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私のイライラと不穏な夜

「もう、なんなのよあれ!」と私は怒りに任せてサンドイッチにかぶりつきながら、ケイトに愚痴った。あ、ハム卵サンドは具がみっしり入っていて美味しい。

「あまり続くようなら、正式に抗議したほうがいいと思いますが……。」とケイト。こちらは美味しそうないちごのフルーツサンドを上品に食べている。実はフルーツに目の無い彼女に合わせて、今日はお食事系のサンドイッチだけでなく、フルーツサンドイッチをいくつか買い込んで2人でサンドイッチパーティーを開いているのだ。日差しがあたたかく風の気持ちのいい中庭のベンチで。

学園が始まって1ヶ月。ぷりぷり怒っている私の話の内容は、国史Ⅰ担当のイアン・マックローン先生のこと。というのもこの教師、やたらとつっかかってくるのだ。初対面なのに。

この前は私の隣の席の、ワイティー子爵家のミシェル様(前は男装していて男の子と勘違いされたあの子だ)が教科書を忘れてしまい、それを授業前に申告したところ「隣の席の……あー高慢なバーンスタイン君は見せてくれないだろうから、右隣のビーレル君に見せてもらいなさい。」ときた。いきなりの嫌味にクラス中が「……は?」ってドン引きしてたし、最初の授業だったからヤベー奴が教科担当になったと思ったけれど、私以外には無駄に顔のいいユーモア溢れる先生なのだ。

今日は建国時の国王の名前が隣国の綴り方だったため、「誰がいく?誰がいく?」とみんなが目で牽制しあっていて埒が明かないから、仕方なく私が指摘すると、「高貴なるバーンスタイン君は知識をひけらかしたいのかね?国際社会ではこちらが主流なのだよ。」なんて言うのよ。そりゃ国際社会で人口が多いのが隣国だからでしょう!と普段の物言いから腹の立った私が「主流と言っても、それは隣国の人口が多いために、そう綴る人の割合が多いだけです。それにこの王立学園という場所で、しかも我が国の歴史を教えるのであれば、我が国の綴り方をするべきだと思います。」と言ったら言葉に詰まっていた。ざまあ。歴史マニアのクラスメイト数人がこっそりこっちにサムズアップしていたのには、ちょっと笑った。

と一事が万事この調子で、小さな事とはいえ不愉快なのだ。カインに言ったら「……消す。」なんて言い出すだろうから、彼女に愚痴を言っているってわけ。


「ツテを頼って、身辺調査しましょうか?」侯爵家と因縁のある人物なら利益相反になりますから、とケイト。うーん確かにそうだけど、あまり事を荒立てるのもねえ。

「まあもうちょっと我慢してみるわ。クラスのたいていの子は同情してくれているし……。」そう、今日の授業の後、数人のクラスメイトが「大丈夫?」と心配してくれて話しかけてくれたのだ。これが続くと、もしかすると友達ができるかも……とちょっぴりゲスい気持ちもある。使用人たちは授業の間は一緒にいられないから、やっぱりボッチはさみしいんだもの。


他の授業が順調なのは、厳しい厳しい王妃教育と、数学関係は前世知識のおかげかな。逆に魔法は実践ばかりやってきたから、理論が後追いになっていてちょっと苦手かも。一日の授業を受け終わったら、「一緒にカフェでも行かないか?ジャムクッキーが名物のところを知っているんだ。」という殿下を華麗にかわし、図書館に行く。理論はゆっくり本を読んで学ぶ方が性にあってそうだからね。


最近、図書館ではティモシー君によく会う。この前のお礼をキラキラした目でちょっと大げさに感じるくらい言われたときは、「(これがわんこ系……)」と思わず遠い目をしてしまったけど、それ以来姿を見つけると、よく話しかけてくれるようになった。この前のタイムカプセル貸金庫は順調に進行しているようで、彼もお友達と10年後一緒に開けようねと思い出の品を預けたそうだ。可愛いな。

今日はそんな彼もいないようなので、私は写本の仕上げにかかる。といっても本自体はもう完成しているのだけれど、私家版っていうのかな?他には流通していない小説だそうで、ついでに感想をもらえるとうれしいと聞いていたので、その感想を書くのだ。


「(……前半はコミカルでテンポ感はよく、おもしろかったです。ルシャールがアンナを大事に思い、ひたすら愛する気持ちが全編通して伝わってきて、とても心をうたれました……)」などなど、素直に綴っていく。ちょっと執着しすぎと感じる部分もあったけど、私もカインがあんなふうに愛してくれたら……なんて、妄想ね。


真剣に書きすぎて、閉館時間近くの夜になってしまった。そのままケイトと共に寮の食堂で食事をとり部屋に帰ると、もうルシア様はお休みになるようでネグリジェに着替えてカモミールティーを優雅に飲んでいた。

「おかえりなさい。」とニコニコしながら、もう眠そうなルシア様が言う。

「待ってくださっていたのですか?申し訳ありません。」

「いえ、せっかく同室なのだからもっとお話したいと思っていたのだけど、何だか(わたくし)もう眠くて……。ごめんなさいね。」

ふんわりと微笑むルシア様。そんな姿を見た私は、歩み寄ってくださろうとしているのに、逃げるように図書館にこもるのって良くなかったなと反省した。

「だから今度のお休み、一緒に出かけませんこと?」お芝居のチケットが手に入ったの、とルシア様。

うーん、本当はウィルの様子も見に行きたいけれど、今後の寮生活のためにはここはお誘いに乗った方がいいのかも。

「よろしいのですか?ぜひ行かせてください!」と快諾した。

楽しみですわねと2人できゃっきゃうふふした後、ルシア様はおやすみになった。私は居室の方で今日の復習をしたり借りた本を読んだりして、夜は静かにふけて……いくはずだった。



「……!」

集中が途切れ、ページをめくる手を止める。何かがおかしい。そりゃ、100人近くのご令嬢を収めている建物なのだから、どこかしらから物音はするわよ。でも今のはいつものとは違う。こういうときの「予感」は大切にしなさいとケイトが言っていた。私はこっそりと寝室の方に戻って、ベッドの下のトランクケースを引きずり出した。弓やら折り畳み式の槍やらいろいろ入っているけど、この狭い室内での戦闘を想定してクナイとサバイバルナイフをチョイスする。


ただの間違いか冗談であって欲しい。ともすれば早くなりそうな息を整え、そう願いながら、安全のためルシア様を起こそうと彼女のベッドにお邪魔する。驚かせないように武器は服に隠して。


起きている時は聖母のようだけど、眠っている姿はビスクドールみたいね。すやすやと幸せそうに眠る姿に申し訳なさを感じつつ、彼女をゆさゆさと揺さぶった。

「ルシア様……?」

おかしい。深く眠りすぎだ。とりあえず寝息をたてているから生きているのは確かだけど、ここまで揺さぶっても全く起きないのは異常と言える。

1服盛られているのかも。


居室部分に戻り、この部屋の唯一の出入口であるドアの施錠を確認。廊下に面した壁に耳をあてる。

「×××、××…。」つぶやくような声だし隣国の言葉だしで全体は聞き取れなかったけど、一部分はわかった。「対象者……この部屋だ。」言葉の意味を考えると、私かルシア様のどちらかが危ない。


一体何が、起きようとしているの?


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