ケンカするほど仲が良い
「写本の依頼?」
王立学園入学まで後1か月とせまった今日この頃。あの真夜中のできごと以来、侯爵家は平穏無事です。私も14歳の誕生日をウィルと子猫という新しいメンバーを迎えつつお祝いしたし、その後子猫はすくすくと大きくなり、半年足らずでおすわりした状態で私のおへそくらいの大きさになった。絶対大型犬以上あるよね。本当はピューマかジャガーなんじゃないかと思ったけど、ウィルにとっても懐いているから気にしないことにした。
そんなのんびりしたある日、代筆ギルドへのお使いを済ませてきてくれたケイトが、私あてに写本の依頼が来ているという知らせを持って帰ってきた。何でも貴族からの依頼で、短いけれど恋愛小説を1冊丸ごと写してほしいという依頼だそうだ。
「ただ、代筆ギルドでは写本はFランクからという決まりがあって、受けるのなら昇格試験を受けて欲しいということでした。どうなさいますか?」
「うーん、受けに行きたいのは山々なんだけど、ディアナ・バーンスタイン(わたし)ってことがバレるのはちょっとね……。」と私。今後の収入アップにもなるし、ぜひ行きたいんだけど、(一応)王太子の婚約者である私が、代筆業でお金を稼いでいることが表沙汰になると、バーンスタイン家の名誉にかかわる。
「見た目でしたら、どうとでもなりますよ。」とケイト。試しにやってもらったら、髪を暗めのエメラルドグリーンに染め(一日で落ちるらしい)、吊り上がった目はメイクでたれ目風に、泣きぼくろを書いて、唇を少し厚めに仕上げてくれる。鏡を見るとあら不思議、ディアナの従姉妹ってかんじになった。ケイトすごい。
身バレ問題をクリアしたので、来週試験を受けに行くことにした。当日は一人で行くか、慣れているケイトと一緒かなと思っていたのだけれど、カインは自分が同行すると言って聞かない。
「そろそろ武器の仕入れもしたいし、俺が一緒に行くから。」
「こうやって顔も変えてもらったし、私だけで大丈夫よ?」
「お嬢1人で、あんなところに行かせるわけにはいかねえよ。」
「じゃあ、ケイトと……。」
「クソ上……ケイトさんはその日休みの予定だろ?」
「そうだったわね。じゃあ誰かほかの使用人に」
「お嬢様、私でしたら構いませんよ?」とケイトが言ってくれる。優しいな。
「そんな悪いわよ。しっかりとケイトには休んで英気を養ってもらわなきゃ!ただでさえわがままを聞いてもらってるし。」
「だーかーらー、俺が同行するよ。」ちょっと駄々っ子っぽくなるカイン。
「でも、あのあたりで刺されたり殴られたりしたんでしょ?もしまだあなたのことを探していたら……。」と私はしぶる。できるだけ彼を危険から遠ざけたい、と思うのは私のわがままかな。
「駄犬が誰にコテンパンにされたかわかりませんが、あそこらへんは官憲の手入れもあって、最近落ち着いているようですよ。」とケイト。さすが、情報通ね。
「それに、お嬢とデートできる機会を逃すわけにはいかねえよ。」彼がニヤリと悪く笑いながらドキッとすることを言う。でででででデート?いやいや本気にしちゃだめよいつもの冗談に決まってるんだから!
まあ、確かにここに来てからは休日もあまり屋敷の外に出かけている様子も無かったし、たまには街の空気でも吸いたいのかな。あの頃よりも随分雰囲気も変わったし、ケイトの黒コンタクトもあるから大丈夫かしら?
根負けして了承しようとしたけれど、「そんな不埒な気持ちの人間に、お嬢様の付き添いを頼むわけにはいきません。行きたければ私を倒してからにしなさい。」と目を三角にしたケイトが、カインの首根っこを掴んでズリズリと引きずっていく。もうカインの方がよっぽど背が高いのに、すごいなあ。このまま庭で手合わせかしら?仲が良いのは良いことね。
来週、何を着ていこうかな。おしのびだから、町娘っぽいワンピースがいいわよね。髪はグリーン系だから、ミントグリーンのワンピースとかどうだろうか。アクセサリーは普段は自分の色に合わなくて付けられない、プラチナのネックレスにしようかな……。
カインのデート、という言葉に影響されたわけじゃないけど、鏡の前でウキウキしながらいろいろと組み合わせては1人ファッションショーを開催してしまう。ほら、せっかく一緒に行くんだから、一番の状態の自分を見て欲しいでしょう?って何考えてるんだ、私。
「おらぁーーークソババア、今日こそやってやんよ!!!」ちゅどーーーーん。
「私を倒そうなんて100年早いっ!!私の目が黒いうちはお嬢様とデートなんて許しません!」どかん、ばーーーーん。
罵りあいの応酬と共に、何かが爆発したり、ものすごい打撃音が聞こえる。ほどほどで止めないと、2人とも興が乗ってとんでもないところまでやってしまうのが玉にキズだ。
そろそろ止めに行こうと私は部屋を出る。あれ、か弱いケイト1人だと私を守れないから、カインを雇ったんだよね。今まで99戦92勝7引き分けでケイト優勢だけど……あれ……?
「トドメだ――――!!!」という掛け声と共に、ひと際大きな轟音が響く。ヤバい、早く止めなきゃ。




