殿下とゆかいな仲間たち1(sideディアナ/スタン)
私の朝は早い。本当はもうちょっと眠っていたい……というとろとろ状態をなんとか振り切って起きる。朝の訓練をするなら、これからは一人でこの時間に起きないと。庶民になる為の訓練をカインやケイトとしているところを他の学生たちに見られたくないからだ。まだちょっと外は薄暗く、朝が明けるかあけないかくらいの状態で、あけぼのっていうんだっけ?やっぱりルシア様は眠っているようなので、こっそり(魔法で気配遮断が出来ないので、抜き足差し足で)着替えて部屋を出ていった。
「おはよう、お嬢。」と今日もぴっしりとバーンスタイン家の執事服を着こなしたカイン。
「おはよう。何とか一人で起きられたわよ!」と私がガッツポーズしながら誇らしげに言うと、彼がいい子いい子と頭をなでる。もう子供じゃないのに!
蒼月棟などの寮のある区域から普段座学を受ける教室がある区域を抜けて、部活用の敷地を越えたところに演習地がある。大きいコロッセウムみたいな場所で、この中であればいくら魔法をぶっぱなそうと、周りに迷惑をかけないらしい。今日は、そこでカインと手合わせしようってわけ。ちなみに二人の中で担当と言うか役割が決まっているのか、カインが個人戦、そしてケイトが集団戦や魔獣との戦い方をレクチャーしてくれる。学園にいる間は、ケイトの知りあいのおじいちゃんやおばあちゃんたちとの近接格闘術訓練やゲリラ戦訓練はナシになった。ちょっぴりさみしい。
「今日は、俺は足しか使わないから。お嬢は全力でかかってきて。」そういった彼と向き合う。むー、一回も勝ったことがないから仕方がないけど、そう言われるとちょっと悔しい。一度礼をして、そしてお互い後ろに飛びのいて距離をとる。トレーニング開始だ。
もう何回も言っているけれど、私の魔力量は平々凡々だ。一応高位貴族の割にはという枕詞はつくけど、国内の人間でいうと全体の中の上くらいだろう。いつからかケイトが、そしてカインが加わった特別トレーニングをもってしても、普通の侯爵家の子の半分も伸びなかった。解せぬ。ただ使った後の回復は早い。ただ全体の容量が少ないって感じかな?
「展開。」と短く詠唱する。だから私の戦闘スタイルはコントロールと効率重視なのだ。例えば今、私は自分のまわりを囲うように水魔法で矢を作ったが、とにかく鋭く、細くを意識したものだ。物量でおす大規模な魔法を使ったら、私なんて一気に魔力を使い果たして回復する前に気絶コース。戦闘においてそれは致命的だし、魔力の使い果たしは命に関わる。
私が時間差で放った水の矢を右左にとひょいひょいカインが避ける。くっ、全然当たらない。でもこれは織り込み済みだ。ある程度矢を打ったところで、そのまま私はカインのすぐそばまで一気に間合いをつめ、懐に入り込み左肘でろっ骨を狙うが、同じくらい後ろにカインが踏み込んで避ける。私は強化魔法をかけて地面を蹴って飛び上がり、片拳に闘気をまとわせそのまま落下の勢いも借りてカインに打ち込もうとする、けどくるっとオーバーヘッドキックの要領で彼が私を蹴り飛ばした。
演習場を半分ほど吹っ飛ばされる私。「まだまだっ。」衝撃に耐えるため、体勢を立て直し四つん這い状態になった私はずずずっと地面を滑って砂煙を上げる。カインがこの機を逃すわけはない。ほらきた!次々と繰り出されるキックを強化したひじやひざで受けるが、地味にダメージが蓄積していくのがわかった。容赦ないわね。
「煙幕。」
火魔法を応用した、オリジナルの煙幕魔法で周囲一帯の視界を遮断する。この魔法、少ない魔力で使えるから、とても私向きなのよね。この隙に一旦逃げて立て直そう。彼は手を使えないのだから、卑怯かもしれないけど上半身をメインにこちらも攻勢に出ようとしたその時。
「演習場使用の申請はしたのか?」というバリトンボイスが響いた。
こんな朝早く誰?というか申請って何?と動きを止めた私たちに、煙の向こうから誰かやってくるのが見えた。そのシルエットはカインよりも大きな上背で、胸板も厚くしっかりとした腕と足をしている。もやがおさまってくると、短く刈り込んだ髪の毛は黒く、太めの眉に少し近寄りがたさを感じるブルーグレーの瞳といういかめしい風貌がよく見えるようになった。この人は。
シャルル殿下、 ウィリアムに続く乙女ゲームだったら攻略対象の騎士団長の息子、そしてルシア様の婚約者であるスタン・ハーモン公爵令息じゃない!
