突然物書きになった殿下と俺の身の上と(sideシャルル/※※※)
少し時はさかのぼり、ディアナが学園に入学する前のこと。
「ディアナに会いたい……。」
今日も今日とて、たまりにたまった書類をこなしつつ、僕はつぶやいた。本来は弟がやるべき公務まで側妃殿が手を回してこちらに押し付けているようで、いつでも僕は忙しい。側妃殿は控えめでおとなしい女性だが、ショーンのこととなると……あまり続くようなら抗議しないとな。
「いや、もう少しでディアナ嬢も入学されて、毎日学校で会えるじゃないっすか。」と影。
「そうだけど、今会いたいんだ。そしてあの澄んだ声で『シャルル、お疲れ様』って言って欲しい。」
「はいはい妄想も大概にして、早くちょいちょいっとサインしていってください。俺シフト交代のついでに提出してくんで。」
関係ないけど、コイツ僕に気安くないか?
「結婚したら、そういうことになるんだから想像するくらい良いだろ。」と僕。
「まあそうなったらいいっすけど……。その前に一回謝って、告白しといたほうがいいんじゃないですか?」前までの殿下の態度ってあんま良くなかったよねって、昼に護衛くんとも話になったんすよと影が言う。
告白……?
「これまでの態度を謝罪するのはわかるが、告白とはなんだ…?」と手を止めて聞く僕。
「はあ?いやだから、『好きだ』とか『愛してる』とかですよ。」何言ってるんすか?まあ学園卒業まではまだ時間もありますし、じっくり愛を育んでいけばオールオッケーっすよとサムズアップする影。
頭をぶん殴られたような気分になった。僕はディアナに恋をしているのか……??
「……なあ恋っていうのは、相手に会いたくてたまらなくなるのか?」
「そうっすね。男ならさらに抱きしめたくなると思います。」
「その相手が笑いかけてくれると、ぽーっとなって頭がふわふわするのか?」
「幸せな気持ちでいっぱいになるでしょうねー。」
「他の男達がその相手を見ていると腹が立って目を潰したくなるものか?」
「その相手を後宮に囲い込んで、僕以外とは会わせないようにして僕だけを見てくれるようにしたくなるのか?」
「ちょちょーーーっと待ってください!後半部分はオカシイっすけど……たぶんおおむねそんなかんじっす。」
「そうか、僕はディアナに恋しているのか……!」
小説や芝居の上での概念としては理解していたが、まさか自分がそんな状態にあるとは。
結婚する相手に恋ができるとは、僕はなんてラッキーなんだろう。
「これから、僕はディアナと恋愛するぞ!」」
いやーそう言って、公務を倍速で終わらせた後、思いのたけを小説にぶつけるとは思いませんでしたよ、殿下。
どうも4度目登場※※※です。え?名前?今度デートしてくれたら、教えてあげるよ~。
その後数日かけて、寝る間も惜しんで書き上げた恋愛小説を、殿下はせっかくだからとディアナ嬢へ写本依頼を出していた。護衛騎士くんの名前を借りて。
俺も読ませてもらいましたけど、まーなんというか殿下の性癖と理想がいっぱい詰まっているというか……。刺さる人には刺さるんじゃないですかね。ま、そんなんで遠まわしにディアナ嬢に刷り込むんじゃなくて、ちゃーんと「好き」って言ったほうが良いと思いますけどね、俺は。
今日は夜シフトだったので、次の要員と交代して今は早朝。誰もいない王宮の廊下をぼんやりと歩く。春目前の朝の空気はまだまだ冷たいな、なんて思いながら俺は帰路に……着けない。
実は軽めの残業ってことで、王宮内を嗅ぎまわるよう命令があったのだ。というのも国内の高位貴族が軒並み狙われている中で、やたらと王宮内が静かなのが”影”の上層部には引っ掛かっているらしい。確かに、俺らの警備体制が万全だとしても、あまりにも何もなさすぎる。なんなら今までの方が暗殺未遂やら情報漏洩やらと色々あったくらいだ。王宮内でも大きな作戦が進行中でまだ発覚していないのか……はたまた別の理由なのか。
ふらっと入った備品室で、俺は黒と白のメイド服に着替えた。しゅ、趣味じゃなくてお仕事なんだからね!俺は比較的小柄だし童顔だから、自分で言うのもなんだけどわりと似合う。顔は認識阻害魔法をうっすらかけているから、わかんないんだけどね。この時間、本物の侍女やメイドはまだ始業していないから、こそこそ探るのには都合がいいのだ。
財務大臣の部屋……にはなぜか伸び切った女ものの下着があった。恰幅の良い彼がこれをどう使っているかは考えたくない。軍務大臣はご本人様が直々に朝も早よから拷問道具一式をピカピカに磨いていた。あの人、官憲の諜報関係出身だっけ。そしてショーン殿下のキレイすぎる執務室。マジでこの部屋使ってないじゃん、頼むから自分の分の仕事はして欲しい、シャルル殿下がかわいそうだからさ。
各部屋をこっそり探る間も、シャルル殿下の様子が思い浮かぶ。殿下の恋模様は面白い。全然ディアナ嬢に相手にされてないところとか。それに、まさか自分が恋してるなんて単純なことに気付いていないとはねー。まあ王族にはそんな感情は必要ないから、意図的に排除されている部分もあるのだろう。せっかく婚約者のことを好きになったのだから、王妃様のご意向がなければ応援したいんだけどなー。
俺自身はそういったことには縁遠い。まあ仕事柄ってものあるけど、あんまり恋愛に良いイメージがないというか……。
ここからは俺の自分語りだから聞き流してくれてもいい。
俺には10個以上歳の離れた兄貴がいたのよ。うちは貴族とかじゃなくてバリバリど平民なんだけど、その兄貴がお忍びでやってきた、その地方の領主様のご令嬢と恋に落ちちゃった。ただそのご令嬢はさる高貴な方への輿入れが決まっていて、領主様はもちろん大激怒。密かに愛を育んでいた2人は引き裂かれ、俺たち家族は着の身着のまま追放されちゃったんだよね。
商売やってた親父は、その後取引先に軒並みそっぽ向かれて自殺。兄貴も心を病んで衰弱死。おふくろと他の兄弟と俺もそれぞれ救民院や孤児院に引き取られ、一家は離散。そんでまあ色々とあって、平民のわりにめちゃくちゃ魔力の高い俺は”影”に入ったってわけ。”影”入りする前、最後のあいさつにと思って救民院に言ったら、病んで意識の定かじゃないおふくろに「ロナルド……お前さえいなければ!」と掴みかかられたのには驚いたなー。あ、ロナルドってのは全ての原因を作った兄貴の名前ね。
というわけで、俺自身は愛だの恋だのとは距離を置いている。といっても男ではあるから、大きな戦闘や長期の潜入の後には、自国の女の子と遊ぶために娼館にいったり、適当にナンパして楽しんだりはするんだけどねー。
「ん?なんでこんなものがあるんだ。」
目的に関係のない、できれば見たくないものをたくさん探り出した後、俺はとあるところであってはいけないものを見つけた。魔力を増幅させる魔道具。使った後の反動がものすごく、また使う人間によっては小国なら破壊しかねない。もちろんご禁制品だ。
「うーん。ここにあったからといって、この人の持ち物とは限らないしな……。」俺は迷った末、証拠を持ち帰ることにした。これによって「お前たちの企みは気付いている」というけん制と、向こうが焦って何かしっぽを出すことに期待したい。
それなりに収穫があったので、上層部も満足するだろう。俺は帰って、こってりとしたカルボナーラを食べて寝るんだ。




