願いは何であるのか 地球外知的生命探査少女の住む街 9
結局。
その日は天文台の表の入り口から舗装道を歩いて帰り(途中でまたあれらに遭遇しないかとびくびくしながらだが)、自然と解散する運びになった。そもそも宇宙人探し、と当初昴は言っていたがその意味するところもよく分からないままの解散となった。見つけたと言えば見つけたのだが、あれでよかったのだろうか、何がしたかったのか、と考えながら床に就いた。
翌日は幸運にも土曜で休みだった。朝遅く、全てただの悪夢だったのではと期待しながら起床するも、膝や肘やあちこちについた擦り傷――山の斜面を駆けた時についたものだ――を目にして、統はちっとも現実的ではない現実を認めることとなった。
釈然としない土日を過ごし、週が明けて月曜となる。学校に行き、授業を受け、昼休みに入ってすぐ話しかけてきた宮川に統は山での逃走劇のことを話そうとした。しかしあの訳の分からない突拍子もない奇妙珍妙体験など話せるはずもなく、苦し紛れに統は天文台とそこで会った下級生のことを口にしていた。
名前を出すと、即座に宮川は「ああ、野辺山さんな」と訳知り顔で口にした。
「知ってるよ、一年だけど既に結構有名人だから。まあ御子様ほどじゃないけど」
「有名人って、なにがどう有名?」
宮川は、んー、と小首をかしげて考えて、
「なんつーのかな。宇宙マニア? と、いうよりかは、地球外生命……違うな、地球外知的生命体? の、マニアっつうのかな。まあ、雑に言えば宇宙人マニアだな」
「マニア言い過ぎじゃない? ていうか、宇宙人?」
「そ。中学の頃から有名だったよ。俺も同中だから噂くらいは聞いてて。親が天体物理か何かの研究者だかで、宇宙人探しもやってるとかでさ、本人も影響受けたんだって」
「待って、宇宙人探し? 研究者が?」
そんな馬鹿げたことをするのは学校帰りに噂を頼りに山に入ったりする頭の悪い高校生くらいのものじゃないのか――という自虐的な疑問が喉まで出かかる。
ところが宮川は特に冗談を言った風でもなく、「いや、俺も前まで知らなかったんだけどさ」と前置きして続ける。
「Search for Extra Terrestrial intelligence――SETI活動って言ってさ、大真面目に学者研究者の類がやってるんだって。遠くのそれっぽい星の電波を電波望遠鏡で受信して調べたりして、明らかに人工的なものがないか探したり解析したり、そういうの。アメリカなんかには専門の研究所なんかもあるとかって」
「へぇ。知らなかったな」
素直に感嘆する。同時に、少し遅れて引っかかる。
「あれ、待って、SETI?」
せち、という音を頭の中でリフレインさせる。知っている、というか聞いたばかりの単語だ。
「そう、野辺山せち、な。親の趣味バリバリの名前。でも本人もそれで同じものに興味持つんだから、筋金入りだよなぁ」
宮川が笑う。
「せち嬢本人も、親のやってるSETI観測やそれに関連したあれこれにアマチュアながら関わったり手伝ったりしてるらしい」
「高校生で? いや、中学の頃からか」
「だから有名人なんだって。どこの街にもおもしろいやつの一人二人はいるもんだよな」
「なるほどなぁ。しかし、有名人ね」
呟いて、統は苦笑した。
「『御子様』のことを有名人だって言っといて、本人も大概だったわけだ」
独り言として小声で呟く。
その呟きに、ぴったりのタイミングで別の声が応答した。
「私の話?」
昴だった。
いつの間にか、統のすぐ後ろに彼女が立っていた。手に弁当の風呂敷包み(猫柄だ)を持って、ひょっこりと。
驚いて統が振り返ると、まあいいや、と話を流して、昴は手に持った弁当を掲げ見せた。
「統、お昼、一緒に食べよう。屋上で」
昨日と同じ、つるりと綺麗な真顔のままで、誘ってくる。
「な……んで?」
しばし固まってから、なんとか声を絞り出す。顔を合わせてほんの数日、まともに話をしたのはつい昨日。顔を突き合わせて昼食を食べるような関係性など全く存在しないはずだろう、と考えるが、昴の方は全くひるみもせずじっと統を見据えたまま、
「なんででも。行こう」
と重ねて言った。
そもそも、始業式以降ずっと休んでいた人間が続けて登校しただけでもいくらか注目は集める。その上それが御子様とあらば尚更だった。
教室のあちらこちらに好奇の視線を察知して、統は胸中で呻いた。一体、なんなのだろう、この御子様とやらは。
「昨日のことについて、ちょっと話したいから」
と駄目押しされ、どちらかと言えば悪目立ちしたくないという意識でもって、統は席を立ったのだった。




