表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/73

殿下とゆかいな仲間たち2(sideディアナ/ゲイル)

「いやー朝はびっくりしたわね。」

オリエンテーションを終え、私は学園教室棟の廊下をカインと歩いていた。まさかいきなり他人に訓練がバレてしまうとは。その後ちゃんと職員室に向かい、素直に謝罪して台帳に記入していたら「そんなに気にしなくていいのよ~。」と通りかかった保健室のクリスタ先生がのんびり言っていた。クリスタ先生は、ふわふわのミントグリーンの髪をした癒し系の先生。数少ない傷の治癒魔法が使える人だったりする。今日は宿直だったのだろう、ちょっぴり眠そうだった。


今日のところは私の名前を書いたけれど、今後どうしようかなと寮に戻って今日の準備をしていたら、「では、レベッカ・ソーンホルトと記入するようにしてください。」とケイト。何でも、不幸な出来事があって学園で行方不明になった学園の生徒の名前だそうで、他人に探られたくないときの偽名として、生徒間の暗黙の了解で使われているそうだ。一度彼女の名前で申請のあった音楽室に咎めに行った教師が、翌日記憶と言語能力に問題のある状態で見つかったこともあり、教師の間でも深追いはタブーになっている。


「あーお腹空いた!」

「お嬢、今日は食堂で食うのか?」

「うーん晴れているしあなたの分もお弁当を買って、中庭で食べましょうか?」

「……あまり言いたくはないんだが、新しく友達は……?」

「ま、まだ1日目だから、おいおいね!」いやもう友達なんてできる気がしない。だって「ごきげんよう。」って挨拶したら返してくれるけど、何かみんな遠巻きにこっち見てるし、やっと話しかけてくれたと思ったら、「グリズリーを素手で殴り殺したのは本当ですか?」なんて聞いてくるんだもの。「山に入った時に強化魔法ありで殴り合いになったことはあったけれど、最後はナイフで仕留めたわ。」と愛想良く答えると、その大人しそうなハニーブラウンの髪のご令嬢はたたたーっと走って逃げてしまった。たぶん馬鹿正直に答えた私が悪い。ちなみに厳しい厳しい王妃教育のおかげで、クラスは一番上のAクラスだ。


「ほら、私にはカインとケイトがいてくれるしね!平気平気どうせ2年しか通わないんだから……。」と彼と話しながら購買部を目指す。ちなみにお昼ご飯は食堂で食べるか、購買部でパンかお弁当にするか、平民階級の子は寮の部屋で自分で作ったりもするらしい。食堂は貴族仕様でとっても高いのよ。私は別にお金の心配はないのだけれど、来週のお休みあたり、パスタやチーズやら買い込んでおいて、今後の生活のために予行演習しておいてもいいかも。


フライドチキン弁当にしようか、鱈のフリット弁当にするか迷っていたら、遠くで「きゃーーっ」という黄色い歓声が聞こえた。私には関係がないので、無視して吟味していたらとんとんと肩を叩かれた。誰だよ、こっちは真剣に副菜のサラダで迷っているのにと迷惑そうに振り返ったら、そこにはシャルル殿下とそのお付き?みたいな男子生徒がいた。あ、お付きくんは見覚えがある。攻略対象だわ。確か……宰相の息子でゲイル・シュルトナム。伯爵家の令息だ。王太子の側近の中でもブレーンの役割を果たす腹黒系。ダークグリーンの髪をしっかりと後ろに撫でつけ、銀縁眼鏡をかけたちょっぴり神経質そうな雰囲気。まあ攻略対象になるくらいだから、朝のハーモン様もだけどハイレベルな顔面だなあ。って、そんな場合ではない。


「ディアナ・バーンスタインがシャルル殿下にご挨拶申し上げ」

「ディアナ、やっと見つけた。教室に迎えに行ったのにいなかったから探したんだよ。」と息を弾ませて遮るようにシャルル殿下が言う。尻尾があったらブンブン振ってそうなくらい、うれしそうだ。なんか良いことあった?

「一緒にお昼を食べようと思っていたんだ。食堂の2階部分に王族専用室があるんだよ。」

「殿下は生徒会長になったからお忙しいと、上級生の方からお聞きしました。お昼休みも食事の後はお仕事をされるのでしょう?邪魔になるといけませんから、私は遠慮させていただきますわ。」


そう、さっき教室を出たところで、上級生のお姉さま方に呼び止められたのだ。婚約者だかなんだか知らねえが、私たちの王子様は生徒会と王族の仕事で忙しいから、お前なんかにかまけている暇はねえんだよ(意訳)ということをご令嬢軍団に取りかこまれて言われたのよ。「あら、そうですのね。殿下のことはよく存じ上げませんので、ご忠告痛み入りますわ。私は従者と2人で食事を取りますので、失礼いたします。それでは皆さま、ごきげんよう。」とカーテシーして私は待っていたカインと合流し、颯爽とその場を去ったってわけ。


