眠り2(sideカイン)
「いつぐらい、という目安はありませんか?」とケイトが医師に聞く。
「いいや……こんな状態の患者は初めてです。普通ここまで生命力を使い切ったらもう死んでいるはずなんです。それでも生きていて、少しずつ回復していっているというのは奇跡ですよ。だからこの方が明日目覚めるのか、はたまた1か月後か、あるいは10年後なのか。私にはわかりませんし、わかるような医師は大陸中を探してもいないでしょうね。」後は神のみぞ知るという月並みなことしか申し上げられません、そう言って医師は帰っていった。
大きな青い瞳いっぱいに涙をためたウィル坊を部屋まで送り、俺は黙々とお嬢のけがの手当てをする。ワイバーンを前に覚悟を決めたあの凛とした表情が嘘のように、お嬢は幸せそうに寝息を立てていた。顔色は悪いが、倒れた時ほどではない。
あのいつもの笑顔、拗ねた顔、照れた顔に怒った顔。くるくる表情の変わる彼女が戻ってきてくれるのはいつなのだろう。
あの時、お嬢を止めていたら。
俺なんてどうにでもなるのに。俺を守るために、彼女は……
「カイン、あなたはいいから早く休みなさい。疲れたでしょう?」部屋にザッハトルテを準備していますから、食べて早く寝なさいと、上司が俺の手からガーゼを奪って言う。
俺がディアナを横抱きにして帰った時には、もうコイツは任務から戻っていた。「無事戻ったのですね……医師をすぐに呼びますから、あなたは早くお嬢様をベッドへ。決して揺らしてはいけませんよ。」意識のないお嬢を見ても顔色を変えることなく、淡々と指示を出した。
「お嬢様を寝かせたら、その酷い顔をなんとかなさい。」と言われて初めて、俺は自分が泣きそうな顔をしているのに気が付いた。だが、アイツだって無表情だったがその背中には俺たちが生きて帰ってきた安堵と、様子のわからないお嬢への不安の気持ちが揺れていた。
医師が来る前にウィル坊と 家令が駆け付けた。最近お嬢は討伐訓練に備えたトレーニングやなんやかんやで侯爵家に帰っていなかったから、久々の再会になる。
「お姉ちゃん!!」
反応のない姉にショックだったのだろう、飛びつこうとするウィルをザンダーが必死になだめていた。
そしてやってきた医師の診断。ケガは大したことがないことがわかった。残りはお嬢の回復力次第。
希望があるのはわかったが俺の心は晴れない。
「お嬢を守れなかったんだ。これくらいはさせてくれ。」悪かったな、あと任務お疲れと言いながら俺はガーゼを奪い返そうとして避けられ、頭にぽんっと軽いチョップを受けた。
「疲れているのはわかっていますよ。どれだけあなたとトレーニングしてきたと思っているのです。あのワイバーン相手に1人も死者を出さずに済んだのですから、御の字と言えます。もしなにかあるとすれば……ただ……その場に自分がいられなかったことに……自分自身に苛立っているだけです。」
「いいから、今日は大人に任せてあなたは休みなさい。看病はいつまで続くかわかりませんし、今日の摘発で新たにわかった事実もありますから、”影”の任務は明日からも続きます。休みなんてありませんからね。」と言われて、俺はそのまま部屋の外に出されてしまった。
自室に戻ろうと死んだように静かな廊下を歩く。ザンダーが使用人連中に緘口令を敷いているのだろう。
言われてみればグッと疲労感がのしかかってきた。疲れていると思考は暗い方向に向かおうとするよな。医師の見立てが間違っていたら?もしディアナがこのまま起きなかったら?あるいは実験体として無理やり国に持って行かれてしまったら?
そんな恐れを振り切るように俺は首を振った。そうなっても俺と上司がいれば、眠っているお嬢を安全なところに逃がすくらい簡単だ。 協力者のところに連れていけば、俺たち3人くらい上手く潜って平穏に生きていけるはず。
たどりついた自室で大きくため息をつき、隠し持っていた暗具のセットを壁にかけた時、ふと思い出した。
そういえば、焦っていて気付かなかったが、あの教師連中の中にいた……マックローンとか言ったか。アイツどこかで見覚えが……。
「いいか、どこでもいいから腰を落ち着けて暮らすんだ。お前は本当に大切にしてくれる人を見つけろ。」
そうだ。血でかすむ視界の中、隣国の騎士服の中でもひと際身分の高いものを身に着けた男が言った言葉。あの地獄から俺を救い出してくれたヤツとそっくりだった。そうだアイツの言葉には続きがあって……
「そして、決して、ディアナ・バーンスタインという女には近づくなよ。」
そう、言ったんだ。




