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プレアデスの鎖を重ねて  作者: 深津 弓春
 1 願いは何であるのか 地球外知的生命探査少女の住む街
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 願いは何であるのか 地球外知的生命探査少女の住む街 11


「あ、お待ちしてました、どうぞどうぞ」


 という声に出迎えられて、統は昴と共に野辺山家の玄関扉をくぐっていた。

 あの宇宙人遭遇事件からちょうど一週間。昴が取り付けた約束によって、野辺山さちの自宅に二人は招かれていた。学校帰りで制服のままやってきたのはあの天文台のほど近く、山際に造成された新しめの住宅地だった。


「とりあえず、私の部屋に。ちょっと狭いですけど」


 小ぶりだが三階建ての住宅、その三階部分にせちの自室はあった。案内されて階段を上がり、扉をくぐる。


「すごい……」


 入室するとともに、昴が陶然と呟いた。後ろから統も続いて、すぐに同じ感想を抱く。

 野辺山せちの自室は、間取りや家具だけを見れば一般的なものだった。品のいいシンプルな座卓と学習机に、ベッドが配置されている。ただ、壁の一方だけが、個性に染まっていた。


 山と積まれた書物――多くが天文系、天体物理やその他の自然科学書、専門書の類だ――はまだいいとして、複数のPCにいくつも並んだ望遠鏡、その他何に使うやら定かではない機器が金属ラックに置かれていた。壁には謎の数字の羅列が印刷された紙の上に「Wow!」と殴り書きされたプリントがポスターのように貼ってある。ぎちぎちになった書棚の中は多くが難解そうな内容だが、「エイリアン接近遭遇の歴史とデマ」「フェルミのパラドックス回答集・地球人は本当に孤独か?」「SF作品における敵性宇宙人のリアリティ検証」などといったやや面白げなタイトルも見えていた。なぜか、クトゥルフ神話関連の作品も多く収まっている。


「すみません、雑然としていて」


 と、二人に少し遅れて野辺山せちが入室する。手には下で用意してきたらしい人数分のグラス入りのお茶のトレーを持っていた。


「それで、最近の宇宙人の目撃についてのお話ですよね」

「改めて言葉にすると胡散臭さが凄いな……」


 統がぼやくと、くすくすとせちは笑ってみせた。


「私も少し驚きました。まさかこういうことで御子様から協力を求められるなんて」


 それから気づいたように統を向いて訊く。


「ええと、稲上先輩、でしたよね、七沢先輩が稲上先輩も、って言うので一緒にお呼びしたんですけれど、それも驚きました。今まで『御子様』が誰かと一緒にこういうことをしてるの、聞いたことなかったんで。お友達なんですか?」


 邪気のない笑顔で言われて、返答に窮する。お友達……というにはいろいろおかしなところと唐突なところがありすぎる関係な気も知るが、と考えていると、昴が代わりに返答した。


「じょ」

「じょ?」

「助手、ということで」


 なにやらややうつむきがちになっていた。髪に隠れた耳が薄っすら赤いようにも見える。

 助手かよ、内心で突っ込むが伝わるはずもなく。

 ふぅん? とせちは分かったやら分からないやら定かではない様子だったが、昴が促すと、本題に入った。


「街の目撃談、噂の類についてはあまり知らないんですけど、専門施設での観測においてもいくらかおかしな結果は入ってきてるんですよ」


 話しながら、彼女は座卓の上にタブレットPCを置いて立ち上げていく。統と昴がのぞき込む中で、手早く画面に何かのデータが表示された。幾つかのニュースサイトのコピー、それらよりはシンプルな何かの報告文書のようなもの、それに素人目には数字やアルファベットのデタラメな羅列とした思えない画像まで様々だったが、一目で理解できるようなものではなかった。


「ここのところ、ちょっと変わった観測結果が突然いくつも発表されてるのは確かです。隣の県の電波望遠鏡におけるSETI観測でも、どうにも怪しい信号が確認されたり」


 とそこまで説明してからせちは、二人に向かって現在の「地球外知的生命探査=SETI」について解説を加えた。


「そもそも、宇宙はとてつもなく広いので」


 と前置きをして。


 一般に地球外知的生命の探査とは、太陽系以外の別の惑星系に目を向けることとなる。しかし太陽系から別の恒星までの距離というのは想像を絶するとんでもない距離であり、無人探査機を飛ばして到達させることすら十年二十年のスパンでは全く不可能で現実的ではない。

 そこでSETI活動では、一般に地球上やその近傍から観測できるデータでもって、宇宙に人間以外の知的生命がいるかを探そうとする。


「一番よく使われるのが、電波です」


 と、せちは壁に貼った数字の羅列の紙に目を向けた。


「明らかに人工的な電波が特定の場所から出ていれば、そこには知的な生命がいるかもしれないということになります。また、単純な電波的探査以外にも、恒星自体の明るさの変化をとらえてそこに不自然な変化がないかを確かめたり……これはダイソン球に関する話なんですが……」


