先手をうつ
更新したつもりが、確定し忘れておりました。
申し訳ありません。
マリーローズちゃんの勢いというか強烈さにアテられた私は、その日はカインを連れてヨロヨロとおとなしく寮に帰ることにした。
頭が痛い。比喩的に。疲れた。物理的に。
部屋に帰ったらやっぱりルシアはいなかった。今頃ラブラブデートを楽しんでるんだろうなー。のんきなトランプ会は中止して、今日あったことをカインとケイトに説明……の前に思い切ってケイトにも私の前世の話をすることにした。
気まずげに切り出した私の話を、彼女は黙って最後まで聞いてくれた。
「話はよくわかりました…。確かにあの8歳のお誕生日からお嬢様が変わられたところを間近で見ておりますから。そういったキッカケがあったと言われれば納得できます。」
「今まで黙っててごめんね。」
「駄犬の方が先に知っていたというのが少し引っ掛かりますが、彼の生死がかかっていたということで飲み込むことにします。1つ疑問に思ったのですが、お嬢様は8歳の時点で自分の前世を 思い出されて今のような性格になられたのですか?それともあの時点で前のお嬢様と今のお嬢様の人格……というか魂が丸ごと入れ替わったような状態なのですか?」
「それは……私にもわからないわ。今の私がこの世界でディアナ・バーンスタインだとはっきりと認識したのは8歳のころなんだけど、私の中に前のディアナの考えや記憶も感じるというか……。」あんまり深く考えたことは無かったけど、確かに謎ね。また戻っちゃったり、私の魂が召されたりするのかしら?
私がどうして今の私になったのかは気になるけど、今はとにもかくにもマリーローズちゃんのことよ。
私は彼女が望むようなことをするつもりはない。だから、きっとあの子は私を悪役令嬢にするために必死になるだろう。冤罪を吹っ掛けられるか、あるいは私が怒りで彼女をイジメたくなるようなことをしてくるとか……。
私が悪役令嬢だったら、ヒロインを排除するために何をするのかなと考えてみたけど、殿下の婚約者という地位を守るためなら、やっぱりまず証拠集めをしてヒンデンベルク家に中傷のことを抗議するかな…?それがダメならお父様に頼むか、ザンダーと相談してバーンスタイン領とヒンデンベルク領の取引を停止させて経済的に追い込むと思う。(うちは畜産や農業が盛んで潤っているけど、ヒンデンベルク家は名誉貴族的なところがあるのよ。関税分を侯爵家で肩代わりして一時的に輸出に舵を切ってもいいしね。)
私がそんな自分の考えを伝えると(実践はもちろんしないから!)、カインもケイトも首をひねっている。あれ?私おかしなこと言ってる?
「今のお嬢様なら、そうなさるかもしれませんが……話を聞く限りですが、そのご令嬢がそんなことを思いつくでしょうか?」どうも貴族社会のことを理解されていないようですし、そうなるようにお嬢様を仕向けるのは難しいですよねとケイト。確かに。
うーん………。
彼女、可愛かったけどすごい乙女ゲームの役割にこだわってたな……。
でも可愛かったな……。
そっか、彼女はゲーム通りに進めたいんだ!
「あの子が私にやってほしいのはたぶん前世のゲーム通りのことだから……」とヒロインの教科書やノートを破ったり、制服をインクで汚したり、泉に突き落としたり、見下して嫌味を言ったりとゲームであったことを伝えてみた。
あれくらいゲームに執着しているんだもの、きっとゲーム通りのことを自分で起こすに違いない、と。
「それくらいのことなら、先手をうてそうですね。」とケイトが発案してくれたことを、翌日実行に移すことにした。
私たちの作戦会議が終わった頃、ニッコニコのルシアがデートから戻ってきた。「スタンがね、新しいスパイス問屋に連れて行ってくれたの!」そう、ルシアはハーモン様に激辛趣味の秘密をこの前打ち明けたのよ。早速デートコースに盛り込むとは、やるわね。
ただ「スタンはね、『恋人同士だからこそ、今は知らない部分がある方がミステリアスでより魅力的だから。』って言って一緒に辛いものは食べてくださらないのよ。」と前にちょっぴり残念そうにルシアが言っていた。逃げたな。
でも彼女は「だから結婚したら、いろいろな辛い料理を作ってあげようと思ってるのよ♡」とも言っていたから、心の中でそっと未来のハーモン様に合掌すると共に、2人の結婚祝いにヨーグルトドリンクを1年分贈ろうと決意したわ。
次の日。
マリーローズちゃんの件が落ち着くまで、カインは寮でお留守番、ケイトとの登校になった。捨てられた子犬のようにカインはうなだれてたけど、「一緒に行って、マリーローズちゃんに会ってみる?」と聞いたらぶんぶん首を横に振っていた。私も寂しいよ。でも、ちょっとだけ我慢してね。
3学年のA、B、Cクラスが同じ棟なので、2階にあがると1つ上の学年のシャルル殿下のクラスがある。
ドキドキしながら殿下のいる2年生のAクラスの教室へと向かった。同じ建物でも、他の学年のところに行くのってなんか勇気がいるよね。お姉様方の目線が怖いが、これは必要なことなのだ。教室には入れないので、そこらへんにいたAクラスの生徒さんにお願いして殿下を呼んできてもらうことにした。
