少し慎重な様子で口を開いた。


「実在はしても、少なくとも私たちが生きている間、というような規模の時間では、ありそうにはないですね、接触は」


 宇宙には無数の星があり、銀河一つを取ってみても恒星だけで数千億が存在する。その中には生命を生み出す可能性のある惑星も、文明をもつ知的生命が生じる可能性のある星系も存在はする。そう考えてみれば、宇宙人の一つや二つ、地球に訪れても良いような気はしてくる。


 だが、生命が発生し進化し知的生命が生まれ文明を持つまでには多くの――恐ろしく多くの偶然や幸運が必要になる。その上進歩の果てにその知的生命が他の知的生命とのコンタクトを望むかどうかは未知数である。隠れたがるか、一定の進歩で充足して母星に引きこもるか、自滅するのか、それとも進化の極みに至って人間などには理解も感知もできない情報生命のようなものになってしまうかもしれない。


「あるいはそもそも生命というものの発生自体が非常にレアだという説もあります。なんにしろ、接触できるほど近くには、誰もいないのかもしれませんね」


 既に先日聞いたことを含めて、そのように彼女は説明してみせた。その、説明終わりに、統はするりと言葉を差し挟んだ。


「じゃあもし、誰もいないのだとして、地球人は孤独だったとして」


 これが一番聞きたかったことだ、と意識しつつ。


「どう思う? 野辺山さんは」


 意識を集中する。表情や挙動に人は多くのものを常時表している。この宇宙マニアの少女の場合は、どうか。


「……それならそれで、もしかすれば素敵なことなのかもしれません」


 私たちの存在が、非常に貴重なものだということにもなるわけですから、と小声で呟き、彼女はそれからふっと表情を変えた。それまでの穏やかな顔に、どこか硬いものが兆す。


「でもそうして孤独に落ち着いて腰を下ろしているとき、いるはずがないと思っていた誰かが背後で突然ドアをノックしたなら――ひどく吃驚するかもしれませんね。心構えくらいはあってもいいのかもしれません。飛び上がって驚くのは、心臓に悪いでしょうし」


 最期は冗談めかして、笑いながらだったが。

 彼女の瞼が一瞬、鋭く細められ、その奥の瞳が惑うように揺れ動いたことに、統は気づいていた。

 すぐに彼女の表情は元の穏やかなものに戻る。


「……なんだか、突然ですね、稲上先輩。こんなこと聞かれるなんて。もし、本格的に興味がおありなら、色々お教えしますよ。趣味仲間、少ないので」


 冗談めかした名残か、そんなことを言ってくる後輩に、統は思わず反射的に思い付きを口にしていた。


「趣味、か」

「え?」

「なんでもない。ありがとう。それから昼食前に邪魔しちゃって、ごめん」


 頭を下げて、立ち去る。


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