授業が役に立つこともある
「カイン!来てくれたのね。」
「滅多にお嬢が鳴らさないアラートが鳴ったからな。だけど驚いたぞ、デカい魔力が消えたかと思ったら、さらに凶悪な気配がしたから。」普通じゃありえないだろう、と私を抱えてヒョイヒョイとワイバーンの猛攻を避けながらカインが言う。
「魔猪は倒したんだけど、その後ワイバーンが出て魔核を飲み込んじゃって。マリーローズちゃんが何か魔獣を呼び寄せる魔道具とかかわりがあるみたいで、回収に行ってもらったんだけど……。」
「とことんクズだな。」
あんまり悪口は言いたくないけど、同意しかない。
「他の子たちが先生方や演習場にいる強い生徒を呼んできてくれるから、とりあえずこの場は到着までの時間稼ぎさえできればいいの。」私の短剣はそれなりに高価で鋭く強度もあるはずだけど、まったく通らなかった。強力な物理攻撃の魔法か、ヒロインちゃんのような治癒魔法ならなんとかなるだろうけど……今の状況的に私とカインで倒しきるのは難しいと思う。それよりも逃げ回って時間を稼ぐ方が、生き残るというプランで言えば現実的だ。
「なあお嬢。ワンチャン俺の禁術であいつを操れたら……事態は収拾できるんじゃねえか?」
「そうだけど………やっぱりダメ!もし誰かに見られたらあなたが研究所送りになってしまうわ。」
「だけどよ、先公やボウヤ達が束になってアイツに勝てるか?」
「わからない……誰にも傷ついて欲しくないけど、でもそれでカインが犠牲になるのも嫌。きっと騎士団も来てくれるはずよ。」
「あー……それはちょっと難しいかもな。ワイバーンと戦えるような戦力は、今はちょっと離れたところにいるはずだ。」何か知っているのか、気まずげにカインが言う。
禁術というだけあって、カインの相手を操る魔法は消耗が激しい。そして万が一ワイバーンを従えているところを誰かに見られたら……。
魔法省の研究所なんて実体はよく知らないけれど、マリーローズちゃんの件でシャルル殿下が話しているのを少し聞いた。魔力を首輪によって封じられ、毎日非人道的なものも含めて実験され続ける運命……だからなおさらそんなところに彼を行かせたくない気持ちが強い。だからってどうしたらいいんだろう。今私が自爆したってこんな怪物には勝てはしない。
こんなことになるのなら、救援要請なんてしなければよかった。大切な人を危険にさらしてしまうなんて。
そんな心が折れてしまいそうな私の頭に「でも勉強ってそういうものですわ。」とのんびりと友達が言っている姿が思い浮かんだ。
あれは期末試験前。もうほぼあきらめ気味で机につっぷしミニチョコパイをつまむ私を横目に、せっせとリアルな魔獣のイラストと特徴、弱点を書いていくルシア。
「これは魔カマキリ、これは魔蚊……こんなの魔法も何もないわよね。グチャって踏みつぶすかパーンて叩いちゃえば終わりじゃん。」私はパイ屑のついた手を拭くと、彼女の書いた魔獣カードたちを見ながらつぶやいた。ルシアのCクラスとは魔獣学Ⅰの先生は別なの。どうやらずっと研究職に身を捧げてきたタイプらしいわね。
「うーん。私はそれも苦手ですけれど……。」
「あ、まあそうよね。それでこちらはユニコーンにキメラ、龍種の弱点……?これまで大陸外でしか出現していないし、しかもそれも1,2回程度のばっかり。」将来役に立つかと言われればノーだわ、と私。第一こんなデータどこから引っ張ってきたのか。大陸の外の噂や書物をかき集めたんだろうなー。
「でも学校の勉強ってそういうものですわ、きっと。みんな将来進む道は違いますし、授業で学んだことが活かせるほうが珍しいのかもしれません。」それよりもどれだけテストという目標に対して頑張れるか、努力の仕方を学ぶのがこの王立学園での学びなのでしょうとルシア。私の方が精神年齢はだいぶ上のはずなのに、とっても大人だ。
「確かにそうね。うちの方の魔獣学の先生は、初日からゴブリン型オートマタと生徒にタイマンはらせるような人だし、あの先生たち2人を足して2で割ってちょうどいいくらいよね。」と言って頑張るルシアの可愛い口に一口サイズのパイを放り込んで、2人で笑いあったっけ。
あのときみた龍種の弱点……普通の魔獣と違って龍はその魔力の大きさからちょっと特殊だった。まあ、あれが本当かどうかわからないんだけど。
「ねえ、私思い出したことがあるの。ちょっと試したいことがあるから、その長剣貸してくれる?」と彼が帯刀していて長剣を指す私。
「構わねえが……。」
「それと、少しの間陽動をお願い。もしこれでも助けが間に合わなければ、ごめんなさい。あなたに禁術を使ってもらうことになるかも。」
「俺は大丈夫だ。……なあもしバレたら、俺は逃げる。お嬢はついてきてくれるか?」
「もちろん!」
ついていきたい気持ちは本当。カインを好きな気持ちだって本当。だけど今からやろうとしていることは言わない。
元よりそのつもりだったのだ。私はここで、人生はおしまい。
瘴気は頭の部分に、そして魔力炉となっている魔核はお腹にある。たぶんゲームでは、殿下達が魔核を止め、ヒロインちゃんが癒しの魔法で瘴気を払っていたのだろう。私にできるとすれば、魔力炉を止めること。
普通に戦っているとどうしても魔力を切らさないようにするのがセオリーで無意識にセーブしてしまうものだけど、今の私は違う。カインを研究所送りには絶対にしたくないから、ストッパーなんて無い。ありったけの生命力を込めてワイバーンの魔力炉を止めてやろうじゃないの。
その後のことは……
ごめんね。