何か言われるかな?と思ったけど、お姉様方はマリーローズちゃんという異次元キャラの登場でそちらにかかりっきりらしい。
「やあディアナ!会いに来てくれたんだね!」とシャルル殿下はやつれきった中でも私にいつものキラキラ笑顔を向けた。あんまり無理しないでください。
「ごきげんよう、シャルル殿下。今少しお話しできますか?」
「あぁ。次の授業はすでに試験に合格しているから、出なくても構わないんだ。サロンに行くかい?」となぜか嬉しそうな殿下。でも隠しきれない疲労感が漂っている。話は早めに切り上げて、寝られるようにしたほうが良さそうね。
「ハーモン様やシュルトナム様、ウィンターズ君もご一緒できますか?実は転校生のご令嬢の件でご相談がありまして……。」
「ああ、彼女が会いに来たのかい?」
「ええ、まあとても個性的な方でしたわ……。」
「すごいだろう……令息達との距離がやたらと近いし、高位貴族のご令嬢にはケンカを吹っ掛けて、下位貴族のご令嬢には命令してスルーされてるし……しかも『なんでそんなこと知ってるんだ!?』っていうくらい僕やゲイル、スタンやティモシーのパーソナルデータに詳しいんだ。今の状況だからね、念のため彼女の出自も含めて調査中なんだよ。」どこかのスパイで無ければいいんだがと殿下。前世うんぬんの説明がない以上、今の情勢だもの疑われるわよね。
ハーモン様は残念ながら次の授業を外せないそう。ティモシー君は同じ学年として、マリーローズちゃんのお世話係みたいになっているからパス。ということで殿下とシュルトナム様と私でサロンに行き話し合うことになった。
「殿下は、私がヒンデンベルク嬢をいじめているという噂はご存知ですか?」
「ああ聞いた。噂と言うより、直接本人から聞いたよ。それも彼女の謎な部分なんだ。君が彼女をイジメるわけがないというのは僕らはよくわかっているし、それにヒンデンベルク嬢には監視がついているから、そんな事実はないことが報告されているんだよ。なんで彼女はあんな嘘を言ってるのか理由がわかるかい?」
「私も昨日会ったばかりなので……。珍しい魔法の才能がわかって、平民から伯爵令嬢になったわけですから、急な環境の変化で過敏になっていらっしゃるのではないでしょうか。実際上級生の女性達からは何か言われているようですし、私は殿下の婚約者で目立ちますから、わかりやすくて敵役にされてしまったのかもしれませんね……。」
「君も災難だな。」
「殿下たちほどでは……一緒にいる必要はありませんし、クラスも別ですしね。」と私。たぶん、物凄い振り回されているんだろうなあ。
「ところで、ディアナ嬢。相談とは?」とシュルトナム様が割って入る。回りくどいことは抜きに主題に入りたいらしい。効率重視ね。
「今は彼女の虚言だけなのでいいのですが、実際にヒンデンベルク嬢が何か持ち物を壊したり、汚したりして私のせいにされると厄介だなと思うのです。」
「それも監視している人間がいるから、冤罪だとわかるのでは?」とシュルトナム様。眼鏡をくいっと中指であげている。
「まだ彼女自身のことは調査中なのですよね?たかが私への言いがかりのために監視の存在を明かすのは得策ではありませんわ。となると私自身が身の潔白を主張しても、今よりも悪意のある噂が流れるかもしれません。それに実際初等学校にはそういったイジメをするものがいましたの。あまり彼女は同性には好かれていないようですし……。」と私。ここからが本題だ。
「ですから、始めから彼女の持ち物や制服に不破壊の魔法をかけておいてはどうかなと思うのです。」そう言って、昨日ケイトを中心にカインと私で作った魔法陣をポケットから取り出す。
「物質の強度をあげる魔法に、汚れをはじく魔法、防水魔法か…上手く組み込んだものだな。」と陣を見ながらシュルトナム様。
「私自身の名誉のためでもありますし、彼女とのトラブルで誰か出来心を起こしてしまっても、あらかじめこの魔法をかけておけば、余程の魔法の使い手でなければ被害は出ません。」
「なるほど…後、『持ち物を隠された!』対策に、悪意のある者がヒンデンベルク嬢の持ち物に触れたら警告音が鳴るようにするのもいいかもしれないな。」とシュルトナム様。確かに!私は尊敬の眼差しでシュルトナム様を見る。ちょっと鼻高々な感じになっていて可愛いね。殿下が咳ばらいをして「では魔法陣のここを分解して……」と具体的な組み方を提案する。さすが学年1の成績。
そこからは時間いっぱい使って、ああでもないこうでもないと陣の改良を3人でやって、とってもいいものが出来た。熱中しすぎて、殿下に寝てもらえなくて申し訳ない。できた魔法陣は「ヒンデンベルク家に許可をとってから、内緒で監視のものにかけさせるよ。」と彼が持ち帰ることとなった。
後から聞いたけど、マリーローズちゃんの浪費がすごくて(ドレスや宝石に目が無いらしい。あんだけ可愛けりゃ着飾るのが楽しいんだろうな)、ヒンデンベルク家も大変みたい。その上高価な教科書やノートまで無駄になって買いなおすハメになるくらいなら……と不破壊魔法の許可はすんなりと出たそうだ。




