こんなときにかぎって(sideカイン)
「(!!!)」クソ上司と共に大規模な強制捜査にむかう俺の胸のペンダントが、イヤな音を立てる。お嬢からの救援要請だ。
現在、俺は”影”とフリーランス契約を結び、この国のために働くことでこれまでやってきたことの免責を受けている。そんな俺は今回の作戦に参加予定だった”影”に1名欠員が出たために呼び出されたのだ。イカレ女のせいでお嬢に付けなくなってしまって、イライラが募っていた俺にとっては正直渡りに船だと思っていたんだが……こんなときにかぎって、お嬢の身の回りで何かあったらしい。
朝、出かける準備をして使用人棟を出た俺を、上司が待ち構えていた。ガサ入れに同行するらしい。
「なんでアンタまでついてきてんだ。」
「あなた、合同作戦に参加するのは初めてでしょう?迷惑をかけず、他の機関の人間と上手くやれるか心配なんですよ。」
「俺はガキじゃねえんだから、お守りはいらねえよ。」
「私にとってはそうですよ。それに、大規模作戦とはいえお嬢様の警護という任務中であるはずのあなたが呼び出された、というのにも納得が行かない部分もありますし。」
「そうかい。」
隣国のスパイたちが潜伏しているという、とある新興貴族の大きな別荘。そこから死角になっている空き地に、騎士団、官憲、”影”の各人員が集まっていた。騎士服に身を包み、剣と盾で武装したピシッとした男たち。服装はてんでバラバラだが、同じような鋭い目つきとどことなく疲れた雰囲気を漂わせているヤツら。認識阻害魔法で顔はおろか存在さえたまにおぼろげになる人間たち。各機関、コイツはここのやつだろうなとわかるくらいカラーがはっきりしている。
到着し、目立たず騒がず作戦開始を待っていた俺たちに「これはこれは。”影”の元エース様まで来られるとは。」と偉そうな小太りの男が近づいてくる。コイツが今回の作戦の指揮をとっている官憲の代表者で、お嬢の生家バースタイン家とは何かと衝突してきた家の当主だと、ここに来るまでに上司から聞いた。
「王太子の婚約者たるディアナ様の護衛の私たちは担当外のはず。なぜ、あなたの独断でうちのカイン・マイヤーを引っ張られたのか気になりましてね。」
「1名、”影”から馬鹿力のやつが抜けたから穴埋め要員だ。」
「だったら他の人間がいたでしょう?」
「”仮婚約者”サマに護衛2人なんて贅沢なんだよ。それにフリーランス雇用ってやつなんだろ?ちょうど使い捨てできるやつが欲しかったんだ。」と吐き捨てるように男が言う。
自惚れも入っているかもしれないが、俺は”影”で雇われてからそれなりに成果をあげていて一目置かれ出した。今日の作戦だって元は俺が根気よく潜伏スパイの横のつながりを追ったからだ。官憲にとっては、元テネブラエという経歴を持つそんな俺は目障りらしい。
さっさとこの作戦のために死んでくれと言って、男は踵を返して作戦本部へと戻る。俺へ敵意の目を向ける者もいるが、どちらかというと虫けらでも見たかのような視線を指揮官に向けている者の方が多い。
上に立つ人間だからか、これまでのヤツの行いのせいなのか。
「やけに噛みつくじゃねえか?前になんかあったのか?」珍しく苦々し気な表情になっている上司が気になって、俺は尋ねた。
「あなたには関係のないことです。」視線を外し、そっけなく言う。図星だな。
実際影の上層部に問い合わせたら、俺たちは任務中扱いだから交代要員には入っておらず、俺への指名は越権行為にあたるとのこと。合同作戦中だから穏便には行きたいが、しっかりと抗議もしないといけない、そういう微妙な配慮で上司がついてきたということか。
それぞれ 通信魔道具が配られ、作戦内容も説明された。俺がまず裏から侵入して派手に陽動して1人で来たと思わせて、敵を1か所に集めてから他の部隊も突入する。
いよいよ作戦開始のために移動しようとしたその時、お嬢からの救援要請が俺たちに届いたのだった。
実際、王立学園方面から大きな魔力を感じる。恐らく人間ではない……魔物か。魔獣討伐訓練はまだで、そしてあのスタンとかいう強いボウヤも一緒のはずだが……「助けて」とペンダントは光り輝いている。
帰らないと。
お嬢の安否確認のため、学園に向けて走りだそうとした俺だったが。
「おやおや、期待のルーキーは敵前逃亡か?」と先ほどの指揮官が厭味ったらしく言いながら、俺の進路を他の官憲の男たちとふさぐ。
「囮と聞いてビビったのか?」
「作戦がお前らガチガチの官憲だけだったら、背中預けるのは心もとないけどよ。ここには騎士サマも”影”のヤツラもいる。怖くなったわけじゃねえよ。」お嬢から救援要請が来たから俺は帰ると言う。元々俺がここにいること自体、おかしいのだから。
「守銭奴のバーンスタインの娘なんざどうなってもいい。とにかく作戦には参加してもらうぞ。」力ずくでもなと男が合図すると、好戦的な筋骨隆々としたヤツが俺めがけて間合いを詰めてくる。結局私怨かよ。ちっ、まずはこいつらを叩きのめしてからか……
「待ちなさい。」
拳を握りしめた俺とゴリラ男たちの間に、見慣れた背中がスッと割って入った。




