帰るまでが就職活動です
自活の道筋が見えてきた私は、それはもう気持ちよく待ち合わせの庭園まで歩いて行った。そうだ、せっかく下働きの少年の格好なんだから、普段の令嬢だと通れないような裏路地から行ってみよう!景色が違って楽しいはず。
この時の私は本気でそう思って、1本入った少し薄暗い小道を歩いて行ったのだ。
好奇心は猫をも殺す。
という前世のことわざがぴったりだよね。
何に使うんだかわからない木彫りの仮面や、呪いのリボンなどいわくつきのものが並べられた出店を横目にずんずん進む。こういう露悪的な雰囲気はキライじゃない。大人の人波を潜り抜けるように歩いていると、建物と建物の間の細い小道に、人がうずくまっているのが見えた。
まー王都が治安がいいからって、まったく犯罪がないわけでも貧富の差がないわけでもないから、こういうこともある。そう思いながら私がそのまま通り過ぎようとしたら、その彼とうっかり目が合ってしまった。
赤い瞳……どっかで見たことあるなあ……
細身の身体で壁により寄りかかるように座っている青年。というよりもまだ少年かな?刺されたのか、わき腹から出血しており、結構な血だまりとなっている。思わず固まったように立ち止まってしまった私に、「見てんじゃねえよ。さっさとあっち行けよクソガキ。」と彼が言った。
「あ、あ、あ………。」身なりはボロボロだけど、そうだ!悪役令嬢ディアナの従者の人だ!攻略対象ではなかったけれど、一応CVもあったから絶対この人だ!
「巻き込まれてぇのか。一緒にいると間違いなく殺されっぞ。」とその場から動かない私に彼がすごむ。よくわからないけれど、たぶん暗殺稼業で何かあってこうなってるのよね……。別に医療の知識はなくとも、このまま放っておいたら命が危ないのはわかった。
絶対にかかわらないことでこの人を守れると思っていたのに。
ここで私が彼を助けても、もしゲームの強制力が働いて私が断罪されたら、彼は死ぬかもしれない。でもここで放っておいたら確実に彼は死ぬ。だったら私が回避するほうに賭けてみよう。
でもどうやって守ればいいんだろう。私にはヒロインちゃんみたいな癒しの力はないし、魔力も中程度。2人くらいならなんとか吹っ飛ばせるだろうけど、それ以上を相手するのは無理。
後ろからどやどやと男たちが探し人を尋ねる声が聞こえる。迷っている暇はない。誤魔化されるかどうかわからないけれど、これしかない。
私は乱暴にかぶっていた帽子を脱ぐ。途端に腰まである自慢のボルドーの髪が広がった。脱いだキャスケットを彼にかぶせ、私はそのまま彼に覆いかぶさってキスをした。
目を見開く彼。そりゃそうだ。いきなりキスされてるんだもの。それに急に女の子になったわけだし。
「ちっ、マセガキかよ。お盛んなこって。」彼を探しているのであろう、粗野な男の声が後ろでし、そのまま走り去っていった。ら、ラッキー……。
前世でも今世でも数えて初めてのキスが、なんとも緊迫感のある血みどろのものになってしまったのは大変遺憾だが、とりあえずよかった。
「お、お前……。」
「私はディアナ。あなた、追われてるんでしょう?あいつらの手の届かない、安全な場所に匿ってあげるわ。」それだけ言うと、私はハンカチで彼の傷を圧迫した。幸い、ここから庭園まではすぐそこだ。
「庭園に馬車を待たせてあるの。腹部を圧迫するのはよくないだろうけど……」長い髪を適当なお団子ヘアーにくくって、よいしょっと私は彼を米俵のように担ぎあげた。痛そうにうめく彼。ごめんね。
建物同士の隙間の向こう、大通りをわたったらすぐに待ち合わせ場所だ。私は思い切って飛び出していく。幸い追手の気配はない。そして無事侯爵家の馬車にたどりついた。
血みどろになったお嬢様ともっと血みどろで汚い謎の青年に、ケイトは一瞬だけ驚いたような顔をしたけれど、すぐにいつもの無表情になって「とんだ拾い物をされましたね。」とだけ言った。
「とりあえず、傷が治るまで面倒を見ることにしたわ。」と私が告げると、
「帰ったらお嬢様には湯あみを、そしてその捨て犬には医師を呼びましょう。」と淡々とケイトが言った。
まあ、とりあえず治るまでうちで匿って、全快したら今度こそ二度と関わらなければ大丈夫でしょ。