長い夜が明けて
身体中の水分が抜ける程泣いた私が落ち着いた後、私は事の経緯をカインとケイトに話した。話し終わるとケイトは教員や官憲の人たちに説明するために残って、私はカインに抱きかかえられて医務室へ向かった。寮内を運ばれている間、寝間着姿のご令嬢たちが部屋の扉を開けてそーっとこちらの様子を伺っているのが見える。よかった、他の子たちは無事みたい。大丈夫よ、と笑顔で手を振るとみんなホッとした顔をしていた。
医務室に向かう道中では、学園内が甲冑を着た人や制服姿の人たちがあわただしく家探ししていた。他の侵入者がいないのか確認しているのね。
てんやわんや大人たちが騒がしい中でたどりついた医務室には、クリスタ先生が待っていた。「あらあら派手にやったのね。」とのんびりと笑う彼女。事情は知っているだろうに、いつものようなふんわりした雰囲気を崩さない、そんな先生の気遣いがありがたかった。
「透過。」とつぶやくとそんな彼女の青い目が金色に変わる。珍しい魔法だ。レントゲンのようなものなのかな。ベッドに寝かされた私の腕やお腹、足をその目で見ていく。ちょっと心が落ち着かない。
「うん。全身あちこち打撲しているけど、そこまで酷くないわね。。ただちょっと肋骨にヒビが入ってるみたい。内臓は無事よ。身も清らかなまま。」目が元の青色に戻った先生が、ちょっとホッとしたように言う。
「これから治療していくわね…けど、ごめんね。私はそんなに強い魔法が使える方じゃないから、全身の打撲を治すくらいしかできないの。それでもかまわないかしら?」とクリスタ先生。何度も言うけど、治癒魔法自体が珍しい。死ぬようなケガや病気まで治せるのはそれこそヒロインちゃんだけだろう。この痛みを治してくれるだけでもありがたいのだ。
「はい。お願いします。」
するとほわんとした黄緑色の光がクリスタ先生の体から出て、私の体を包み込む。ほんのり暖かく心地よい魔法だ。
「なんだか不謹慎だけど懐かしいわ……。私の同級生に公爵家のご令嬢で、とっても強い子がいてね。学園を抜け出してダンジョンに入ったり魔獣狩りをしたりしていて、よくこんな傷を作ってはこっそり私に治してもらいにきたものよ。」
「そんなやんちゃな公爵令嬢がいたんですね!」
クリスタ先生はこの学園の卒業生らしい。治療の間、昔話をたくさんしてくれた。
「とりあえず、今日のところは安静にしててね。消化のいいものをしっかり食べて、ぐっすり眠ること。」そうクリスタ先生に指示された私は、自室は現場検証があるので寮の別の空き部屋に移ることになった。「自分で歩ける!」という主張を聞いてもらえず、またカインに抱きかかえられて戻るのは、ちょっぴり恥ずかしかったけどね。
同じような別の部屋には、すでにケイトが制服やら筆記用具やら武器やら日常生活に必要なものを運び込んでいてくれた。「備えあれば憂いなしです。」あの初日の大荷物にはどうやら予備が含まれていたらしい。
「消化のいいもの……おかゆとか?」ということで、食堂からオートミールと卵とコンソメを分けてもらってオートミールおかゆにしたものを食べ、(「食べさせてやろうか?」というカインには丁重にお断りを入れた。すぐからかうんだから!)新しいふかふかのベッドに入った私は、そのままぐっすり寝てしまった。
起きたのは次の日の朝。信じられる!?丸々1日寝てしまった。寝すぎだよね。うなされることもなく、というか夢も見ることなく爆睡。自分の図太さがコワい。
朝の支度をしながら、ケイトから昨日あったことの報告を受ける。ルシア様はお昼ごろ目覚められて、特に体調に問題がないことを確認できたそうだ。学園側は事が事だけに、事態を隠ぺいせず全校集会を開いてあったことを正確に説明したんだって。
そうそう、捕まった4人は口をそろえて「王家の血を引くルシア様を、隣国の皇帝の第3夫人にという、本国の意向で招待しに来た。」と言っているらしい。学園に出入りしている業者の遺体が見つかったので、彼らに化けて敷地に入り、夜まで隠れていたようだ。ただ、詳しい供述を聞く前に彼らもまた死んでしまった。殺されたのだ。王宮の警備の厳重な地下牢にいたのに。おかげで隣国へ抗議はしたものの、向こうはもちろん否定するし犯人たちは死んでるしで、今後関係は泥沼化しそう。
あとルシア様付きの、ちゃきっとしたかんじの年配のメイドのこと覚えてる?あの人も行方をくらましてしまったの。公爵家に勤続30年の大ベテランだったんだけど、4世代前に隣国から移民としてやってきて、代々ずっと公爵家を探っていたいわゆるスリーパーだったんだって。寮内に手引きしたのはたぶん彼女だろうけど、くわしいことはわからないまま。それに関してはルシア様共々公爵家の方たちにはとてもショックだったみたい。
改めて学園内の教員や用務員、そしてそれぞれ個人に付いている使用人の身元確認をすることになった。2度と同じ事のないように。
総括すると、思ったより、私たちの敵は身近にいるってこと。




