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眠り1(sideディアナ/カイン)

「うぉっと!」

カインが放った火魔法が、ワイバーンの堅牢なうろこはね返されてしまい、すんでのところで彼が避けた。腹を立てたヤツがお返しとばかりにさらに大きな火柱を口から吐く。かまいたちなどの物理攻撃も強いし、魔力攻撃も強いし、守りも堅い。こんな化け物、校舎の方はもちろんのこと、王都に出すわけにはいかないわ。


死ぬのは怖い。自分の意識が無くなって全てが終わってしまうのが怖い。だけど、私は一度死んだ身だもの。今度は大切な人を守る為なのだ。やれる。


彼から借りた剣の刀身に自分の短剣をすっとすべらせて、残りの魔力、生命力ぎりぎりまで使って強力な氷魔法をまとわせる。魔力炉だから、一度凍らせると再び動き出すまでにかなり時間を要するはずだ。


カインの巧みな嫌がらせ攻撃に気を取られ、イライラしたように吠える魔物。こちらには気付いていない。勇気をふり絞るために私は大声をあげながら、ワイバーンに向かっていく。


「龍の弱点は!」

地面を蹴って私はワイバーンの腹部めがけて飛び上がった。

「腹部の上から数えて第三節と第四節の間!」

大きい長方形の腹部のうろこの間に、下からありったけの力を込めて長剣を突き立てる。

私は地面に無事着地して片膝をついた。見上げるとまったく変化のないワイバーンが憎々し気にカインを見ながら羽ばたいている。


やっぱり私じゃダメか…と思っていたら、ヤツの腹部から氷がみるみる広がり、真っ逆さまに落下していった。


やった!


ドシンという音と砂煙と共にワイバーンが大地に横たわった。


とにかくこれで少しでも時間を稼げるはず。意識がゆっくりと抜け落ちていく中で、遠くから「いたぞ!」という誰かの声やたくさんの足音が聞こえた気がする。応援が来たのかな。みんなたちでワイバーンを倒せますように。


だけどスッと気が遠のいていく私の中で、懐かしいような、知っているような囁き声が響いて、無理やり意識を引き戻された。


「手伝うわ。だからとどめを。」


何者かに突き動かされるように、私は凍り付いて動けなくなっているワイバーンにノロノロと近づくと、瘴気だまりでありもう1つの弱点でもあるその眉間に、残りの短剣を突き刺した。


もう何もかも空っぽのはずの身体に、新たに力が満ちて短剣から魔獣に向かって流れていく。途端に指した部分からひび割れが入り、隙間から眩しいけれど暖かい光が広がる。その光はどんどん強くなって、ワイバーンは他の部分からもひび割れてやがてボロボロと崩れ去ってしまった。


何が起きたのだろう。


さっきの声は誰?


そんな疑問には誰も答えてくれないまま、今度こそ私の意識は真っ暗な底に落ちていった。





「魔力の使い過ぎ、彼女は生命力にまで手を出したのでしょう。かなり消耗していますね。ですが幸い今のところ命に危険はありません。ただいつ目覚めるかは現時点ではわかりません。」全ては彼女の体力次第……というところでしょうかと、診察を終えた医師は言う。


ここはバーンスタイン侯爵家のお嬢の部屋。


天蓋付きの大きなベッドの上ですやすやと眠るディアナと、その傍らに座って不安そうに話を聞いているウィル坊。そしてケイトはいつもの無表情を装って、静かに後ろに控えていた。

 

ワイバーンを倒しきったディアナは、あの後意識を失ってその場で倒れこんだ。息はあったが、何だか魂が飛んで行ってしまいそうな、そんな弱弱しい様子だった。


お嬢の魔力はそう強くない。ましてや直前にイノシシの魔物と戦ったと言っていた。平気そうな顔をしていたが、俺が着いた時点でギリギリだったのだろう。気付くべきだったといくら後悔しても、もう遅かった。


駆け付けた学園の教師達も、そして俺もお嬢の手によってワイバーンが崩れ去ったのを見た。何が起きたのかわからなかったが、これが漏れるのはマズい。幸い、話の分かる教師ばかりで、俺は頼み込んで誓約魔法をかけ口外できないようにし、この事実は伏せることにした。ただでさえあの王太子はディアナを離したがっていないのに、さらに王家にとってお嬢に利用価値があるとわかったら……今すぐにでも囲われちまうだろう。そうでなくとも、お嬢が俺を心配して命までかけて避けたかった研究所送りという事態に、彼女自身が陥ってしまう可能性も高い。


一旦王立学園の保健室でお嬢を預かるという話もあったが、俺は断ってそのまま抱きかかえて侯爵家に戻った。侯爵家の息のかかった口の堅い医師に見せたかったというのもあったが、学園で看病していて王宮に横やりを入れられたくないというのが本音だった。

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