最大のピンチ
空からの風圧で髪が乱れ、スカートがひるがえる。まるで空間の裂け目から急に飛び出たようにいきなり飛来して、ソイツはマリーローズちゃんのすぐ手前から魔核をかすめとった。空へと舞い上がり、歓喜の雄たけびをあげると、怪しく光る赤い石を一飲みにしてしまった。現われた時よりも、魔力が爆発的に膨らんだのを感じる。
ワイバーン。
ほとんど伝説上の魔物で、原作ゲームでは魔法や戦闘の分野で国内トップクラスの殿下達と、フルパワーのヒロインでやっと倒した 怪物。それが私たちをどういたぶって殺そうかとこちらを観察している。
最悪の上の事態ってあるものなのね。
アイツの射程距離圏内にいるだけで身体が総毛立つのを感じる。本能がここから立ち去れと、脳内でガンガンアラートを出しまくっている。元々こんなヤツを倒せる魔力、私にはない。マリーローズちゃんもゲームより遥かに力不足。学園の先生方や戦える学生をかき集めて、それで勝てるかどうか。
ケイトやカインがいてくれたら……それでも勝てるのかしら?2人で共闘しても互角か、ちょっと危ういかもしれない。
もう、ここまでね。
生まれ変わって十数年。色々あったけど楽しい人生だったわ。
心残りは……カインに思いを伝えられなかったことかな。もたもたして「好き」って言えなかった私が悪いわね。だから私の恋は私と一緒にここでワイバーンと心中させてしまおう。
私は隠し持っていた短剣を構え、最前線に出て叫ぶ。
「私がワイバーンを引き付けるから、その間にあなたたちは校舎まで戻って先生方を呼んできて!」
「そんな……ディアナ様も一緒に逃げましょう!」とアリッサちゃんたち。
「あいつの飛び上がる速度見たでしょう?誰かが囮にならないと、全滅するのがオチよ。」
「でも……。」
「良いから行って!……今日あなたたちと一緒に過ごせて楽しかったわ。ルシアや殿下達には『これまでありがとう。』弟のウィリアムには『いつでもどこにいても見守ってるからね。』って伝えて欲しいの。振り返ってお願いと微笑する。彼女たちはぶんぶんと首を縦にふって了承し、走り出した。
「あとヒンデンベルク嬢。あなた魔物を呼び寄せるような装置のことを何か知っているのね?これ以上みんなを危険にさらす前に、壊すか回収してらっしゃい!」と私。これ以上絶望を重ねたくない。
私の言葉に不満げな彼女だったけど、「早く行きますよ!」と今までで一番強い勢いのティモシー君にひきずられて、しぶしぶ退散していった。
狩りの開始の合図のようにワイバーンが高く鳴く。動き出した人間の誰を狙おうか思案しているその目に、私はなけなしの魔力で炎をぶつけた。アンタの相手は私よ。けど一直線に向かったその火は、ヤツの咆哮だけでその場で消えてしまった。ええ、わたしの魔力なんてこんなもんよ。わかってたわよ。
ここからはいかにアイツの気をひきながら、戦力が集まるまでもたせるかの勝負になる。全身に強化魔法をかけての鬼ごっこ。タッチされたら交代なんて生ぬるいもんじゃないけどね。
咆哮で消し去ったとはいえ、私が抵抗したというのはわかるらしい。ヤツは羽を器用に動かし、私に向かって鋭い風をぶつけてくる。当たったらスパッと胴体と首がサヨウナラしそうだ。飛びのいて避けると、今度は口から炎を吹いてきた。なけなしの魔力だけじゃ足りない。禁じ手の自分の生命力に手を出し、私は水の壁で身を守った。
あんまりやったことないから知らなかったけど、生命力に手を出すと魔力切れの比になんないくらいの疲労感が身体を襲うのね。強化魔法で動けはするけど、気力と体力がどんどん空っぽになっていくのを感じるわ。
火、風の攻撃を次々と繰り出してくるワイバーン。ギリギリで避ける私。飽きられてしまうと生徒たちが狙われてしまうので、陽動の氷魔法でワイバーンの腹を攻撃しつつ、地面を蹴って飛び上がり背中側に回った。
刺さりはしないのをわかっていながら、短剣で切りつけたけど、金属みたいに硬いうろこにちょっとした引っかき傷ができただけ。人間で換算すると蚊にさされたくらいの不快感かしら?体勢をかえたヤツはその身体の割には細い腕を使って、私をはたき落した。
耳がキーンと、そして頭が痛みでボーっとする。もろにくらった私は、すごいスピードで落下していく。受け身を取らないといけないのをわかっているのに、身体が言うことをきかない。
これで終わりね。なんとかあの子たち逃げきれればいいけど……
「お嬢!」あわや地面に激突というところで現われた黒い影は、そう叫ぶと私をキャッチして暖かく包み込んだ。




