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私はあの方に生き残ってもらいたいのです(sideカイン)

クソ上司からわたされたマナー本を読み終え(なんで俺が下位貴族の心得なんて読まなくちゃならねえんだよ。)そろそろ着替えて寝るかと思っていたとき、俺の作ったペンダントが禍々しく光、振動した。

あわてて手に包み込むと、ペンダントが救援を出している方角がわかる。お嬢の寮の方だ。クソ上司は所用でまったく別方向にある王宮に参じているから間違いない。お嬢は冗談でこれを押すタイプでもないから、何か危険な目にあっていることになる。これまでの人生で初めて、恐怖と怒りで身体中が総毛立つのを感じた。


ここは3階だがそんなことはどうだっていい。俺は愛用のダガーだけを持って窓から飛び出し、お嬢の元へと走る。


この学園の敷地周りには結界が張ってあって、部外者は入れないはず。それに寮にだって警備兵が4人いて、しかも夜になると玄関にしても窓にしてもカギが開かないように魔道具が設定されていると聞いていた。忍び込むのはほぼ不可能だ。ただお嬢が ご令嬢(ガキ)同士のいざこざで俺を呼ぶとも思えない。


一体何があったんだ。焦る俺は、知らず知らずかなり前のクソメイドとの会話を思い出していた。


「何でお嬢にあんな厳しいトレーニングさせてんだよ。」と、ある日俺はあのクソ上司に聞いたことがある。あれは……お嬢が13歳の時か。基礎体力も付き、拳闘など戦い方の型をある程度学んだお嬢は、直接殴りあう訓練を始めていた。その日はちょうど、クソ上司が侯爵家に”影”のOBOGを招いたのだ。「今日はミアの命日か…」「ロビーが死んでからもう20年か。時が経つの早いな。」「8年前最後の任務で護衛した奴が、情勢が変わって処刑されてやがったよ。」などなど、あのじいさんばあさんたちが来ると空気が辛気臭くなるから、俺はあまり好きでない。

「たぶん今、風呂ん中で泣いてるぞ。別に俺もアンタもいるんだから、お嬢にあそこまでさせる必要ないだろ。」とお嬢の着替えとタオルを準備しながら、俺は責める。

お嬢は……俺やコイツとは違って、努力でなんとか食らいついてきたタイプといえる。だからこそ、今日のトレーニングでのふがいなさと”影”のOBOGとの力の差、そして実戦形式だからこその傷の痛みに、涙しているのだろう。俺は、そんな辛い思いをお嬢にさせる意味が分からなかった。

目が腫れないように、氷魔法でハンドタオルも冷やしておかないとな、とハンドタオルを手に取った俺に「……あなたは、紙一重で対象を殺り逃がしたことはありますか?」と真剣な目でクソ上司が問いかける。

「そりゃあ、俺が強いにしても予想外に警備が厚かったり、ソイツ自身が妙な魔法使えたり想定より強かったりで取り逃がしたことはあるけどよ……。」

「私もすんでのところで追手をかわしたり、護衛対象をギリギリで逃がしたことがあります。」

「それが今の話とどう関係あるんだよ?」

「私は……お嬢様に何をしてでも生き残ってもらいたいのです。」

「はあ?」

「あなたはお嬢様を守ると言っていますが、四六時中一緒にいられるわけじゃありませんよね?それに私にもまだ勝てないレベルです。」

「あんだよ、ケンカ売ってんなら買うぞ。」

「話を最後まで聞きなさい。護衛に完璧はありません。どれだけ安全策をかけていても、穴はある。あなたもそれを利用したことがあるでしょう?そんなとき私たちがそばにいられなかったら、お嬢様を守れるのはお嬢様自身だけなのですよ。それに相手が私たちより強かったら、私たちが引き付けている間に、お嬢様は一人で逃げないといけない。」

「私は、それなりに長く”影”にいます。守れなかった護衛対象、上層部の甘い目算、ヒューマンエラーで起きる殉職……あっけなく人は死ぬ。だけど……私はお嬢様に死んでほしくない。笑顔で自分の望む道を歩んでいってほしい。」

「お嬢様の立場は複雑です。王太子の元婚約者、あるいは元侯爵家のご令嬢が平民になれば、思いもしないトラブルに巻き込まれる可能性だってあるでしょう。」

「あの方自身が自分の未来を掴むには、今やっていることはきっと必要になるはずだから。だから、私は、あなたに何と言われようと、訓練はやめません。お嬢様のためです。」とまくしたてるように言い切ったクソ上司のその剣幕に俺は驚いたが、ヤツ自身もそんな自分に驚いているようだった。気まずげに立ち去った時の顔は相変わらずの無表情だったが、俺には泣いているようにも見えた。


認めるのは忌々しいが、アイツは正しかった。


学園の敷地内を半分ほど走り切り、着いた蒼月棟は俺の不安をよそに不気味なくらい静かだった。玄関に倒れた警備兵が2人、裏手側にも2人、全員もう息がない。お嬢が相手をしているのは、人を殺せるヤツらだ。


中の様子がわからない状態で、下手に刺激したくはない。俺は寮の屋根に飛び上がると、一番端のお嬢たちの部屋の真上まで移動し、雨どいをつたって、窓のすぐ横にでっぱり部分を利用して立った。まだここは寮の外だから、魔法が使える。


「…!!!」


俺に見えたのは、傷だらけで立っているのもやっとというお嬢と、倒れている男1人と、お嬢をあんな風にしたのであろうイカツイ男の背中だった。


怒りで目の前が真っ赤になり、一気に頭に血がのぼるのがわかる。あと少し待てばクソ上司も追いつくことだろう。だが俺はもう待っていられない。


入口がないなら作ればいい。俺は全身に強化魔法をかけて、振り子の要領で思いっきり身体を前後に揺らすと、そのままの勢いで窓をぶち破る。


「お嬢、避けろーーーーーー!!!」


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