あわててカーテシーしようにもスカートがなくてかっこが付かない。仕方なく私は膝をつき、臣下の礼をした。
「ディアナ・バーンスタインはスタン・ハーモン公爵令息にご挨拶申し上げます。」
「学園内だ。そう堅苦しくなる必要はない。」
「承知いたしました。……で、申請と言いますと…?」
「君は今年入学だったな。演習場の課外使用には申請が必要なんだ。安全のために。」とハーモン様が言うところによると、演習場は1週間先まで予約をとれるので、申請して使用するものらしい。
「まあ、職員室にある台帳に記入するだけだ。特に誰もチェックはしていないから、そこまで厳密ではない。」
「知らないとはいえルール違反をしてしまいましたわ。注意してくださってありがとうございます。後からにはなりますが、今から書きに行ってまいります。」
一応侯爵令嬢として、格闘訓練をしている姿を見られたのは非常に気まずい。私は慌ててその場から離れることにした。
「君は……確かルシアと同室なのだな?」
「はい。昨日お声がけしてくださって、一緒にお茶をさせていただきました。とても素敵な女性ですわね。」
「ああ。ルシアは穏やかで、優しくて、可愛くて、キレイで……すまない。ただ、少し抜けたところがある。君がカバーしてやってくれ。」
「私にできることがあれば、なんでもさせていただきます。では失礼いたしますわ。」
ねえ今惚気られたよね?そうだよね?カインと一緒にさささささと演習場を出る。なんだか背中に刺さるような視線を感じたが、気にしないようにしよう。
早朝のランニング中にたまたま通りかかった演習場で、俺は信じられないものを見た。
「あれが、ディアナ・バーンスタインか。」
先ほどまで激しい立ち回りを繰り広げていたとは思えないくらい、楚々と彼女と従者が演習場を出ていく。ディアナ嬢はあまり魔力が強くないというのは、シャルル殿下の婚約者となった時からまことしやかに囁かれていたことだが、確かにそうだろう。ただ今の戦いぶりを見る限り、そんなハンデをものともしない戦闘スタイルを、すでに確立しているようだ。
戦いに勝つためには魔力と、そして腕力が必須だ。この国の騎士の頂点を目指すものとして、俺はその素質を持っているし、誰よりも鍛えていると自負している。だがそれだけではないという事実を今、彼女に突きつけられた気分だ。あの水の矢は見事だった。少ない魔力で、確実に敵を損傷させる威力がある。あそこまで細かいコントロールができるものが、この学園に他にいるだろうか。
決闘や騎士同士の戦いなら俺だろう、ただ彼女のような人間が敵方に何人もいたら……それは脅威になるはずだ。逆に彼女のような人間が我が国の騎士団にいれば…それは戦略が多彩になるのでは?
それに、あの打たれ強さ。魔力を持つものはその強さに比例して魔力や傷の回復も早い。彼女はその点、持っている魔力の強さよりもそれが早いように見えたし、強化魔法を効率的に使って打撃の威力を充分に殺していた。何故なのかはわからないが、かなり鍛錬を積んできているのだろう。
「……惜しいな。」
ディアナ嬢はとても魅力的だ。もちろん女性としてではなく、国の守り手として。シャルル殿下の婚約者で無ければ、在学中に騎士団を進路とすることを勧めただろう。
そんな彼女が愛しいルシアと同室なのは、とても心強い。




