襲撃
(作者:暴力表現がありますので、苦手な方はご注意ください。)
私は深呼吸をする。1回、2回、3回と繰り返すうちに感覚が研ぎ澄まされていく。
落ち着こう。泣いてもわめいても、脅威がそこまで近づいているのには変わりない。
私は居室部分の灯りを消し、服の下にいつもこっそりと身に着けているペンダントを取り出して、2回長押しする。すると青い石が真っ赤に変化した。これ実は緊急を知らせる魔道具で、カインとケイトも持っていて、3人のうち誰かが長押しを2回すると、他のペンダントが振動しながら赤く光って危険をお知らせするスグレモノなのだ。王立学園入学に際し、心配性なカインが作り出した連絡魔道具なの。無事作動したのを確認して、寝室に移動する。なんで外から入れるドアにバリケードをしないかって?この部屋ってたいして重い家具が無いし、何より彼らに気付いてるってことに気付かれたくないのよ。
ただ、使用人棟とこの蒼月棟は少し距離があるので、このままではたぶん間に合わない。4階から眠っているルシア様を抱えて窓から逃亡するのは現実的ではないだろう。
考えている間にもかちゃかちゃとカギをいじる音がした後、ドンという衝撃音と共に何者かが侵入する気配がする。暴力的な傾向その1。おそらく話し合いによる解決は無理ね。
なら……迎えうつしかない。
私は自分のベッドに戻ると、予備の枕を布団の中につめて、人1人が潜りこんで寝ているように整える。部屋は「真っ暗は怖いの。」というルシア様の希望で、薄明かりがついている状態だ。視界は良くも悪くもない。覚悟を決めて、この部屋唯一のドアの真横に立つ。ありがたいことに内開きなので、ドアの影に隠れられるのだ。
今までケイトから庶民として身を守るためのトレーニングをたくさん受けてきたけど、実戦は初めて。身体が勝手に武者震いするのを感じる。本当は怖い。だってこのすぐ隣に、訓練ではない明確な悪意がある。こういうときに、戦闘モードになれるようなスイッチがあればいいのに。
室内を物色する音が続いた後、唐突にドアが開いた。恐る恐る隙間からのぞき見ると、黒づくめの男2人の姿があった。片方はナイフを、もう片方は縄を持っている。暴力的傾向その2。ナイフを持った方が奥の私のベッドに向かったので、私は手前のルシア様のベッドに入ろうとした男に背後から飛びつき、片腕をかけて首を締め上げる。苦しむ男が私の腕を引っかくけど、離してやらない。必死に締め上げると、引っかく手が垂れ下がり、男の全身の力が抜けて、抜け殻のようにだらりと弛緩した。1人目の無力化に成功。
薄闇の中、ドスッという音が響く。たぶん私のベッドにナイフをブッ刺した音ね。暴力的傾向その3。こっちに忍び寄るのは無理だろう。正々堂々ぶつかるしかない。
私のベッドから出てきたのは先ほどの男よりも強そうなデカいスキンヘッドの男だった。サバイバルナイフを片手にかまえた私と目が合う。驚いたように目を見開いていたけど、すぐに気を取り直して嫌な笑みを浮かべて、拳闘のファイティングポーズを取った。この寮では魔法が使えないのを知っているようね。
ナイフを持った状態で防御は不利だから、こちらから仕掛ける。私は短く踏み込んで右に左とナイフを突き出すけど、あっけなく避けられて、切っ先が宙を舞う。といってもナイフは陽動だ。相手がそちらに気を取られているすきに左手を男のみぞおちに叩きこむ。入ったはずなのに男の体は岩みたいに硬くて、全然ダメージを与えられない。私は顔へ繰り出されたパンチをかがんで避け、蹴りを耳の横で肘を使って受けるけど、受けきれずに横から部屋の壁に叩きつけられた。
頭がぐわんぐわんして、何度も視界が暗転しそうになる。近づいてくる男の足が見えたので、ナイフを逆手に持ち替えて立ち上がりながら、相手の太ももを外側から切りつけ、肩に刃を突き刺した。
やった!
そう思ったのも束の間。血を流しうめき声をあげた男は、切られていない方の足で私の腹部を思いっきり蹴り飛ばした。まともにくらった私は強制的に胃液と空気を外に吐き出させられながら、今度は背中側から壁に衝突し、そのままずりずりと座り込む。
ねえもういいじゃん。気絶してる間に死んだらそんなに痛くないわよ?ここまで時間稼ぎできたなら上出来よ。ルシア様はきっとケイトとカインが救ってくれる。あんたなんかそもそもこの世界にお呼びじゃなかったのよ、きっと。心の中から声がする。もう辛いのはこれで終わり。それでいい。
だけどもう一方で叫ぶ声もする……生きて、カインに会いたい。
望みを抱いたら勝手に手が動いて、とどめを刺そうと接近していた男の足元にクナイを投げていた。3つ投げてあたりはたった1つだけ。足の甲に刺さったそれを男は忌々し気に引き抜く。そのすきに、私はまた立ち上がる。
ゆらり、とたたずむ私を見て男はまた驚いた表情をした。ただのご令嬢がまだ抵抗してくるとは思わなかったでしょ?でもね立っているのがやっと。次に一番男と近づいたところで最後のクナイを目に突き刺してやる。そうね、 ただの恋するご令嬢の最後の一手よ。
そんなやぶれかぶれのクソ度胸を決めた私の耳に届いたのは大好きな、待ち望んだ彼の声だった。
「お嬢、避けろーーーーーー!!!」
重い体を引きずって、私はよろめくように横に体重移動する。
轟音とガラスが粉々に砕け散る音が闇夜に響いた。




