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一難去ってまた一難

「誰か、この中に風魔法が使える方はいるかしら?」とつとめて明るく問いかけた。私に魔力があれば、1人でできただろうけど残念ながら凡庸令嬢。強くなくてもいい、扇風機の微風程度でも良いから上手く風魔法を操れる子がいてくれれば……。


「魔獣を倒せるほどじゃないですけど……。」とラルー子爵家令嬢がおずおずと手を挙げた。私はイノシシを刺激しないようそろそろと彼女のところまで動いて指示を出す。この国ではあまり事例が無く、ピンとこないみたいだけど、とりあえず了承してくれた。

私はそのまま食糧庫の裏口に積んである大きな小麦粉2袋の口を開け、両脇に抱える。あ、でもこの作戦だと裏山が燃えちゃうかも。困ったな……

「わだじぃ、水魔法ならづかえます。」と泣きじゃくりながらアリッサちゃんが申し出る。さっきの会話の内容を聞いていて、何をしようとしているかわかってくれたみたい。


「ウィンターズ君は、ヒンデンベルク嬢を頼むわ。」と私。現実を受け入れられないのか、マリーローズちゃんは座ったままブツブツ言ってるから、巻き込みかねないのよ。

「いいえディアナ様!ぼ、僕も戦います!男なので!」とガタガタ震えながらも彼が言う。


ごめんね今からちょっとヒドイこと言うわ。

「命の危険の前に、男も女も無い!正直言って戦い慣れてない人間にウロチョロされる方が迷惑!私は一応訓練を受けているの。悪いけど、この場であなたにできることは何もない。だからあなたは彼女を安全なところまで運んで頂戴。適材適所よ。例えこの作戦が失敗しても、アリッサさんもラルーさんも死なせはしないから大丈夫。」彼女たちを危険にさらしてしまうのは事実。ダメだった時は、全ての魔力と引き換えに相打ちにしてやろうと思っている。後、念のためカインとケイトにつながるネックレスは2回長くタップしておいたから、私が倒れた後でもきっと何とかしてくれるわ。

「だけど、ディアナ様は……。」

「民を守るのが貴族の仕事。”凡庸令嬢”だけど私も侯爵家の人間だから。」さあ行って、でも走っちゃダメよと私は笑う。ティモシー君はボロボロ涙を流しながら、だけど強い意思を秘めた目でうなずき、マリーローズちゃんを横抱きにした。


覚悟は決まった。


私以外の生徒はジリジリと後ずさりして、ゆっくりとその場から離脱していく。アリッサちゃんとラルー子爵家令嬢は魔法の届く範囲に残ってくれた。


そんな様子を赤い目でじっと見ている魔猪だったけど「あんたの相手は私よ!」という私の声に反応して、こちらに矛先を変えた。勢いをつけてその凶悪な牙を私に突き立てようとする。

「おおっと。図体でかいくせに本当素早いわね。」ギリギリのところでそれをかわしつつ、私は袋をがさがさと揺らして小麦粉を撒いていく。白い粉は地面に落ちる前にラルーさんの風魔法によって巻き上げられ、魔猪の周りに漂った。闘牛士のように右に左にとヤツをかわしつつ小麦粉を出し終わると、手を挙げてアリッサちゃんに合図。


私たちのいる開けたところと山との間に、薄いけれど木々よりも遥かに高いところまで水の壁ができた。さっき彼女は「水魔法、全然強くないけど、出土した土器とかを綺麗にするのには役に立つんです!」と元気に言っていた。たぶん魔力的にかなり無理をさせてしまっている。さっさと決めてしまわないと。


短く詠唱し、私は残っている魔力ギリギリで炎の矢を1本作り、魔猪と少し間合いを取ってから白く靄がかったヤツに放つ。舞い散る小麦に火魔法が触れた途端、物凄い爆音と共にあたり一面が炎に包まれた。私の使った火魔法の何十倍もの火力が魔獣を襲う。


「…やった!」やっぱり魔法と言えど火は火。前世の海外ドラマとかでよく見た粉塵爆発を利用してみたの。まさかこんな上手くいくとは思わなかったけど……


炎の海を離れ、アリッサちゃん達の元へ行く。「もういいわ、頑張ったわね。」と言うと、彼女が壁を解除した。コントロールを失った水はそのまま炎に覆いかぶさり、全てを飲み込んで消火する。魔猪は黒焦げになってかろうじて形を残していたけど、ドサリと地面に倒れこみ塵になってやがて姿を消した。さっきの赤い瞳のような魔核だけを残して。


「勝った…!私たちだけでイノシシの魔物を倒しちゃった……!」


ラルーさんがぴょんぴょん跳ねて喜んでいるのを見ると、何だか力が抜けて、私はアリッサちゃんと一緒にその場に座り込んでしまった。アドレナリンが出まくって気づいてなかったけど、除け損ねたらしく私は右足にキズを負っていて、じわじわと痛みが広がっていく。

「スゴイ!でもディアナ様はもう魔力ほとんど残ってなかったですよね!?なんであんな強い炎が?」

「私の魔法じゃないわ。燃える材質で粉状のものに火が触れると、引火して爆発するの。だからあなたの風魔法と食糧庫の小麦粉であんなに大きな炎になったのよ。」外国の文献でそういった事故があったというのを、たまたま読んだことがあってね、とごまかす。

「それに私は倒すことしか考えてなかったの。里山など他のものに二次被害を出さずにすんだのはアリッサさんのおかげよ。本当にありがとう。」と私は傍らで涙にまみれた彼女を抱きしめて背中をとんとんした。


彼女たちがいてくれて良かった。私たちみんな、煤と水と砂でドロドロ状態。だけど今日一番の笑顔でお互いを称えあった。



私たちが魔猪を倒した高揚感でキャッキャしていると、ティモシー君に抱えられて結構離れたところまで行っていたはずのマリーローズちゃんが「ちょっと悪役令嬢ごときがしゃしゃんじゃないわよ!私が倒したことにするから魔核はもらう!」と鼻息荒く向かってくる。体感ではさっきの魔猪と同じくらいの勢いだ。ってか私たち一応あなたの命助けたはずなんだけど、ありがとうもなしでその言い草……?さっきの感じだと元の原因ってあなたよね…?


この場にいる彼女以外の全生徒が白けた目をしているけれど、マリーローズちゃんはそんなのおかまいなし。魔猪の残した子供の握りこぶし大の魔核に手を伸ばす……でもそれは届かなかった。空から飛来した何者かにかすめ取られたから。


ゲーム通りにはいかない。けど、一部類似することはある。最悪のタイミングでそれが起きてしまったのだ。


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