お猫様狂騒曲
寝る支度をしていたら、「猫ちゃん、逃げちゃった。」と泣きながらウィルが入ってきた。なんでも一緒に寝ようとベッドに連れて行っていたら、部屋を整えていたメイドが何か落としたとかで、驚いてドアの隙間から逃げてしまったらしい。
「大丈夫、きっと屋敷の中にいるわ。一緒に探しましょう。」と泣きじゃくるウィルの顔をハンカチで拭いてあげる。子猫だもの、個別にケージとかを買って、慣れるまで待ってあげたほうがいいわね、きっと。そうやって慰めていると、カインが気まずそうな顔をしている。どうしたのかな?
「お嬢、あの猫えらい勢いで移動してるぞ。」
「え、嘘、外に飛び出しちゃったの!?それに…なんで、そんなことわかるの?」
「いや、あの猫自身何か魔力?のようなものを持っているのと、実はお嬢のリボンによくわからん術式が組み込まれてて、それを猫の首輪に俺が昼間着けたから、その2つを探知してるっつーか……。」ぼりぼりと頬をかく彼。いやちょっと待てカインさん何しちゃってるの?売る予定でも一応王太子殿下からの下賜の品だよ?まあでもこの場合はファインプレーか。
「外に出て、馬車にでも飛び乗っちゃったのかも……とにかく迎えに行ったほうが良いわね。」と私。ケイトが「もうお嬢様はおやすみの時間ですから、私と駄犬で探しに行きます。」と言ってくれたけど、拾ったのは私だしね。「ウィルはいい子にしてるのよ。ザンダーや他の使用人たちには内緒ね。」とウィルを寝かしつけてから、私はこっそりと裏口から駆けだした。
足に強化魔法をかけ、風魔法も使いながら、私たちは街中を走り抜けていく。寝巻にコートだから、ちょっぴり風の抵抗を感じる。道が無くても家の屋根から屋根へと飛び移るから、ネコチャンの気配に向かってまっしぐらだ。
東の方向に駆けていくうちに、王都を抜け、街道に出る。もうこんなとこまで来てるの?あの子、スレイプニルの馬車にでも乗り込んじゃったのかしら。
拾ったのは私だから、責任取る!なんてかっこつけたけど、これ…ちょっとキツイかも。
なんとかカインの後ろをついて行く。さすが元暗殺者。早いしフォームがキレイ。そんな彼の背中を見ながら、今度からもっと基礎トレ増やそうかな……なんて考えていたら、急にカインが止まった。思いっきりぶつかりそうになる。も、もしかして見失った?
「お嬢、あのクソ猫、今動きが止まった。まだこの先60kmあるけど、大丈夫か?」と彼。あと60km……いいや自分で決めたことだもの。頑張るわ!
「ありがとう!大丈夫だから……」と言いつつ、ちょっと息が切れる。10分でいいから休みたいのが本音だ。
「わりい、ちょっと飛ばしすぎたな。帰りは適当な馬車を借りるとして、行きはこれでいくか。」とカインがさっと私のことを横抱きにし、また走り出した。いわゆるお姫様抱っこ状態でシュタっシュタっと、ものすごいスピードで街道を駆け抜ける。
「ちょ……まだ走れる…重いからおろして……。」と私。発する声が、走る速さに負けてすぐに遠ざかっていく。
「お嬢、しゃべると舌を噛むぞ。すぐに着くから黙って休憩してな。」風になびく黒い髪。悔しいぐらいに整った彼の顔は、夜空をバックに真っ白く輝く三日月とよく似合っていた。
結局、猫がいるという辺境の街までおろしてくれなかった。最近では滅多にないくらい密着して正直恥ずかしいやら照れるやらで、ずっと顔をおおってました。私、鍛えてるせいか見た目よりも体重あるのに。ウィルの手前かっこつけたのに情けないです。ハイ。
私なんてお荷物抱えて60kmも走ったのに、カインは汗1つかかずに涼しい顔をしている。やっぱりうちの従者はすごいわね。
地方の街、みんな寝静まっていて、人っ子一人おらずしーんとしている。なんでこんなところに早馬が来たのはわからないが、とにかく今はネコチャン確保だ。
カインがこっそり忍び足になるので、釣られて私も抜き足差し足。実際驚かせて、また逃げられると困るからね。石畳をコソコソと歩いていると、「(お嬢、あそこからあの猫の気配がする。)」とカインが声を出さずに唇だけ動かす。その先は…ゴミ捨て場っぽい。もしかして、馬車に紛れ込んでいるのに気付かれて、捨てられちゃったとか…?最悪の事態を予想しつつ、覗き込んだ先にいたのは
リボンを付けた白い子猫が、自分の体よりも大きいベーコンの皮にかじりついている姿でした。私が言えることじゃないけど、たくましいなオイ。
ため息をついて、こっそり近寄っていくと、「こいつら来たのか。」みたいな表情でこっちを見ている。猫って案外頭が良いのね。
「逃げないで。一緒に家に住んでくれない?私のことが嫌いなら、帰ったらもう近寄らないようにするから。」とネコチャンに言う。むしゃむしゃ食べていた口が止まる。
「1日目から一緒に寝ようとしたのは、猫のことをわかっていない私たちの落ち度だわ。ごめんなさい。戻ってきてくれたら改善するわ。それでね、あなたを助けてほしいと言ったあの男の子。あの子は私の弟なんだけど、色々あって、今は私しか家族がいないの。だから良ければあなたも、あの子の家族になってくれないかな?」と私は話をした。はたからみたらおかしな人間だろうけど、不思議とこの子ならわかってくれると思ったから。
ネコチャンは私の話にじっと耳を傾けている様子だったけど、ボトっとでっかい皮を落とし、一度ため息をついて(本当にそう見えた)とてとてっと私の足元に歩いてきた。恐る恐る抱き上げると、今度は暴れない。
本当に無事でよかった!あれ?なんか昼間よりネコチャン重くない?そんなにゴミをあさったのかしら。ちょっと食生活は考えないと。
そんなことを考えつつ、ついでに着けていたネイビーのリボンもはずす。下手すりゃ私よりもお似合いだけど、一応まだ私のものだからね。
「ここから少し歩くけど、馬車のツテがあるから帰りはそれを使おう。」お嬢が良ければ、帰りも俺が抱いてかえるけど?とからかうようにカインが言う。もう!重いからいいって言うと、「お嬢は綿菓子みたいに軽かったよ。」だって。甘党なカインらしい表現だけど、そんなに気を遣ってくれなくてもいいから!
夜更けだからそんな会話をコソコソとしながら、和気あいあいと彼と連れ立って歩いていたら、道の向こうに誰か立っているのが見えた。私たちが言えた義理じゃないけど、こんな夜更けになんだろう。ちょっと警戒しつつ歩いていくと、暗くてわからなかったその姿がはっきりと見えた。
なんでこの人がこんなところにいるの!?
「やあこんばんは、ディアナ。今日は月がとてもキレイだ。絶好の逃亡日和だね。」




