気に入らねえな(sideカイン)
来週からお嬢は学園に戻る。夏休みも終わりだ。お嬢はウィル坊とその友達を連れて、街へ祭りを見に行っている。俺も付き添いたかったが、クソ上司に止められた。「子供だけで行く楽しみもありますから。」とさ。秘密裡に手の空いた”影”をつけているそうだ。
手持無沙汰な俺は侯爵家の書庫の本のホコリというホコリをはらい、庭園から花を摘んできてお嬢の使う部屋に飾り、やることもないので使われていない武器庫に掃除用具一式を持って入る。どれもこれも全然実用的じゃねえ、前時代の遺物とでも言いたくなるような古い武器ばかりだ。
張っていた蜘蛛の巣を箒の柄で取り、上の段からホコリを下に落としていく。棚を綺麗にし終わったら、最後に床掃除をして終わりって寸法だ。
にしても、この夏はあんまり良い思い出がねえ。
わけわかんねえ、ややこしい魔法が使えるようになっちまったのはどうでもいい。それよりも何よりもお嬢と2人きりで過ごせる時間がほとんどなかったのが問題だ。ほとんどが領地にこもって、訓練やら演習に明け暮れるってのはわかっていたから仕方がないにしても、最初の2、3週間はディアナには予定が無かったはず。なのにオウジサマが体調を崩したか何だかで彼女がせっせと王宮に出かけていっちまうんだよ。
「わざわざお嬢が看病しなくても、お付きとかに任せればいいんじゃねえの?お嬢にうつりでもしたら。」
「もう、カインは心配性ね。殿下は周りを不安にさせたくなくて、体調の悪い姿を見せられないのよ。一人ぼっちで療養なんて可哀そうでしょ?それに殿下のあれは気疲れもあるだろうから、うつらないわ。」とお嬢。彼女は優しい。だけどその優しさを発揮するのは俺と、その次にしゃーなしでウィル坊だけにして欲しい。
夏の初めは空が澄む。だから国のはしっこまで行って真夜中ロマンチックに海岸で星でも見ようと思っていたんだよ、俺は。ちゃんと告白して、そのままキスなんてことも……いやいや、もちろんそれはお嬢が良ければの話だ。
というか、お嬢は来年には本当に婚約破棄をしてこの家を出るんだよな?彼女は情に厚い。そしてあの王太子は確実にお嬢のことが好きだ。あのヤローが上手いことやって、お嬢がほだされて、このまま結婚なんてことないよな……
「何か不埒なことを考えた後、不安になっていますね。大方お嬢様のことでしょう。」と耳元でクリアなコントラルトが響く。
夢中になって掃除(断じて王太子への嫉妬心によるものではない)していたせいか、忍び寄るクソ上司に気付かなかった。ちっ、俺の不覚だ。
「あなたが必死になって貸本屋のガイドブックをさらう姿を見ていましたよ。大方、夏のトレーニング合宿の前にでも何か予定していたんでしょう。」
「うるせえ。俺とお嬢の問題だ。ほっとけよ。」
「あなたも案外ロマンチストなんですね。満天の星空の元で告白とは。でもあんまりシチュエーションにこだわりすぎていては、機を逃してお嬢様をかっさらわれますよ?知っていますか?ウィリアム様が勉強に励んでいる理由。」何で俺の行動が読まれているんだよ。んでなんでウィル坊?
「立派な当主になるためだろう?」
「それもそうですが、他のお友達からディアナ様の仮婚約の件を聞いてからは一層勉学も魔法にも励まれています。『お姉ちゃんのために早く当主になって、お姉ちゃんと結婚するんだ!』とおっしゃって。」
「それは子供の戯言だろ?」
「ですが血のつながりは薄いですから、現実的には可能です。それにあの方も12歳。本気かもしれませんよ。あと、シャルル殿下の側近のシュルトナム様。」
「あーあのメガネがどうした?」
「まだ婚約者がいらっしゃらないようで。裏で侯爵家にディアナ様の婚約破棄後、縁を結ばないかと打診があったようですよ。」
俺は思わず両手で握っていた大剣に力をこめる。鞘に入ったままの堅牢を絵にかいたような剣が弓のようにたわんでいく。あのガキのディアナを見る目が気にはなっていたが、まさかそんなつもりだったとは。
「最近ディアナ様と急接近しているシャルル殿下に、すでに絆のあるお嬢様に可愛がられているウィリアム様。将来この国の宰相の座を約束されているくらい優秀で、なおかつ友人関係にあるシュルトナム様。お嬢様の競争率は高いんですよ。時が経てばあの方が手に入ると思ったら大間違い。ただでさえ、あの不気味な少女というハンデがあなたにはあるのですから。」とすまして言う。俺の手の中の剣がミシミシと音をたて、亀裂が入っていくのがわかる。
俺を横目にハタキをかけつつ「まあ、次に告白するチャンスと言えば、学園祭でしょうか。それもアレを乗り越えてからの話ですが。せいぜいあのピンク頭を出し抜いて、後夜祭でしっかりとお嬢様に愛を伝えることですね。」とクソ上司。花火やら何やらの魔法で華やかにフィナーレを締めくくりますからね、せいぜい他の男性にお嬢様の予定を奪われないようにすることですと事も無げに言う。
バリ―ンと音をたて、俺の力に耐えきれなくなった剣が折れた。それを床に放り出し、「言われなくても、やってやんよ!」と宣言して俺は武器庫を飛び出していった。一番魅力的なスポットで、お嬢にとびきりの告白をするんだ!
「鋼鉄製の剣を素手で折るとは……まあまあ成長しましたが、恋愛面では世話が焼けますね。」




