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渡り鳥のあなた  作者: 加永原
第1章
15/24

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 ルシニアは学力こそ上位の成績を修めているものの、魔法に関する実技だけはとてもじゃないが目を向けられないような有様だった。なにも扱い方が丸っきり駄目というわけでもなく、なんなら扱いだけで言えば長けている方ではある。

 だかしかし、如何せんその元となる魔力があまりにも乏しかった。ここは魔法を修めるための学園。いくら素行や座学が良かろうと、大きな評価にはなり得ない。

 教師たちからは惜しまれることが多く、かといって生まれ持った素質は大概変わらないもの。努力はしていながらも、それが実を結ぶことがないことには慣れている。

 そんなルシニアには目の前に居座る少女たちがいかに吠えようと、全くもって響いていない。悠然とした態度を崩すことなく、腕を組んでまで耳を貸してやっていた。

 あの記憶に焼き付くような日からブラムバシアンが、さらにルシニアの傍にいるようになった。普段なら研究に没頭しているような時も、彼はルシニアについて回るようになったのだ。

 なにを企んでいるのかと問うても、彼は飄々とした顔でルシニアの傍にいたいだけだと言ってのけるもので、手を焼いているところである。そうなってくれば自ずとクラスメイトやら他の生徒やらがブラムバシアンを目にする機会も増えるわけで、彼のその美しい容姿に心奪われる者も増える一方だ。

 必然的に邪魔になるのはルシニアの存在であり、王太子から婚約破棄を言い渡された憐れな女がブラムバシアンに付き纏っていることをわざわざ指摘してくる親切な輩も根強く残っている。

 以前のように大っぴらに廊下のど真ん中で喧嘩を売られるようなことはないが、このように人目につかないところに呼び出されることは徐々に減りながらも、未だにままあることだ。

 きゃんきゃんと甲高い声でよく鳴く彼女たちは、ブラムバシアンのような魔法の才に溢れた者が、ルシニアのように満足に魔法も扱えない落ちこぼれと一緒にいることは時間の無駄だと言う。付き纏っているのはルシニアだと言う彼女たちは、口々にルシニアの魔法の才のなさを指摘してはふんぞり返ったように自身らの方が隣に立つのに相応しいなどと語る。

 あまりのテンプレートさ加減にはもう少し捻りを加えて欲しいものだ。

 いくら学園内が貴賎を問わず平等に接することを提唱していても、記憶に残らないわけではない。仮にも公爵家の娘であるルシニアに対しての不遜な振る舞いは、いずれ家門に響くと微塵も思っていないのだろう。

 学園の規則に従うのはあくまでも学生のうちだけであり、卒業してしまえばそのルールに従う必要は無い。かつての恨みを忘れなかった貴族のある子女が、卒業後に何倍にもしてやり返したというのはひっそりと語り継がれている。

 有能なのは本当に魔法の才だけであり、頭がお粗末では世間は渡れないものだというのに、嘆かわしいことだとルシニアは微笑む。

 ブラムバシアンが席を外したのを見計らい、このようにルシニアを囲っては憂さ晴らしのように毒を吐く。そんな暇があるのならブラムバシアンに声を掛ければ良いだろうにと、そう言ったことだってある。

 だが彼女たちはブラムバシアンに声をかける勇気など、持ち合わせてはいなかった。だから遠くで花を愛でるように、目の前に集る虫を払おうと必死なのだろう。

 そのように変わらない日々はあまりにも退屈で、彼女たちもまた強制力の元に動かされる人形なのだと思えば途端に可哀想にすら思える。一片の憐れみなどNPCに抱いたことはないというのに、どうにも最近はそんな思いがルシニアにふとした瞬間に沸き上がる。

 当事者意識など、捨てたとばかり思っていたはずのルシニアは、胡乱気な瞳を隠すわけでもなく彼女たちの背後に向けた。

 どこを見ているのかと、ルシニアの意識が自身らを飛び越えた先に向けられたのが分かると、彼女たちが躍起になって掴みかかろうとする。けれどそれらが届くことはなく、その後ろから伸びた別の手によってルシニアは易々と奪い去られてしまった。