 それら手法について彼女は一通り説明してみせる。門外漢の統には理解の及ばない部分もあったが、概要は分かりやすかった。巨大な人工物による恒星の光の減衰から知的生命を探査したり、観測したデータに関して民間に分散コンピューティングをボランティアで行ってもらうなど、興味深い話が次々と飛び出す。


 また、探査活動の成功はかなり低い確率でしか起こらないとも彼女は正直に語って見せた。宇宙は広く、しかし生命の発生とそれが知的生命になるまでの進化には恐ろしいほどの偶然がいくつも重ならねばならないという障壁があり、地球外知的生命の存在が見つかる確率もまたとてつもなく小さいのだと。それでも様々な科学的意義や、他の生命を探査することがまた人類そのものを研究考察することにも繋がることから、SETIは続けられているのだと。


 地球外知的生命などという単語だけ聞けばどうにも夢想的にも思える存在がしかし、実際に真っ当真面目な研究として専門家によって行われているというのは、どこか不思議な話だ、と統はせちの話を聞きながらそう考えていた。実際にあの馬鹿げた『宇宙人』に出会ってしまった後では、なんとも苦笑するしかないところでもあるのだが。


「で、話は戻りますが、この人工的であると考えられるような波長の電波が最近になっていくつか観測されています。特に国内、近隣の電波望遠鏡なんかで。……まあ普通、こういうのはほとんど全部、何かの間違いだった、で終わっちゃうんですけどね」


 PC上にそれらデータを映してみせる。専門的なデータは意味不明ではあったものの、いくつかは小さなニュースサイトでも紹介されていた。


「あの天文台も、そういう観測はしてるの?」


 昴が尋ねると、せちは首を振った。


「あそこは光学的な望遠鏡なので。あ、でも、OSETIならやってますよ」

「おせち?」


 昴がオウム返しに言う。思わず統は頭の中に豪奢な正月料理を想起してしまっていた。


「オプティカル、光学的なSETIのことです。地球外知的生命が電波ではなくレーザーによる通信なんかを行っていると仮定して、人工的なレーザーを観測しようってものです。ゼロ年代ごろから日本国内でも探査が行われていて、うちの親もちょっと前から関係してまして――」


 レーザー光は電波に比べてコストがかかるものの、送信できる情報量は圧倒的に多くなる。異星文明など地球外知的生命が高度な知性や文明を保有している場合こうしたレーザー通信を観測できる可能性があるのだという。


「最近になってあの天文台が拠点の一つとして新設されて。親がその専門で七姉妹市に来たんです。私も影響を受けて、色々手を出したりしてまして。アマチュア向けの観測イベントのあれこれを母と考えたり、実際に観測したり分析したり。勿論私のは、あくまで素人の趣味レベルですけどね」


 と、割ととんでもないことをけろりと言う。同じ高校生の統たちからしてみれば天文台という時点でやや縁遠い世界であるのだが、そこに来て専門的な研究や調査に関わろうとするというのは、どこか壮大な話に思える。


「野辺山さん、結構年季入ってるように見えるけど、小さな頃からこういうのに興味あったの?」


 昴が部屋を見回して尋ねる。


「ええ……昔からずっと。宇宙関連のことに興味を持つよりも、先に宇宙人がどうとかって話に興味を持って。ほら、映画とかいろいろ、あるじゃないですか。エイリアンとかプレデターとか。宇宙大戦争とか」

「えらい古いのばっかだな……」

「そういうもの見たり読んだりするうちに、まず見つからないだろうとは思いつつも、どうしても気になるようになっちゃったんですよね」

「いつの間にか好きになってたと?」


 昴の言葉に、せちははたと喋りを止めた。一瞬、ぽかんとした顔をして、


「好き、ですか。そう考えたことは、なかったなぁ」


 と天井を見上げて呟いた。

 なんとなしにそんな彼女を目で追ってみて、統はふと気づく。虚を突かれて呆けたような野辺山せちの顔には、何かが隠れているように見えた。


(願い)


 という単語が意識される。他人の願いにも自分の願いにも、統の意識の一部は鋭敏に反応する。そこに何が含まれているのか――遠くの星を細かに観察しようとする望遠鏡のように、僅かな光を集め像を結ばせようとする。


「私はどっちかと言えば、自分は地球人の方が好きだと思うんですけどね。社会も文化も風景も、親しみが深いですし……」


 どこか困ったような顔をしてせちは笑った。部屋の一面を宇宙色に染め上げておいてその言葉は全く説得力がないようにも見えたが。


「それなのにどうしてか、気になるんですよね、宇宙が。人間以外の、人間とは異質な知性や、超高度な異星文明や、どこかから思いもしない方法で来訪するかもしれない存在のことが――」


 もしそういう存在がいて、人間と出会ったなら。


 私たちは、どうなるんでしょうね、と、野辺山せちは期待とも疑問とも異なる不思議な声音で統たちに向かって囁いたのだった。


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