「仕事は大丈夫だから、一緒にランチを……」

「他の生徒たちの目もあって、婚約者として誘ってくださっているのを理解しておりますわ。ありがとうございます。ですが私、己の立場はわきまえておりますので……。」と無言の圧力をかける。ほら、シュルトナム様が神経質そうに何度も眼鏡を中指で上げて、だいぶイライラしてんじゃん。お仕事忙しいんでしょ?早くあっち行ってください殿下、私はカインとお昼が食べたいのです。

「……気を遣ってくれてありがとう。でも週に一回くらいは本当に余裕があるんだ。」

「でしたら、そのときお伺いいたしますわ。お仕事、頑張ってくださいね。」と少し首をかしげ、にこやかな笑顔を作って言った。平民になった時、平穏に暮らすために最近練習している”必殺!悪役令嬢にみえない笑い方”である。

なぜか頬を染め、「がんばるよ!」と決意も口にしたシャルル殿下は意気揚々と食堂棟へ向かわれた。あ、シュルトナム様が振り返って、一礼する。後ろには美味しそうなお弁当しかないので、たぶん私への会釈だろう。あいまいな笑顔で私も礼を返す。一応あっちは伯爵家だから、それでかな?お飾り婚約者相手に、律儀な人だわ。乙女ゲーム通りとは限らないんだから、腹黒系なんて勝手に思っちゃだめね。

「お嬢、迷ってるんだったら俺がツナサラダ入りの方にするから、お嬢はスモークチキンの方にして、シェアすればどちらも食べられるぞ?」と2人がいる間は、しっかりと従者に徹していたカインが提案する。

それいいわね!ふふふ、カインと2人だけでランチ……青春だわ。






ディアナ・バーンスタイン嬢は、僕が思っていたようなご令嬢ではないのかもしれない。

彼女に微笑みかけられ、喜びで羽根でも生えたかのように王家の専用サロンに向かわれるシャルル殿下の後を追いながら、僕はそう思った。


幼い時の彼女の悪評は殿下から直接聞いていたし、他の令嬢令息から耳にする機会もあった。

「〇〇家の△△様が殿下と話そうとしただけで、怒鳴りつけた。」

「初等学校ではやりたい放題で、教師もほとほと手をやいている。」などなど。


そんな彼女が変わったのはいつからか。大人しくなり、王妃教育に励むようになったと聞いたときには、南国の姫君との縁談が持ち上がっていたので、無駄な悪あがきだと思ったものだが。彼女を嫌っていたはずのシャルル殿下が、その婚約話を拒否したのには本当に驚いた。


僕自身は、シャルル殿下が王位に就くことが第一だと考えている。友達として、そして側近として彼に最高の地位を継いでほしいというのもあるが、スペアである1つ下のショーン王子が使い物にならないというのもある。彼は今回の入学時のテストでのクラス分けで下から2番目のDクラスだった。王族としては正直、ありえない。また身体が弱く、側妃に囲い込まれていたため、彼の社交性も未知数だ。変な気でも起こしてショーン王子が王位についたら、国の行く末が危うくなるだろう。側近という欲目を抜いて見ても、シャルル殿下は優秀だし、国王にふさわしい。


だからディアナ嬢の性格や能力は関係なく、彼が国王になれるかどうかの材料に過ぎないというのが僕の見方だった。なんなら今の情勢を鑑みると、リリネシアの姫君を迎える方がメリットが大きいくらいだとも。ただ入学時の彼女の自由課題『カデナム山脈において1個小隊が遭難した際のシミュレーションと損耗率の予想』という論文には度肝を抜かれた。敵との遭遇や自然条件、ヒューマンエラーなど多角的な視点で語られており、かなり興味深い内容となっている。これだけなら金でも握らせて誰かに書かせた可能性もなきにしもあらずだが、彼女は不正のできないクラス分けテストでもトップのAクラス入りしている。


それに先ほどの控えめな態度。王妃というのは側近と同じようでより国王に近い立場だ。ただ愛し愛されればいいという役目ではなく、時に国王をいさめ、その心を癒し、国事に向かわせるというのも必要になる。先ほどの彼女の対応は満点といっていいだろう。実際、シャルル殿下は彼女と過ごすために無理をしようとしていたのだから。


もったいない。彼女なら立派な王妃になれることだろう。ただ流れとしては南の国の姫君との婚約が優勢だ。

まだリリネシアとの縁談交渉が水面下で続いていることを、シャルル殿下は知らない。本決まりになってから国王陛下か、主導している王妃様が知らせるはずだ。ただ、そちらの縁談が成った時のディアナ嬢の処遇は?同年代の高位貴族はもうすでに婚約者がいる状態だ。


だけど、僕にはまだ婚約者はいない。


父のような宰相となり、殿下を支えることに注力しようと考えていたからだ。爵位は弟の子に継がせればいいと。ディアナ嬢は侯爵家だが、1つ下の伯爵家への嫁入りが不可能なわけではないはず。優秀な彼女に伯爵家を取り仕切ってもらい、僕は殿下の側近として国のために働く。家に帰るとさっきのような優しい笑顔で、「おかえりなさい」と言うディアナ嬢。


「悪くないかもな……。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