 ルシニアを猫のように抱きかかえるのはブラムバシアンで、呆気に取られた彼女たちの視線が下から注がれている。


「ルシニア、あまり遠くへ行くな」


 自身の腕にルシニアを腰掛けさせるように抱くブラムバシアンは、頭を擦り付けるように彼女の腹に顔を埋める。そんな頭を撫でてやるほどルシニアは優しくはない。

 落ちるのは無様になるからと肩に手を置きながら、溜息だけが口から漏れた。


「ブラン、淑女にみだりに触れることは許されないのよ」


「ああ、知っているさ」


 知っていても聞く耳を持たないのがブラムバシアンだ。

 わなわなと震える女生徒を視界に収めつつも、ルシニアは彼が登場してしまえば最早言葉を口にする気力はゼロになる。耐えることだって放棄するほど、他に意識を向ける余裕がなくなるのだ。

 

「エニウ――」


「あまり、ルシニアを煩わせないでくれ」


 言い訳をしようとでもしたのだろうか。それとも、単にこの状況でも取り入ろうとしたのか。

 どちらにせよ、やっと口を開いた女生徒の言葉はあっさりと切り捨てられる。名前を呼ぶことすら許されず、氷点下もかくやというほどの瞳で睨めつけられる。

 可哀想に震える彼女たちは涙目になっていて、恐らく良いところのお嬢様なのだろう。蝶よ花よと育てられた彼女たちは、心底関心を持たないその目の冷たさを初めて知ったのだ。

 ルシニアは一度目を伏せ、ブラムバシアンの首筋に頭を寄せた。ふっと香る彼特有の香りが鼻をつき、それに不快感を覚えないことの方が余程不快だった。


「ブラン、わたくしを煩わせることなど彼女たちに出来はしないのよ」


 煩わせるほどの関心も、被害も被ってなどいない。暇潰しにすらなり得ないのだから、最早相手をする必要も無い。


「――気は、お済みでしょう?」


 ルシニアがちろりと彼女たちに視線を向ければ、ぶんぶんと殊勝な女生徒らは首を縦に頷いてみせる。いちいちこんなことに付き合うのは面倒ではあるものの、中途半端なそれが意味を成さないことを知るルシニアは好きにさせるだけ。

 人が飽きるのは存外早いことは誰でも知っているのだから、そうルシニアはブラムバシアンの手をつつく。

 ルシニアがそうだと言えば彼はもう踵を返していて、御しやすい男になってしまったものだと思う。

 あの日以来、ルシニアとブラムバシアンの距離感はさらにあやふやなものに成り果てた。

 ルシニアはブラムバシアンのことを名前で呼ぶようになった上、敬語も外してしまえばぐっと距離が近付いたように感じる。とはいえ、ルシニアはそんな表面上の距離を縮めることを許しただけであり、心には一歩たりとも近付けさせてなどはいない。

 けれどブラムバシアンは殊更にルシニアを可愛がるようになり、まさに溺愛とばかりに張り付くようになった。恋人よりもおよそ恋人らしい、堂々とした密着度にはファルゴが絶句したほどだ。

 ユーリツィアが対抗しようとしてきたのは流石に遠慮したが、頬を膨らませる彼女を宥めるのは少し苦労したと遠い目をせざるを得ない。

 しかしルシニアたちが恋人ではないことは、誰もがよく知っている。ブラムバシアンがどれだけ彼女に愛を注ごうと、ルシニアはそれを受け取ることなく流すだけ。好きにさせてはいるが、好きになることは無い。

 そんな関係だからこそ、余計にルシニアは周りから浮いた存在になるのだが、敢えてどうにかしようとも思わないのがルシニアだ。


「お前らしくない憂い顔だな」


 人々の目を気にせず歩くブラムバシアンは、未だにルシニアを抱えたままだった。研究室に籠りきりだったというのに、随分と逞しい腕や胸板はルシニアの重さなどさして感じていないかのようだ。

 少しだけ悔しさが滲む中、ルシニアはそれを鼻で笑う。


「またわたくしを語るというのかしら」


「いや、これまでの観察から感じた意見だよ」


「人を観察するなんて、やっぱり趣味が悪い人だわ」


「お前は目が離せないからな」


 頬に伸ばした手に目を細めて受け入れる様は、ルシニアを大きな犬を手懐けた気分にさせる。

 周囲にいた人々が息を飲むような光景だが、当の本人たちはまったく気付くことなく通り過ぎて行く。


「用事は済んだの?」


「ああ。あんなに離れるつもりはなかったが、すまない。お前を一人にさせたことを後悔しているところだ」


「あなた、わたくしのことを幼子のように扱うつもりかしら」


 じろりと睨んでやると、ブラムバシアンは意に介することなく返す。


「お前はいついなくなるか分からないからな」


「借りをまだ返して貰ってないのに、いなくなるわけないでしょう」


 それにまだ、姉のことも残っている。今の状態で死ぬことをルシニアは望んでいない。

 首元が締まるように掴んだ手を、彼は厭うことなくそのまま歩み続けた。

 2人が着いた先は食堂で、昼時のそこは大層な賑わいを見せていた。いくら気取った子供がいようとも、腹を空かせれば皆同じ。列を成すそれを後目にブランは人の波を避け、空いている席がないかと探す。

