こんなときにかぎって(reprise)(sideシャルル)
「報告いたします!王立学園で大規模魔獣の反応アリ!1体は魔猪、そしてもう1体はワイバーンの亜種でしたが、すでに両方とも学園の教師ならびに学生により制圧されました!」直立不動で報告するガタイのいい青い髪の若い男は、最近僕の護衛に着くようになった”影”の人間だ。
ショーンの執務室におびただしい血だけを残して、前任者が忽然と姿を消して数日がたつ。王宮という広大な敷地とは言え、出入りはかなり厳しく管理されている。なのに、アイツは命も危うい量の血だけを残して煙のように消え失せてしまった。
“影”という職務上、潜入するのは得意なはずではあるが今の状況がアイツの意志なのか、あるいはもう死んでいて、死体という形で持ち出されたせいでいなくなったのか……調査中だ。それなりに長くついてくれていた”影”の失踪に、僕は少なからずショックを受けていた。
「こんなときにかぎって、だな。討伐訓練よりも先に大物が出たのか……。」
「はい!魔核はすでに獲得、王立学園に保管されています。そのまま魔法省の研究所に送られ、分析が終わりましたら国王陛下に献上される予定であります!」
「それはいいが、人的被害は大丈夫だったのか?」
「はい!教職員にはケガはありませんが、生徒のうちディアナ・バーンスタイン侯爵令嬢が魔猪を倒した後、魔力切れを起こしたとかで屋敷で手当を受けています!」
「ディアナが!?怪我の具合は?魔力切れって!?」
「はあ……詳しいことはわかっておりませんが、そのまま医師を呼んだところ命に別状はないそうで、侯爵家で療養されるらしい、です……。」
「今すぐ……は無理だ。強制捜査が終わったらバーンスタインの屋敷へ向かう!先ぶれを出しておけ!」
「はっ!かしこまりました!」男は大慌てで出ていった。護衛騎士がそれを冷めた目で見送っている。
アイツも悪い奴ではないというのはわかっている。
ただ前の”影”なら、「大変です!ディアナ様がぶっ倒れました!」なんて言いながら僕の執務室に飛び込んでくることだろう。それに、怪我の有無から何から、ディアナがなんでそうなったかまで細かに調べてくるに違いない。魔核のことなんて度外視して。
今は何はなくともディアナのことだ。侯爵家の呼ぶ医師ならある程度腕はいいはずだから命に別状はないというのも信頼はできるが、念のためこちらから王宮医を派遣するかいっそ王宮にこのまま引き取って療養してもらうか……。
その場にスタンやディアナの友達がいれば、魔力切れを起こすまで戦わずにすんだはずだ。確か……今日は薬草積みの実習の方に行くといっていたから、きっとそこで無茶をしたのだろう。
というか、確かに学園の警邏兵やヒンデンベルク嬢の監視は今回の作戦の方に投入したが、ディアナ付きの護衛を外した覚えはないぞ……?確かに今回はあちこちにあるスパイの拠点に攻めこむため戦力が必要だった。
だが影で武勲をあげてリハビリ中の彼女と、もう1人腕の立つ従者はメンバーに入っていなかったはず……あとで確認が必要だな。
作戦終了の報告を受けた後、侯爵家に向かおうとしたが見舞いをやんわりと拒否されてしまった。昔からディアナの護衛をしている”影”によると、ケガはなくただ魔力切れを起こしていつ目覚めるかわからないとのこと。また今回の作戦で越権行為があったことも報告を受けた。間接的にとは言えそいつはディアナを危険にさらしたのだ。覚悟しろよ。
あれから1ヶ月。何度も見舞いの打診をしたが、なしのつぶてだ。侯爵家の総意というよりもあの従者が噛んでいる気がして仕方がない。こんな時前の”影”には記録水晶を預けて撮ってきてもらえたが、今の真面目そうな彼にはそんなこと頼めないしな……。
せめてもの彼女とのつながりを持ちたくて、ディアナの好きな花々を毎日プレゼントとして贈っている。ディアナが良い花の香りの中で目覚められるようにと思って。
摘発したスパイたちが、みな一様に「本国の意志で動いていた。」と不自然に強調するのは気にはなったが、とりあえず王国内は落ち着きを取り戻した。あれから魔獣の発生も通常通り。王立学園の行事も滞りなく済んだ。
冷たい風と共に冬の足音が聞こえてくる11月。不自然な程何事もない平穏な生活。
ただそこにディアナだけがいない。
明日は色とりどりのシクラメンを贈るよう、新しい”影”の男に指示を出すと「はっ!」という威勢のいい返事と共に手配に向かおうとした……が男はふと立ち止まって、
「いやー、殿下は仮婚約者相手にもお優しいのですね!不仲なディアナ様にもお心をくだき、毎日花を贈るとは、男の鏡であります。」と元気よく言った。
仮婚約者?
ギギギと音を立てそうにぎこちなく顔を上げた僕に、”影”の男はわかりやすくうろたえる。
「し、失礼いたしました!自分は女性関係に不慣れでして……」
「君の女性関係は今は置いておこう。それよりも仮婚約者とはなんのことだい?」
「???殿下がお決めになったのでは?」と不思議そうにする彼が語ったことによると。
曰く、僕とディアナの婚約は完全に政略で、ディアナと僕は不仲である。
曰く、僕はリリネシアの王女との婚約が水面下で決まっている。
曰く、ディアナとの婚約はそれまでのつなぎで、彼女は”仮婚約者”でしかない。
曰く、ディアナはその仮婚約に納得している。
というのが貴族社会では定説になっているそうだ。
どういうことだーーーーーーー!!??
王族としての品位のため、叫ばなかったことを褒めて欲しい。だが正直王宮中隅々まで聞こえる程の大声を出しそうになった。
仮婚約も何もディアナは僕のものだ。もちろんこのまま結婚するつもりだし、僕とディアナの関係だって、恋愛というところまでいけてはないが友好的だ。そしてリリネシアの打診なんてとっくの前に断っている。
いぶかしげな顔をする“影”の男にそのまま花の手配に向かうよう命令し、僕はそのまま執務机に肘をついて頭を抱えた。
恐らく黒幕は 王妃だ。あの人にとっては息子の意志や気持ちより国の繁栄と自分の権力を拡大することが優先。自分主導でリリネシアとの婚約をまとめて、その2つを叶えるつもりだろう。
ディアナがそれに納得しているという事実も僕をへこませる。彼女が僕に抱いているのは臣下としての敬愛か。
今まで伸ばし伸ばしにしていたが、これは一度、ちゃんと彼女に僕の気持ちを話す必要があるな。
官憲のあの小太り男は、この機会に異動の命令が下って無人島勤務になります。
無人島でなにを取り締まるのかわかりませんけど、気の毒ですね。




