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うちのメイドは優秀なのです

カインのお世話に、学校に、代筆業にと忙しい日々が続いた。代筆に関しては、まずは簡単な手紙の代筆を受けるようにした。例えば、字の書けない人が故郷に向けて送る達者の便りや高級レストランから顧客に出す季節の便り。代筆ギルドのカウンターのお姉さんたちはとても優秀で、お客さんが本当に書きたいことや伝えたいことを引き出し、依頼書にしてくれるのでとてもやりやすかった。


たまに修正依頼で返ってきちゃうこともあったけど、それもまあ、お仕事だから仕方がないよね。


カインは超人的なパワーで回復していったので、治るまでにお金が貯まるかヒヤヒヤしたけど、とりあえず隣国に逃げ延びられる路銀くらいは貯金できた。私、本当に頑張った!包帯を替える時に黙ったままだと気まずいのであれこれ話しちゃったけど、ポツポツ自分のことを口にしたりしてくれたので、彼もまんざらではなかったみたい。


後はカインの回復を待つばかり、治り次第できるだけ私から遠ざかってもらわないと、と思っていたのに。


話があるとケイトにカインの客室に呼ばれたときは不思議に思ったけど、部屋に入ると彼が侯爵家の(うちの)執事服を着ているのを見た時は息が止まるかと思った。まんま「君恋」のカインだったんだもの。


「ディアナ。俺、ここで働きたい。」

「…………へ?」

途端にいつのまにか彼の後ろに忍び寄ったケイトが、無表情のままスコーンと彼の頭に鉄拳制裁をかました。病み上がりなのに容赦がない。

「ディアナ様でしょう?口のきき方を知らないコイツの代わりに私が説明します。」

曰く、高位貴族の令嬢や子息にはもっとたくさん専属メイドや専属の従者がいるものなのだけれど、私にはケイトしかおらず、それでは格好がつかないと前々から思っていたらしい。それにこれから王立学園にあがるし、代筆業をやるにあたっていつまでも少年の格好で誤魔化し続けられない。何かと最近物騒だし、とにかく腕っぷしの強い男性を専属にして、私の安全を確保したいと思っていたところ、傷の治ったカインが志願してきたということだ。

「お嬢様に私が教えた護身術など初歩の初歩。使用人の手慰みでしかありません。私のようにかよわいメイドだけでは、いざという時ディアナ様を守り切れるかどうか……。」と不安そうに言うケイト。うーん、専属使用人の件は盲点だったな。お父様もお母様も普段屋敷に寄り付かないから、気付かなかったのね。


でもカイン…彼だけはなあ……。別に私が前世の記憶があってたまたま助けただけだから気にしなくていいのに。私にかかわらない方が安全だし、新しく別に雇ったほうが良いんじゃないかなあ?


「カイン、あなた別に私に恩返ししようなんて思わなくていいのよ?私が勝手にやったことなんだから。それにね、せっかくだから育った国に帰るなんてのもいいんじゃないかしら。今の季節、あの国の首都への旅行は人気みたいよ。」と私は言った。

「お嬢……俺はお嬢に助けられて、今までみたいな薄汚い商売はやめてまっとうな人間になろうと思ったんだ。それに俺なら下町で生きてきたんだから、お嬢がこの家を出て庶民になるんなら、誰よりも役に立つぜ?」とカインが言う。どことなく捨てないでオーラを出して私を見つめてくる。ずっと看病していたせいか、そんな顔をされると「NO!」と強く言えない自分がいた。


そんな決めきれない私の反応を見て、「悪魔憑きの瞳が気になるなら、ほら、このように変えられますから……」とケイトがサッとカインの前に回り込むと、無理やり彼の目に何かねじ込んだ。

「いってぇ!!!ってなにすんだ!!」とカイン。

「いいから、鏡を御覧なさい。」と彼がケイトに引きずられて行くのを見ると、確かにカインの瞳の色が真っ黒になっていた。この世界にもコンタクトってあるのね。

「瞳の色は私は気にならないわよ。むしろ素敵だと思うわ。でもそれでカインが生きやすくなるんだったら、そっちのほうが良いわね。」と私は素直に感想を口にした。

「……外に出る時はこれに変えたいけど、お嬢と屋敷にいる時は元の色のままでいい……。」と彼が頬を桜色に染めながら答えた。またケイトが無言でカインの頭に腕を振り下ろし……それをカインがすすっと横によけたので、彼女はそのまま横っ腹に1発ボディーブローを入れた。そこ、前にケガしたところだよね?


脇腹をおさえて床に沈んだカインを無視し、「それに旦那様には書類を通してOKしていただいていますから、今さらナシにとなるとまた厄介になりますよ。」とケイトが涼しい顔で言う。さすがケイト、できるメイドは仕事が早い。

「じゃ、じゃあ、とりあえず試用期間ということでっ!」私はやけくそになって了承した。


ゲームの強制力って怖い。


それからというもの。鬼講師・ケイトの使用人教育が1ヶ月続いた。「こんな熱くて濃いお茶が飲めますか!?」「『俺』ではなく『私』です。」「マナー教本の抜き打ちテストをします。」「だらしない立ち方をしない!」なんなら、最後の注意のときは、投げナイフが飛んでいた。そこまでしなくてもいいよー。


あんまり厳しいので思わず私はカインに駆け寄った。「ねえ辛かったらやめてもいいのよ?研修中のお給料も出るだろうし、私も貯金があるから、あわせたら次の勤め先が見つかるまでは持つと思うの。だから隣の国に」という私の言葉を遮って、真剣な目をした彼はケイトのマナー地獄へと戻っていく。私はゲームでのカインの運命が頭をよぎって不安になりつつも、すごく頑張ってくれている彼を無下にできず、こっそりチョコやキャンディーを差し入れる日々が続いたのだった。




「なあ、本当に俺は侯爵家の書類審査に通って、雇われたのか?」と疑問に思った俺は、ある日クソメイドに聞いた。

「あなたみたいな経歴の良くわからない駄犬、通るわけがないでしょう。侯爵家とではなく、”影”とのフリーランス雇用で、指揮系統としては私の部下にあたります。」経歴を捏造して、正式に侯爵家の使用人になることも可能ではありましたが…と彼女が言う。

「それよりも今の形の方が都合がいいのですよ。あなたは人員不足の”影”にフリーで雇われただけ。万が一のことがあった場合、王家でも侯爵家でもなく、お嬢様を優先なさい。」

「あの子に嘘ついたのかよ?」

「何か問題でも?お嬢様の御身を守るための嘘ならいくらでもつきますよ。」

この女もたいがいディアナにイカれてると、俺は思った。


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