願い星
ショートショートです
「じきに星が落ちてくるよ」
そう言ってヨティヌスは笑った。暗がりの洞穴から出ると、辺りは見渡す限りの星空だった。青白い星の薄明かりが、その燦然たる煌めきがヨティヌスの瞳に映っていた。
「本当? お兄様」
とヨティヌスの後ろからロゼスは遅れて出てくる。栗色のウェーブがかった髪を腰ほどまで伸ばしていて、ぎゅっとヨティヌスの薄汚れたシャツの裾を掴んでいた。
「ああ、今日が5年に一度の星降る夜のはずだ。願いごとは決まったかいロゼス」
ヨティヌスは希望に満ちた眼光を放ちながらロゼスを見やった。ロゼスは兄のそのような勢いに一瞬気圧されながらも口を開く。
「うん、決めたわ! 今朝考えたのだけど、私ねやっぱり目が見えるようになりたい。ちゃんとお兄様の姿を見たいし、色んな場所を旅したいわ」
「そうかい、それは良いね! 星は願いをきっと叶えてくれる。その願いをしっかり覚えておくんだぞ」
「うん!」
ロゼスは爽快にそう返事をしてさらに強くヨティヌスの裾を握った。まるで願い事を落とさぬように握りしめているようだった。
ヨティヌスはそんなロゼスから目を離すと、夜空に視線を移した。点々と眩い光を放つ星空はいつ見ても美しく、ヨティヌスの心を強く動かした。
そうして夜空を見ていると、裾をぐいと引く小さな手に気が付いた。ロゼスが横からヨティヌスを呼んでいた。
「お兄様、どうして今頃、久しぶりに姿を現してくれたのですか? 私ずうっとお兄様に会いたかったのです。以前私がお兄様と会ったのは私がまだ幼いころだったはずです。そのころからずうっとです。……私、本当は怖いのです。お兄様が実は存在していないような気がして、不安で仕方ないのです。だからお星様に目が見えるようにお願いしようと」
「……ロゼス、私は確かに存在するよ。例えロゼスの目が見えるようになって、それでその時私が見えなくても私は確かに存在する。いいかい瞳に映るものが決して正しいとは限らない。それは君が今信頼に足らないと思っている嗅覚や触覚と変わらない、人間が備えた世界を知覚するための一つに過ぎない」
「でもお兄様は今私の姿を見て話しているでしょう? 姿のない暗闇に向かって話しているわけじゃないでしょう? 私は本当に心配で、一度でいいからお兄様の姿を目に焼き付けたくて!」
ロゼスは酷く困惑していた。長い間一人暗闇の中に居たことで周りの全てを信じられないようだった。手に触れるもの全て、鼻をかすめるもの全て、彼女に知覚できるもの全てを虚構のように感じているのだった。
「ロゼス、落ち着いて聞いて欲しい。もうすぐ星が降る、時間がない。ただこれだけは忘れないで欲しい。星とは願いだ。星があって願いがあるんじゃない、願いがあって星があるんだ。だから、願い続けることを忘れないで欲しい。私は確かに存在する。今ここに、君の目の前に。さあもう時間だ、星が降る。強く願い事を祈るんだ、いいね?」
「うん……」
「よし、いい子だ」
そうした途端、脈動するように夜空が生々しくうごめいたと思うと、空を覆う程の星々が一斉に流動した。大河を泳ぐ魚の群れのように一斉に流れ、そうしてしばらくするとまたピタと止んだ。
ロゼスは恐る恐る目を開けた。暗闇の中にぽつぽつと浮かぶ星がうっすらと見えた。ふと思い、周囲を見渡してもそこにヨティヌスの姿はなかった。