試験と偶然見かけた彼女2
「なあ、ちょっと寄り道していかねえか。」とカインが言い出した。
「良いけど、あんまり遅くなるとケイトもウィルも心配するわ……」
「すぐだから、大丈夫。」
そう言って彼は私を連れ立って、ギルドや庭園とは離れていく。
街はずれまで行ったら、大きな時計塔のある教会についた。今は別の場所に建て替えて新しい教会があるので、こちらにはほとんど人が寄り付かない。勝手知ったるという風に彼がカギをあけ、私を時計塔のほうにエスコートする。
「???」疑問がいっぱいの私。石のらせん階段を登り切って、扉を開けるとそこには……さっきまでいたこの街が眼下に広がっていた。時間は夕刻。太陽がもう半分まで沈み込み、オレンジ色の光が街を染め上げている。
「キレイね……」私はほうっとため息をついてその様子に見入ってしまった。この温かでちょっぴり寂しい光の中に、人々の暮らしがあるんだわ。
「お嬢はこの教会の意味、知ってるか?」
「意味……?」
「ここは魔脈の真上に建てられてんだよ。それを封じるという意味もあるが、それよりもその魔脈を利用して、王都に侵入する敵国の軍を蹴散らす役割だったんだよ。まあ、ここを抜けられたら王宮はすぐそばだからな。最強の守り、最後の砦っつーわけだ。」
「そうだったの……カインは物知りだね。」
「ここに連れてきたのは講釈垂れたかったわけじゃねえ。」となぜかぐしゃぐしゃと頭をかくカイン。
「俺はお嬢にとってこの教会でありたいんだよ。お嬢が望むのなら俺は誰にもお嬢を奪わせないし、俺の全てをかけて守る。逃げ出したくなったらどこへでも連れていく。俺はお嬢とずっと一緒にいるから……だから……まあ、あまり無理すんなよ。」と優しく私の頭を撫でながら、穏やかに言う。
そう言われて気付いた。そっか、私無理してたんだ。
どうせ役に立たない王妃教育に、自立に向けて始めた仕事。甘えられる両親はいなくて、ウィルのこともザンダーがいるとはいえ基本的に私が決めているし、なぜか1ヶ月に3回に増えたシャルル様とのお茶会も負担だった。
前世の30年間の記憶はあれど、まだ私自身は子供の部分もある。
自分でもわからなかったそんな私に気を遣って、ここまで連れてきてくれたんだね。
「ありがとう、カイン。」そのすぐ後に好きだよ、の言葉も伝えたかったけれど、胸がつまって言えなかった。
ああ、もう認めてしまおう。私はカインを愛している。乙女ゲームのキャラとか関係なく、ただ、1人の男性として。今まで茶化したり見ないフリをして誤魔化したりしてきたけど、もう無理だ。私はずっとずっと彼が好きだった。
言ってしまったら、彼はどうするかな?ずっと守るって言ってくれたし、カインはまったく私に好意がないわけでもないと思う。でもそれは私が彼を好きなのと同じ感情じゃなくて、妹を大事に思うみたいな、そんな気持ちかもしれない。優しい彼を困らせたくはない。
ゆっくりと紫の暗闇が混じっていく様子を寄り添って見ていた私たち。これ以上遅くなるとみんなが心配するから、名残惜しいけど、その古教会を後にした。
2人ともなんとなく無言で、でもやっぱり恋人のように腕を組んで馬車に向かう。カインも何か言いたげだ。そんなまま歩き続けてもう少しで庭園というところで、私たちはガヤガヤとした人だかりに遭遇した。
夕暮れと宵闇の間。人々が集まっている真ん中に、彼女はいた。ピンクブロンドの髪に、抜けるように白い肌。そこだけ神々しい光に包まれているようにも見える。祈るように手を前で組み、空から舞い散る祝福の羽根の中、ひたむきに歌っている。聞くもの全ての心を揺さぶるような声に、ああやっぱり、この世界は彼女のためにあるんだわ、と私は妙に冷静に思った。
『君の調べは恋のメロディ』のヒロイン、マリーローズ・キルシュ。ゲームの描写通り、彼女はここで癒しの力を発現させた。私の思いなんて、私の歩んできた6年間なんて関係なく、 物語は始まっていくんだ。元のディアナとは違う生き方をしてきたつもりだけど、あんなゲームそのままの演出を見たら、どれだけの強制力がこれから働くのか恐ろしくなった。
恋に膨らんだ気持ちが、どんどんしぼんでいく。好きだとか愛してるとか私の気持ちなんてどうだっていい、早く私から遠ざけないと彼が死んでしまう。
初めて知った恋に、さよならを言う勇気を。




