おかしな私
あー疲れた。今日も何とかシャルル様とのお茶会が無事終わった。「これを僕だと思って常に身に着けて欲しい」と素敵なリボンをくれたけど、なんか悪いものでも食べた?というか髪飾りを贈るのは、この世界だと君は私のものっていう意味なんだけど、知らないのかな?
正直言って 前の私の記憶と殿下が違いすぎて、戸惑う。キラキラしい笑顔で、「よく来たね」なんて言って王宮庭園やら何やらエスコートしてくれるし、やたらお茶会を引き延ばそうとするし……。乙女ゲームの攻略対象らしく、ルックスはいいだけに、落ち着かない気分になる。だから余計に行きたくないんだよねー。なんでかお茶会付近になるとカインも不機嫌になるし。
殿下は顔は良いし、とても優秀なのは確かだけど、前の私への態度がひどすぎると思う。確かにディアナは殿下にべたべたしすぎだったし、性格だって決してよろしくはなかった。だけど、あんなに冷たくする必要あったのかなって。まあ彼女の必死さも虚栄も、侯爵家に見捨てられないためと他の貴族に蹴落とされないためっていうのを私はわかっているから、同情的になってしまうのだろうけど。
殿下の変化の原因は気になるけど、まあいいや。私はもうすぐで14歳。15歳になったら王立学園に入学になり、途中でヒロインちゃんが転入してきて、16歳で追放か。じわじわとタイムリミットが近づいてきている感がある。もし乙女ゲーム通りになるなら、私はどのルートでも殿下との婚約は破棄になる。乙女ゲーム通りにならないとしても……あんな 魑魅魍魎の巣で暮らすなんてまっぴらごめんだわ。せっかく代筆屋も順調だし、ケイトに庶民になってからも安全に暮らせるように訓練してもらったんだもの。1つ上である殿下の代の学園卒業パーティーのときに、断罪が起きなければ、そのタイミングでこの家を出るんだ。
そんな風に自室で拳を振り上げて決意を新たにしていると、「お姉ちゃーん。」と愛しいうちの天使がやってきた。すっかり元気になったウィルだ。まだ時々うなされることもあるようだけど、そんな時はこんこんと私の部屋をノックしてベッドに潜りこんでくる。可愛い。弟とはいえ血は繋がっていないし、あまり外聞は良くないけれど、まあ気持ちが落ち着くまではねとついつい甘やかしてしまう。
「どうしたの?」と飛び込んできた彼を、両腕でキャッチする。ふわっと草や葉っぱの匂いがするから、庭で遊んでいたのかな。
「あのね、木の上に白い猫ちゃんがいて、下りられなくなってるの。」ときゅるんとした目で訴える。よしよしお姉ちゃんが一肌脱ごうじゃないの。
「野生動物や魔獣に襲われたときは、とにかく高いところに逃げる必要があります。」というケイトの教えもあって、私は木登りも得意だ。するすると侯爵家のひと際大きな樫の木に上る。そこ、猿みたいとか言わない。キトンブルーっていうのかな?すんだ青い目の真っ白な子猫が、枝の上で震えていた。どうやってそんなとこまで登っちゃったのかなー。まあ猫ってそういうものか。枝先にいるのをひしっと抱きかかえると、ちょっと暴れて引っ掻かれちゃったけど、気にせずそのまま木から飛び降りる。私、魔力量は凡庸な割にコントロールは得意だから、風魔法でふわっと優雅に着地できるのだ。
「はい、よく見つけられたわね。きっとこの子猫にとってウィルはヒーローね。」と保護した猫をウィルにそっとわたす。私の腕の中では暴れまわっていたのに、ウィルに抱かれると途端に落ち着く猫。べ、別に傷ついたりなんかしてないから。
うちの天使ちゃんは、フワフワの猫の頭をなでなでしながら「お姉ちゃん、この子お家で飼ってもいい……?僕一生懸命お世話するから。」と不安そうに聞く。これまで、親戚中を転々としてきているから、ペットなんて飼う余裕はなかったよね。
「そうね……飼っても大丈夫か、一緒にザンダーに聞きに行ってみましょうか。」と私。もし猫アレルギーの使用人とかがいたら大変だからね。
ザンダー曰く、動物アレルギーの使用人はいないそうで、飼っても問題ないそうだ。よかったね、ウィル。
「お嬢、その傷は!?」
わがままを言えるようになったウィルを思うとニコニコしてしまう。締まりのない顔で自室に戻ると、午後からの登校に必要なものを整えてくれていたカインが慌てたように駆け寄ってきた。確かに、あまり血は出ていないものの、手や腕に思いっきり引っかき傷ができている。訳を説明しつつ、洗浄の魔法をかけ、ケイト特製の傷薬(ちょっとしみるけど、よく効く)を塗ろうとしたら……。
「貸して。俺が塗るから。」とカインが言って、私からさっと薬を取り上げた。
「お嬢の塗り方って雑だから、いつも跡が残っちまうんじゃないかって心配なんだよ。」
むむむ。確かにケイトとの訓練後なんかは自分でサッサと手当するようにしていたけど、そういわれるとぐうの音も出ない。なんとか侯爵令嬢の皮をかぶってはいても、基本ガサツなのよ私って。
「ほら、ちゃんと見せて。」そう穏やかに彼が言うので、おとなしく手と腕を見せる。カインの指が薄緑の軟膏をすくいあげ、そして丹念に引っかき傷に塗っていく。
「っ……。」うわぁ、やっぱりシみる。痛い。
「お嬢はいつもビビッて、ちょっとしか塗らないから。」と言いながら、手のひら、手首、腕を真剣に確認しながら、1つの見逃しも許さないと言わんばかりに、しっかりと薬を指にとり、傷をなでる。
ちょっとくすぐったいような、でも痛み以外になんだか触れられたところから熱くなっていくような、不思議な感覚。心臓がドキドキする。こんな私はおかしい。
「はい、終わり。しばらくこすったりしないようにな。」
「あ、ありがとう。」
「どうした?顔が真っ赤じゃねえか?」熱でもあるのか、野良猫なんて悪いばい菌たくさん持ってるからなとカインが心配そうに言って、侯爵家にきてから10cm以上伸びたであろう長身を折り曲げ、私のおでこに、彼のおでこをくっつけた。
「っっ~~~~~~~。」心配そうな、問いかけるような彼の赤い瞳に吸い込まれそうだ。ただでさえドキドキしていた心臓が自分のものじゃないみたいに跳ねる。
急に彼の整った顔が目の前に来て、ちょっとびっくりしたからだそうに違いない。
「大丈夫!だけどウィルが心配だから、ちょっと洗浄魔法かけに行ってくるね!!!」と私はバッと彼から離れると、バタバタと逃げ出した。まだウィルは初期魔法の勉強中だから。
走った時の風が頬に当たって心地よい。まだ、私は自分の感情に名前をつけたくはない。気づいてしまったら、きっともうダメだ。
「行っちまったか……。」パタパタと駆けていくお嬢の後姿を見送りつつ、そう一人つぶやく。そんなにすぐに感染症になったりはしないだろう。幾度となくケガをしてきているから、よくわかっている。ただ、最近婚約者様に会いに行くとなかなか帰ってこないし、得体のしれないプレゼントまでもらってくるし、 弟にやたらとスキンシップしてるし…要するに俺は妬いてるんだな。
お嬢の照れて真っ赤になった顔と、うるんだブラウンの瞳。このまま、あの時とは逆に、俺が唇を奪ってしまおうかと思ったが。まあ、ちゃんと俺のことを意識してくれているようで何よりだ。
「早く、俺のものになってくれねーかな。」




