テスト前ってピリピリするよね
7月に入った。王立学園は2学期制で、今月末から来月の初めにかけては学期末テストがあるの。この前期と後期のテストの結果によって来年のクラスが変わるから、実力で王宮への出仕や騎士団入りを目指している子にとっては死活問題。だからなんとなく、教室内の空気もピリピリするのよね。
私はと言うと、別に王妃になるわけでもないし「絶対にAクラスにいたい!」とは思ってないんだけど、中退するとはいえ王立学園のAクラス在籍の経歴は代筆屋をするにあたって箔が付くのは事実。だから真面目に勉強してるわよ。実践は得意だけど、やっぱり理論がね……「あ、あの魔法陣の外側部分はこういう意味だったんだ!」て気づきがあるから、なんとか頑張れてる感じかな。ケイトは教えてくれるのが上手いしね。
同室のルシアは真ん中Cクラスなの。勉強ができないわけじゃないんだけど、やっぱり本物の深窓のご令嬢だからか、魔獣関係の授業が壊滅的にダメみたい。騎士団か冒険者でも目指さない限り、貴族令嬢と魔獣なんてあんまり関わりがないから仕方がないっちゃ仕方がないよね。だからもうリサイクルを繰り返してこれ以上無理!ってなった紙に魔獣や魔物の特徴や弱点を書いては寮の部屋中にペタペタと貼っている。この前は部屋の灯りを消すためにスイッチを押そうとしたら、すっごいリアルな蜘蛛の魔物の絵と目が合って思わず悲鳴を上げそうになった。まあ、試験までは我慢ね。
そんな勉強一色な雰囲気の中でも、マリーローズちゃんは相変わらずみたい。私がマリーローズちゃんに嫌味を言っているとかいう噂をたまに流しては親衛隊君達に慰められたり、殿下達にいさめられたりしているようだ。まあ彼女の持ち物が壊されたとかいう噂は無いから、みんなで魔法陣を完成させたかいがあったというものね。
そうそう、誰もいないところをまた突撃されちゃかなわないってことで、と、友達と一緒に行動するようになったのよ。ミシェルはもう紹介したわよね。あとそのミシェルの友達ジェーン(ベルナールの婚約者で、アイガー伯爵家のご令嬢ね)とおしゃべりベルナール。
実は恥を忍んでミシェルに事情を話してみると、「初等学校の時のお礼がずっとしたかったんです。」とジェーンも、そしてついでにベルナールも協力してくれることになったの。たぶんベルナールの誤解をといた件かな?
お互い素直になれない初々しいカップルのジェーンとベルナール、とびきり仲のいいミシェルとジェーン。ジェーンを巡ってしょっちゅう小競り合いをしているベルナールとミシェル。一緒にいて本当に面白い。あんまり貴族令嬢っぽく振舞わなくていいし、こう肩の力を抜いて過ごせるのが本当に有難いのよ。
ちなみにミシェルと私は同じクラスで、ジェーンとベルナールはBクラスなの。二人は今期と来期のテストでAクラス入りを目指している。ベルナールは騎士団に入りたくて、ジェーンはミシェルと同じクラスになりたいからだって。私も負けてられないな、と2人を見ていると気合が入るわ。
ただ、今日は久々にルシアとハーモン様、シャルル殿下とティモシー君、そして私でランチをすることになった、中庭で。情報交換の意味もあるので、今後も月1回くらいのペースでは集まりたいねという話になっている。あ、くじ引きで見事あたりを引いたシュルトナム様はマリーローズちゃんと食堂です。
シャルル殿下は少し遅れてくるということで、他の3人と私とで待ち合わせて中庭を歩いているんだけど…後ろからヒロインの波動を感じる。というのは冗談にしても、明らかにマリーローズちゃんが後をつけているのがわかる。だって他の学生たちがヒソヒソささやいているんだもん。
頭脳派のシュルトナム様を撒くとかやるわね彼女も。
ゲーム脳の彼女がすることといえば、アレかな?
タッタッタと勢いよく近づいてくる足音で私は確信した。
だから私は「無理に動かないでください、オールセン男爵令嬢。せっかくの美しい髪が台無しになりますわ。」とおしゃべりに夢中になって、中庭の小道にあるバラのアーチに髪が少しからまっている2学年上の先輩にすっと近づいた。後ろで空ぶる気配がする。
そうやって避けたので、マリーローズちゃんが私にぶつかって、「嫌がらせでわざとこけさせるなんてヒドイ!」冤罪作戦は失敗。どうするのかなと思ったら、彼女はそのままの勢いで前を歩いていたルシアに照準を変えた。切り替え早いな。
だけど、ルシアの横にはハーモン様。もちろんマリーローズちゃんの気配に気付いているので、さっとルシアの腰に手をまわし、まるでダンスでも踊っているようにくるっとその場でターンした。驚いた顔のルシアに彼が「ルシア、君は蝶が苦手だっただろう?今君の髪に止まりそうになっていたんだ。」と髪を撫でながら涼しい顔で言う。「まあ、覚えていてくださったのね。」と頬を染めるルシア。
マリーローズちゃんはそんなラブラブカップルをよそに今度は勢いをつけすぎて止まれず、そのままティモシー君にぶつか……らない。彼が石畳を離れた部分でキレイな石を見つけて横道にそれたから。ティモシー君は鉱物集めが趣味なのだ。
ととととっと突っ込んでいった先には最近復帰した国史のマックローン先生がたまたまいて、結局彼女はものすごい勢いで抱きつくことになってしまった。
「!!!」びっくりしているマックローン先生。何でもあの事件の後の一斉調査の時、経歴に少し後ろ暗い部分があったとかなかったとか。なぜか復帰後は私へのあの謎の塩対応が無くなったのは良かったけど。
「ごめんなさぁーい。こんな素敵な中庭生まれて初めてで、はしゃぎすぎちゃいましたぁ。」と甘ったるいしゃべり方をするマリーローズちゃん。私と話した時のギャップがスゴイなオイ。
「……ヒンデンベルク嬢。人が多い中庭なのだから、前はよく見て歩くように。」抱きついたままうるうるの瞳で上目遣いをしていた彼女を、べりッと音が出そうな勢いで剥がして先生が言った。心なしかちょっと嫌そうかも。教師なのだから当たり前なのかもしれないけど、あんな可愛い子に抱き疲れて平常心でいられるのはさすがだなとちょっと見直した。
そんな様子を見守りつつ、私は男爵令嬢の髪が切れちゃわないよう慎重に解きほぐす。貴族女性は髪が命みたいなとこがあるから。「あぁ、これでいいですわね。」解き終わった髪があんまりきれいだったからサッとひと撫でしつつ言った。
「あ、ありがとう、バーンスタイン様。」と頬を赤くしながら、オールセン男爵令嬢。
話していた他のご令嬢と「キャー」なんて言いながらパタパタと走っていってしまった。
みんなの注目を集めたマリーローズちゃんは、私へ憎々し気な目を向けながら中庭を退場していった。男女関係なく結構な人数が、彼女がエラい形相をしているのを見ているけど、いいのかな?




