殿下とゆかいな仲間たち3(sideディアナ/ティモシー)
初日のオリエンテーションの数々を終え、私は大きく伸びをし、ついでにふわーーっとあくびもした。ごめんあそばせ。
「今日はもう寮に帰るのか?」
「ちょっと図書館に寄っていこうと思って……部屋にはルシア様がいるから代筆の仕事はしにくいし。」
ルシア様は素敵なご令嬢だと思う。だけど私がガサツ過ぎ、前世引きずり過ぎでご令嬢っぽく振舞うのに疲れてしまうから、距離感がわかるまでは部屋にいる時間を減らしたいのだ。
教室棟の端、渡り廊下から図書館のある建物に移動し、ゲートに手をかざして館内に入る。ちょっぴりホコリっぽいにおいと共に、見たこともないくらいのものすごい数の本棚が並んでいるのが目に入った。圧巻だ。本は貴重って話をしたと思うけど、ここは学生のための図書館というだけでなく、そんな大切な国中の書物を集めて保存するという機能も兼ねているらしい。古い本から新しい本まで、小説や学術書だけでなく絵本などもあるようね。後で見てみようっと。
図書館の建物は3階建てで、中央にらせん階段とそして壁際にも階段があり、壁際の方には大きな私の背丈の倍くらいの高さの本棚がくっついている。日本出身の私としては、ちょっぴり地震のときが怖いなと思った。
らせん階段を登るとそのまま3階につながっている。最上階は教科書や参考書などもありつつ、基本的には自習スペースになっているのだ。グループ学習に良さそうなどっしりとした長机がいくつもあり、ディスカッションができそうなガラス張りの個室や、窓際には1人で集中できそうな仕切りの付いた机がある。ここでなら人目を気にせずに、代筆作業ができそう!実は今、初めての写本に取り組んでいるところなのだ。
代筆ギルドで写本して欲しいとわたされたのは、恋愛小説。しかもこの世界では珍しい男性主人公ものだ。貴公子が片思いの相手に気付いてもらうためにあの手この手のアピールをして(わりとドタバタコメディ系ね)、両思いになった後はそんな彼女を囲い込んで、大切に大切にひたすら溺愛するという(ここからは甘々だ)そんな内容。前世ならよくあるけど、この世界では斬新な内容じゃない?
落ち着いて書けそうな端っこの方に移動しようとしたら、長机に大量の本を積み上げて頭を抱えている少年の姿が目に入った。どこかで見覚えがあるわね…?
あ!攻略対象の子!
大商会の息子ティモシー・ウィンターズ君。私と同級生。明るいブラウンのふわっとした髪に、キレイなエメラルドグリーンの瞳の男の子。ちなみにヒロインが入学する直前に、実家の商会がライバル商会を抜いて国内トップの規模に躍り出たことで、シャルル殿下の側近となるはず。ゲーム通りにいくかわからないから、知らんけど。乙女ゲームではとっても元気で親しみやすいわんこ系だったけど、今はどよーんと沈み込んでいるように見える。落ち込みすぎて、周りの空気まで重苦しくなっているから、なんだか気の毒になって声をかけてしまった。
「ごきげんよう。同じ学年のディアナ・バーンスタインよ。何かお悩みなの?」
「うわっあなたが噂の……じゃなかった。初めまして私はティモシー・ウィンターズと申します。」
「堅苦しいあいさつはいらないわ。シャルル殿下も挨拶で生徒同士は平等だとおっしゃっていましたしね。」
「あ、ありがとうございます。あの…実は、僕の家はおかげさまで色々な方にごひいきにしていただいている商会なのですが……」
なんでも彼は次男で3つ上にお兄さんがいるらしいけれど、自由を求めて出奔してしまい、今、彼が後継者候補に躍り出てしまったらしい。確かゲームではそんな兄への劣等感と後継ぎになったプレッシャーをヒロインが癒すのよね。跡取りとして認めてもらうための課題として、彼の実家の商売の役に立つようなアイデアを出すように言われたそうで、数週間頭を悩ませているらしい。何か参考にならないかと片っ端から図書館の資料をあたっていたんだって。
「それは大変ね……。」
「僕は元からあるものを発展させたり、効率よくするのは得意なんです。でもあんまりそういった新しいことを考えるのって苦手で。兄貴はスゴイ頭の回転も早くて、創造力もあって……。」
「そんなに落ち込まなくても。みんな、得手不得手ってあるわよ。うーん、もちろんあなたの力量を推し量りたいっていうのもあるでしょうけど、まだ年齢も年齢だし、もっと楽に考えてもいいんじゃないかしら?」
「……といいますと…?」
「ここで難しい経済書を広げるんじゃなくて、子供としてあったらうれしいサービスとかがないか考えてみるとか……。そういえば、あなたは初等学校は行ってたの?」
「あ、はい。バーンスタイン様とは違う地区のですが……」
「あらそうなの。じゃあそのお友達に相談してみるとか。」
「僕の友達は学校卒業後家業に入った子が多くて…みんな忙しくてなかなか会えないのです。」
平民階級だとそういうパターンは多いらしい。前世でも高校から大学に行った組と地元で就職した組は「一生友達だよ!」って言ってても、環境や生活リズムが変わって疎遠になってしまったことを思い出した。仕方がないけど、さみしいよね。
「環境が変わるとそういうこともあるわよね。卒業記念はそのお友達たちと何かやったの?」
「いえ特に。貴族階級の方は何かされるのですか?」
「あ、いや私も何も……そもそも私、通学コマも少ないし、性格もキツイしで友達いなかったしね。」えへへと誤魔化し笑いをしながら私。
「も、申し訳ありません!」恐縮する彼。なんか気を遣わせてごめん。
「何か、そういう記念を残せるようなサービスとか、また会える機会を作れるようなサービスってないかな…?」
前世だとそう、タイムカプセル。20年後の同じ日に集まってみんなで開けようってアレよ。そういえば、この子の商会の傘下には大きくないけれど、銀行があったわね。私、アンディ・シュタインガー名義で口座を持ってるもの。あ、コレ「アリ」なんじゃない?
