雨の神と民
雨が降っていた。
豪雨というほどでもないけれど、無視できるほど弱くもない。
二人、教室に残っていた僕たちは足止めを余儀なくされた。
「降ってたんだね」
「予報ではそうでもなかったんだけど。すぐ止むんじゃないかな」
「……実はこの雨私が降らせてるんだ」
「止ませることはできないの?」
「振らせた意味がないじゃん」
「そんな事する必要ある?」
「もうちょっと話してたいからかもよ」
「面倒だなぁ」
「ちょっと」
徐々に強くなり始める雨音に、耳を傾けていると会話は途切れた。
「何を話すっていうの?」
「自己紹介とか?」
「3年を経て今更?」
「たまには良いじゃん、自己評価とかもわかるしね」
「狩野瞳子、趣味はジョギングと読書かな」
「余生みたいな趣味だね」
「人のこと言えないでしょ」
二人は向い合せで本を持っていた。
「……止まないね」
「自己紹介は?」
「知り尽くしてるもの」
「一応、ほら、なんか私も癪だし」
「本性が出たな?」
咳払いを2回して、目を向けてこういった。
「神埼侑李、趣味は読書で性格は良い。才色兼備の十八歳」
「気になるところが2つあるなぁ」
「読書は趣味じゃないってのがバレた?」
「そうなの?」
「読書は人生だよ」
「大仰な……」
「後、雨の神ってのも言い忘れてた」
「じゃあ、私は民で」
「崇めよ」
「後で良い?」
「信仰心~」
そんな事を言っているうち、雨は弱まってきた。
「後さ、いつから知ってたの?」
「何が?」
「留年してたこと」
「2年前くらい?」
「早っ」
「民ですもの」
「私も厄介な信者を抱えたよ」
「ほんとにね」
また雨は、強くなる。
「でもさ、本当はさ」
閃光、轟音がラグもなく教室中に響き渡った。
近くに落ちたらしい雷に、二人して机の下に隠れる。
特に意味は無いことを気づいていたけれど。離れることはしなかった。
二人顔を突き合わせて紅潮する。
「……知りたかったんだよ?」
ハッとして、立ち上がった。
「ごめんね、急にこんなこと」
「……? いや、別に」
ガラガラ、とドアを開けたのは、ひとつ上の男子学生。
「……神埼?」
「あ……」
「早く帰れよ」
「……」
「うん」
「帰ろっか」
外はもう、暗かった。
「雨、止んだね」
「止んでたよ。とっくの昔に」
「そうだった?」
「それに、実は傘持ってるんだ」
「そうだったの?」
「さようなら」
「うん」
靴箱、別のクラスの棚から一つずつ取った。
「ねぇ」
「ん?」
「聞こえなかったんでしょ?」
「……うん」
「じゃあね」
「さようなら」
聞こえなかったのなら、しょうがない。一緒に帰ることも、そんな必要も、ないのだから。
「降らせてはくれないんだね」
顔も知らない雨の神に、私はそう問いかけた。