そして私の告白
「カインあのね、あなたには領地の方の屋敷に異動して欲しいの。」と私は、数日ぶりにやっと見られた彼の顔を真っすぐに見て、そう言った。バーンスタインの領地は広大で、各地に屋敷があり、縁族である子爵家や男爵家が領主代行としておさめている。そのうちの1つで、執事が高齢で最近引退を考えているところがあり、打診したらぜひ来てほしいという返答があったのだ。比較的栄えている街だし、何より王都からかなり遠い。私は侯爵家で雇った以上、カインを無責任に放り出したくはなかった。だけど私からはできるだけ遠ざけないと。彼のためだ。
「まだ今は執事の1人としてだけど、将来的には家令になって欲しいそうよ。大出世じゃない!急なんだけど、早く来てほしいそうだから、今週中にはこちらを発ってね。」と王妃教育で培った嘘ものの微笑みを貼り付けて、私は言う。たいした役者じゃないの。普段は私に優しいけど陰で婚約者から引きずり下ろそうとしてる王妃様顔負けよ、と私の中の真っ暗なディアナがあざ笑う。
「お嬢は王立学園に入らずに、その屋敷に住むのか?」と不思議そうな彼。そうか、一緒にいるのが当たり前すぎて、私の元を去るという選択肢が思い浮かばないのね。
この数日でカラカラに乾いた心がほんの少し満たされるのを感じる。彼を守りたいという気持ちは本物だ。だけど事情を話せないのは…彼を危険にさらしていることを知られ、真の意味で彼の心が離れるのが怖い臆病者。それが今の私だ。
「いいえ。私は予定通り、学園に入学するわ。この先どうなるかわからないけど……恐らく学園卒業まではいられないと思う。」まだ良い物件は見つけられていないけど、やっぱり外国に行こうかなとは思っているのよ、と頬に手をあてて、私はこれからの生活に思いをはせるフリをする。本当はカインのいない未来なんて、真っ黒に塗りつぶされていてなんにも見えないくせに。
「俺、何かお嬢にしたか?なんでも言ってくれたら直すから。」表情が抜け落ちた顔で、まるで心が血を流してるみたいに、胸を押さえながらカインが言う。
「なあ、お嬢最近おかしいよ。眠れてないだろ?何がそんなに怖いんだ?」と彼が私の方に歩み寄ってきて、グイっと抱き寄せようとする。
「もう侯爵家のご令嬢の気まぐれは終わったってことよ!ちゃんと次の仕事もあるんだからいいでしょう!?」それを突き放して叫ぶ。最低だ。結局私も 私ってわけね。人を傷つけて、自分のわがままを通す。人間のクズだ。
「早くここから出ていって二度と私に顔を見せないで!あなたなんか大嫌いよ!」と言って私は彼に背を向けた。さよなら、大好きな人。
なのに
「……じゃあ、なんでお嬢は泣いてるんだ?」
と後ろからふんわりと抱きしめられた。
「俺は何があってもお嬢から離れないよ。異動が絶対ってんなら、俺は侯爵家をやめてお嬢のそばでこっそりと見守る。だけど、今のままの方が良いってのが本音だ。」
いつでも彼のそばは温かいし、心地よい。私だって一緒にいたい。流れる涙が止められず、私は結局、前世のことも『君恋』のことも洗いざらい話した。だってそうしないと、彼を守れないと思ったから。
頭がおかしいと思われても仕方がない。どうしてそれを知っていて自分を雇ったんだと責められるのも。
だけどカインは私のとりとめのない話を静かに聞いた後「俺はお嬢の言うことなら信じるよ……でもお嬢の元を去るつもりはねえからな。」と言った。
「怒ってないの?だって私はあなたの身を危険にさらそうとしていたのよ?」
「どうせ俺は、あそこでお嬢が助けてくれなかったら死んでた身だ。お嬢のために死ぬんならそれはそれで構わないよ。」と彼はあっさりと天気の話でもしているみたいに言う。
「でもな、そのゲームの強制力ってのがどんなものか俺にはわからないが、あの「お姉ちゃん、お姉ちゃん」って慕ってる弟を変えるほどのものなのか?」
「王子様は知らねえけどよ、実は俺も結構強いし、癪だがケイトさんもいる。ウィルだってお前のことが大好きだ。そんな生きてる俺たち丸ごと、そして何よりお嬢自身を信じられないのか?」とカイン。
私……私みんなのことが好き。信じたい。これまで自分なりに歩んできた人生も。
ずっと、ゲーム通りになるなんて思ってなかったし、似ている部分はあるけど違うところもあるから、類似した世界なだけなのかもと考えていた。ヒロインが現われなくても、どのみち婚約は破棄されるし。でもあの子を見たとき、ああ、やっぱりここは『君恋』の世界なんだ、早く私が手放さないと大切な人が死んでしまう、そうパニックになった。
そんな思いを涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔を見せながら、彼につっかえつっかえ話す。さっきとは打って変わった慈愛にみちた顔で、カインは懐から出したハンカチでそんな私の顔を拭く。最近の態度とさっきのヒドイ言葉について謝ると、彼は絶対に自分を捨てないのなら、許すよと言ってくれた。
「それにお嬢は俺と出会う前から、俺のことを思っていてくれたんでしょ?俺はそれがうれしいな。」といたずらっぽくささやいた。
ごめんね。一緒にいてくれてありがとう。泣き止もうと頑張っても、感情がコントロールできずに嗚咽してしまう。そんな私が落ち着くまで、彼は背中を優しくトントンしてくれた。
乙女ゲームなのか、それとも貴族のパワーゲームなのか、この先に待つものが何かはわからないけれど、私は彼と、私の大事な人たちと一緒に突き進もう。




