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ゲームの季節

少し汗ばむ気候になった6月。新緑は力強い緑になり、日差しが強くなってきた今日この頃。生命の息吹、自然の喜びを感じるわね。皆さまいかがお過ごしかしら?私はすっかり傷も良くなり元気よ。


あれからルシア(最近ではお互い名前呼びなの。)と同室に戻り、仲を深めた私は自然とシャルル殿下やその側近とお昼を食べる機会が増えた。シャルル殿下専用のサロンで。


今日も今日とて豪華だけど、くつろげる室内で私たちは食堂からサーブされたランチを楽しんでいた。私的なサロンのため、ここにいるのはシャルル殿下、ハーモン様とその婚約者ルシア、宰相の息子シュルトナム様、そしてこの度めでたく側近入りしたティモシー君だけだ。彼の実家はゲームとは違って国内2位の商会のままだったけど、なぜか最近殿下の側近に加わった。「1位であることよりも、本人の人柄と能力を重視したい。」というのが殿下の談だ。


あ、ルシアが、ホワイトソースをつけているハーモン様のほっぺをぬぐってあげている。ハーモン様は普段のキリっとした顔を崩して照れている。ほほえましいなあ。あの事件から、2人の距離はより近づいたようだ。ケガの功名ってやつね。


割と和やかなムードの中、1人だけゾンビのようになっている人物がいる。シャルル殿下だ。

事件から1週間後に登校してきた殿下は、それはもう忙しそうだった。開戦時のシミュレーション、防衛費の見直し。国内外の極秘作戦の指揮も取っているみたい。最近そんな殿下の隈がさらに濃くなり目から輝きが消えた。今日だって死んだ魚の目をしている。どこかで見たなって思ったら、前世でIT業界にいる友達が「……3徹なんだ…」と言っていた時と完全に一致している。


ああ、殿下の食べる手が止まってる。私の方をじっと見て何やら「キョウモ……アエタ……ツレテカエリタイ……」とブツブツとつぶやいている。悪いことはしていないので呪わないでください、殿下。



……そういえば基礎トレーニングのやり直しとルシアの激辛特訓と学園生活でバタバタしていてすっかり忘れていたけど、そろそろヒロインちゃんが転入してくる時期じゃない?


この世界がゲームと一緒かどうかは別として、今世の貴族令嬢としての物の見方や考え方では、最強の治癒魔法(&魔力もかなり強い)を使える女の子の取り扱いが難しいというのはわかる。魔力の研究と実用が進んで力を失った神殿からの必死の横やり、自分の勢力に取り込もうとする貴族の家々と、彼女の存在を巡ってもめているところなのだろう。ただでさえ大変な時なのに。


「殿下。食欲がないようならご無理なさらず。お疲れでしょう?」

「ディアナガハナシカケテクレタ……あぁ、いや。大丈夫だ。少し考え事をしていてね。」

「お忙しいですものね。ふふふ、よろしければ私が食べさせましょうか?」なんて言ってみる。場を和ませる冗談だ。

その瞬間顔を真っ赤にした殿下が勢いよく立ち上がり、「いや!大丈夫だ!!」と叫ぶ。そんな拒絶しなくても。

「……じょ、冗談ですわ…不愉快でしたら申し訳ありません。そういえば、今度特別な力を持つ生徒が転入してくるというのがもっぱらの噂なんですのよ。お忙しいのはその関係ですか?」

「ああ、もう噂になっているのか。何でも傷でも病気でもたちどころに治してしまうらしい。まだ本人の力のコントロールが難しいということで、普通の平民なのだが特例で入学させることになってね。」

「それはまたおとぎ話のような力を使える方がいらっしゃいますのね!」

「夢物語なら良かったんだけどね……。時期が時期だけになんとも取り扱いが難しい。僕はまだ会ったことは無いんだが……話を聞く限り本人もなかなか大変な少女みたいでね…。」と殿下がため息をつく。そりゃそうね、これはゲームじゃなくて現実に進行していっている世界だもの。彼女にすねられて国外に出られるとかなり面倒なことになる。

でも大変ってなんだろう?イメージでは天真爛漫、明るく元気で健気な美少女って感じだったけど、まあ現実世界だし、アラの1つや2つはあるだろうから……勝手に期待して役を押し付けるのも失礼な話よね。気をつけようっと。


それにしても殿下のヘロヘロっぷりは目に余る。今だってかきこむようにランチを食べて、隣の執務室で生徒会の仕事までやろうとしている。ちょっと寝たほうが良いんじゃない?


「殿下。生徒会のお仕事ですか?」

「ああ。前年度の各部の予算と使った金額を照合して今年度の予算案を出す。」本当なら5月中にやっていたことなのだがこのドタバタで…と殿下。

「確か部の受賞など実績も含めて計算するのですよね?でしたらシュルトナム様と(わたくし)でやりますわ。殿下は少しお休みになってください。酷いお顔をされていますよ。」

「君にそんなことをさせるわけには……」

「私はただの計算要員。判断や予算立てはシュルトナム様にしていただきますのでご安心を。睡眠不足はケアレスミスをまねきます。いざという時そのケアレスミスが国民にとって致命傷になるかもしれません。どうか、少しの間でも良いので仮眠を取ってください。」副会長であるシュルトナム様のご判断が信用なりませんか?と私。平常時なら信頼できるシュルトナム様に指示してやってもらっているはず。今の殿下は目先の仕事をとにかくこなすことしか頭になくなっている、つまりは思考停止状態なのだ。



きっぱりと言って引かない私に、「……わかった。ゲイル、すまないがよろしく頼むよ。」と殿下が折れた。とぼとぼと仮眠室へと向かう。それでよし。青少年の健全育成には睡眠が大切だからね。


私はケイトに目配せすると、意をくんだ彼女が殿下付きの護衛騎士さんにラベンダーのポプリをわたしてくれた。あの事件から1週間たった後、さすがに精神的に負荷があったのか、実は私も睡眠が浅くなったことがある。そんなとき自然な眠りに導いてくれたのが、あのケイトお手製のポプリなのだ。今はもうマシになったけど、お守り代わりにまだ作ってもらっているから、可哀そうな殿下におすそ分けだ。


「シュルトナム様。勝手に仕事を受けて申し訳ありません。」

「いや、僕もそうするように言ったんだけど聞いてもらえなくてね……。見てられなかったからむしろありがたいよ。」とシュルトナム様。良かった、同じ気持ちだったのね。


そこからは私とシュルトナム様、ついでにティモシー君と一緒に生徒会予算案の相談会に相成った。ティモシー君は普段はほわほわしているけど、お金の勘定になると途端にしっかりしていて同じ学年だけどすごいなーと尊敬する。


こんな生活が、(ヒロイン)が襲来する前のほんのひと時の平穏でしかないことを、この時の私は知らない。


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