「じゃあ、友達同士で借りられるような簡易の貸金庫って作れないかしら……」と前世のタイムカプセルの説明をしつつ、開封する日時を設定しておける小さめの貸金庫は作れないか提案してみる。
「危険物や生モノ、貴重品は入れないようにして、通常の誓約魔法より軽めにすれば、金額も下げられるかも……!例えば手紙だけならば、貸金庫自体小さめで済むし、子供がお小遣いを出し合ったくらいの金額でもいける!」目の輝きを取り戻していくティモシー君。よどんだ空気がパッと明るくなった。よかった、ちょっとは役に立てたかしら?
「子供から、もしかしたら親御さんにも話がいって銀行の知名度もあがったら一石二鳥よね。」
「僕、帰ってくわしく試算とルールを決めてきます。ディアナ様あなたは知恵の女神だ!ありがとうございます!」と私の両手を握ってぶんぶんと振り、元気になったティモシー君は目にもとまらぬ速さで、ばびゅーんと去っていった。
「あいつ殺す……。」と不穏なことをブツブツつぶやきながら、消毒液を浸したハンカチで私の手を丹念に拭くカイン。たぶんテンションが上がると周りが見えなくなるタイプなだけだから、許してあげて欲しい。きれいにした後は(別に汚れてないんだけど)丁寧にハンドクリームを塗りこんでいく。手を絡めるように塗る行為はまるで恋人同士みたいで、ドキドキしてしまう。カインは仕事をしてくれているだけなのに。
「……ありがとう。」顔が熱を持っているのを感じる。実はあれから、私たちの関係に進展はない。もちろん前より信頼しあえている感じはするけど、その……恋愛的な何かはない。この2年のうち、彼に意識してもらえるようがんばろうと思いつつ、自分の写本作業の前にティモシー君の残していった本の山を棚に返却する私なのでした。
「これはお前1人で考えたのか?」驚いたように、父が僕に聞く。ここはウィンターズ&イースリー商会の父の執務室だ。
「いいえ。今日知り合ったバーンスタイン家のご令嬢にアイデアをいただき、料金の試算や預かり規約など細々した部分を僕が詰めました。」と正直に答える。こんなの僕一人じゃ思い浮かびっこないもの。怒られるかな?
「バーンスタイン家というと、王太子シャルル殿下の現婚約者様か!また大物と縁を持ったな。」跡取りとして学園に通うというのは、勉学はもちろんのこと、人脈作りも大切だからな、とニコニコ笑いながら父が言う。
「良いアイデアだ……誓約魔法の組み換えはもう少し考えたほうがいいだろうが、1支店だけでも試験的に導入するか。」
「本当ですか!?僕も、初等学校の友達とやってみたいんです。」
「支店長との打合せ次第だが、来週にはできるだろうから、お友達と行ったらいい。」
「そうします!……でも僕1人で考えたわけじゃないし、課題は……。」
「なに、課題なんて言い方をしたが、私は本気で利益につながるアイデアが欲しかったわけではないのだよ。」
父によると、兄が出ていったことで急に跡取り候補となった僕の商売への向き不向きだけでなく、真剣さ、覚悟をはかりたくて課題なんて言ったらしい。
「ここ数週間、お前は必死になって取り組んでいたな。ははは、お前が頑張りすぎるから、『やりすぎだ』なんて母さんに怒られたくらいだぞ。」と僕の計画書を見ながら、こういう細かい損得勘定こそが商人には必要なんだよと父が言う。
「しかもアイデアだけでなく実用化できるような状態で持ってきた。十分、合格だよ。お前は兄と自分とを比較しすぎるが、お前はお前なりのやり方で商会を伸ばせばいいんだ。これから本格的に商会の業務にも取り組んでもらうから、学園との両立は大変だろうが頑張ってくれよ。」と言いながら父は僕の頭をなでてくれた。
「帰ったら、母さんにお前の好物のクリームシチューを作ってもらおうな。」
「はい!」
怖いとか意地悪だとか言う子もいるけど、ディアナ様は聞いていたのとは全然違う、穏やかでとっても優しい素敵な女の子だった。今度、またちゃんとお礼を言おう。