 あまり人の多いところに留まることは避けたいものの、ルシニアから離れることはもっと避けたかったのだ。故に彼女が食堂で昼食を摂っていると聞いた時には着いていくと間を置くことなく返したが、彼女が目を見開いて驚いたのには苦笑した。

 そんな時、ブラムバシアンの服をルシニアが引っ張り、細い指を指して向けた。


「急に目が悪くなっただなんて、言わないわよね?」


 ルシニアが指す先にはユーリツィアが手を振っており、そのテーブルには2席確保されている。ユーリツィアの隣にはいかにも不機嫌そうなファルゴが座っているもので、ルシニアを見るやいなや視線を逸らすのをユーリツィアが小言で指摘する。

 貴賎の関係なしは食堂も同様で、王太子が一般生徒と食事をするのも特に不思議なことではない。けれど誰もそのテーブルに近寄らないのはファルゴの不機嫌さが如実に現れているからであり、触らぬ神に祟りなしとばかりに空けられていただけだ。

 ブラムバシアンは心底嫌そうな顔をしたものの、ルシニアが促せばゆったりとした足取りでそちらへと向かう。ブラムバシアンは少しだけ、ユーリツィアが苦手なのだ。


「ルシニア様! あとで私にもルシニア様を抱っこさせてください!」


 ブラムバシアンはルシニアを下ろし、席に座らせると2人分の食事を取りに行く。ブラムバシアンの背中を見詰めているルシニアに、そんな意気込みが投げられる。

 ユーリツィアは何かとブラムバシアンに対抗しようとする節があり、腕を掲げて見せる彼女はやる気に満ち溢れていた。しかし、そんな細腕に抱かれるのはいささか不安しかなく、かと言ってどうにも彼女に強く出れないルシニアは機会があればと、曖昧な返事を返すしか無かった。


「ユーリ、そなたのような可憐な女が、そこの女狐を持とうものなら腕が折れてしまう」


「ファルゴ様! 淑女に対して紳士にあるまじきお言葉ですよ」


 淑女は淑女を抱き上げたいなどと言わない。そんな言葉をルシニアはぐっと呑み込んだ。

 じとりとした目つきでルシニアを見やるファルゴは鼻で笑い、ユーリツィアが頬を膨らませる。見慣れた微笑ましいやり取りにルシニアも思わず笑みを浮かべ、そしてファルゴのことを値踏みするように見てやる。


「ああ、殿下。お気になさらないでください。あなたも可憐なお人ですから、ご自分の至らなさをわたくしで晴らしたいだけなのですね。殿下のような細腕ではわたくしはおろか、ユーリのような羽のように軽い女性でさえも持ち上げられないことは、なにも悪いことではないのですよ」


 うっそりと微笑んで見せるルシニアに、怒りに肩を震わせるファルゴ。間に挟まれたユーリツィアは困ったように眉を寄せているのだから、まるで学生らしいとルシニアは思う。

 列に並ぶブラムバシアンは女生徒から憧れの眼差しを、男子生徒からは羨望の眼差しを受けている。平均よりも少しだけ背の高い彼はその髪色も相まってよく目に留まりやすく、ルシニアが探すまでもない。

 

「そういえばユーリ、あなたいつも生徒会の方々と食事を摂っていたと思ったのだけれど」


「はっ、そなたのせいに決まっているだろう」


「あら殿下、そのように子供じみた言動は卒業なさった方が御身のためですよ」


「もう、ファルゴ様! 仲直りしたというのにまた喧嘩をなさるなら、他の方々と同じようにもう口をききませんから!」


「なっ、ユーリ!? なぜわたしだけを責める! ルシニアの言葉にも原因はあるだろう!?」


「またそのようにルシニア様を目の敵にして!」


 ぎゃいぎゃいと騒ぐ2人を見るルシニアは、ユーリツィアが生徒会の面々と仲違いをしたかのような口振りが引っかかった。攻略対象である彼らがユーリツィアを慕い、彼女もまたそんな彼らに等しく愛情を注いでいたはずだ。

 攻略対象である彼らからの一方的な仲違いはあれど、ユーリツィアから口を聞かなくなるようなことはなかったはずだ。

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