悪役令嬢なめんなよ~お母様との対決
「産業スパイ?」
何でもお父様が領地でやっている果物の加工事業の技術を盗むために、この屋敷にスパイが潜りこんでいたらしい。お父様なんてほとんどここにはいないのに、マヌケなスパイね。そいつを捕まえた時に、所持していたこの記録水晶を見たら、さっきの映像が入っていたらしい。ウィリアムが落ち着くまで、出すタイミングをカインとケイトでうかがっていたそうな。
「顔もはっきりしているし、これなら使えるわ……!!!」ありがとうカイン!と私は彼に飛びついて、そのまま手をつないでぐるぐると回る。カインの赤い瞳が宝石箱のルビーみたいにキラキラ輝いている。それを見たウィルが(愛称で呼んで欲しいってこのまえ言ってくれたの)ほっぺを膨らませて、「お姉ちゃん僕も!」と甘えてくる。すっかり甘えんぼさんになってしまった、本当に可愛い。
しっかりとウィルと遊んだ後、私は、ケイトにお願いして髪の毛も含めてこれまでで一番華やかにドレスアップしてもらい、吊り上がった目を強調するように、きつめにメイクしてもらった。私の記憶にあるディアナはそれはそれは悪役令嬢らしかった。今の私にはそんな彼女の要素が必要なのだ。
本当は、ウィリアムをこんな目にあわせたアイツらを同じ目に合わせたい。罪を糾弾して、二度と貴族社会に入れないようにしてやりたい。
だけど、それによってウィリアムの今後に影響があるのは困る。貴族社会は醜聞を嫌うけど噂が広まるのは光よりも早いし、子供は親の言うことをよく聞いているものだ。「虐待された子」というレッテルは、きっと、今後ウィルの足かせになる。
だから私は、この家からあの女を排除することにした。これまでだって、より王宮に近いタウンハウスに住んでいて、ほとんど帰ってきていないのだ。だからね、できるでしょう?
カインに言って、お母様を応接室に呼び出してもらう。鉄扇子も持って完全に悪役令嬢モードになった私は、お母様の待つ室内にできるだけゆっくり、優雅に入っていった。
お母様は気楽な昼間のドレスを着て、イライラしながら部屋で待っていた。室内だというのに、でっかい帽子をかぶっている。たぶん髪の毛がどうにもならなかったのだろう。ざまぁ。
「お母様お久しぶりですわね。」私は椅子に座り、机にだらしなくもたれかかるお母様を冷たく見下ろしながら言った。
「何?親を呼び出すなんて。何でもいいから早くウィリアムをわたしなさい。あんな穢れた血、侯爵家にいてはいけないのだから」
「こちらをご覧になってください。」それを遮って私は、記録水晶を取り出して、クソババアSの様子がはっきり映っているのをお母様に見せた。興味無さそうな顔をしているけど、いつまでそうしていられるか。その後ばさりばさりとカインが集めたウィルの資料をその目の前に広げる。彼の戸籍、家系図、などなどなど。
公的資料も含んでいるそれを見て、どんどん顔色が真っ青になっていく。
「そんな、だって私、急にあの子を押しつけられて……。」狼狽するお母様。やっとかよ。
「ご自分が何をやったか、おわかりになりましたか?ただの令嬢である私が命じただけでもすぐに調べられましたよ?お母様はピーチクパーチクおしゃべりばかりで、肝心なことを確認しようとはなさらなかったのですね。そしていさめてくれる者もいない。これまで貴族として何をしてらっしゃったのかしら。」
「……母親に向かってその口のきき方は何です!一人で大きくなったような顔をして!」と今度が顔を真っ赤にして立ち上がった。信号機かよ。じゃあ次は黄色な。
「私をここまで大きくしてくれたのは、ケイトやカイン、ザンダー、侯爵家の使用人たちと、そして侯爵家の財力です。それには本当に感謝していますわ。」お母様がそれに貢献したとすれば、侯爵家の財力でしょうけど、それは何割ほどでしょうね?と私は残酷にゆがむ口元を扇子で隠しながら、そう言い放った。お母様は社交好きだけれど、大局を見る目がない。所かまわずお付き合いしていて、領地にも王宮でのお父様の立場にも、何にも役にたってないことは、ずっと前から知っていたから。
この言葉は私だけでなく、元のディアナのものでもある。社交が必要なんだと思いこもうとしていたけど、そうじゃなくてただ単に母親が自分にまったく興味が無いこと、愛されていないことを、彼女も心のどこかで気づいていたんだと思う。
「生意気なのよ……!!!」鬼のような形相のお母様が大きく手を振りかぶった。私は衝撃に備える。ぶつならぶってみろ!ウィリアムはずっと耐えてきたんだから、1発くらい構わない。むしろ正当防衛になるんじゃない?
お遊びが終わったら、今度こそ私も手加減はしないわよ。
だけど、部屋の空気が一気に凍りついたようになり、お母様の動きが止まった。動けないようで、汗を流している。あぁ、私が手を汚さないよう、控えていたカインが殺気をはなったみたい。
「もういいわ、カイン。守ってくれてありがとう。」このままではお母様は息ができなくて窒息してしまうだろう。侯爵家の恥で彼の手を汚させたくはない。
「…カッ……ハッ…」とお母様が床にへたり込み、喉を押さえてせきこんで、なんとか呼吸を再開した。
「先ほどの記録水晶を、お母様懇意のタイロン伯爵夫人や、孤児院での活動に熱心なイーディス侯爵夫人に見せたら、どうなるでしょうかね…?」と私は、苦しむお母様の顎を鉄扇子で持ち上げ、そう笑顔で問いかけた。恐怖にゆがむ彼女の顔を、心の底から醜いと思った。
「何が……望みなの……?」とお母様。
「今日より、ウィリアムのことは私とザンダーが全て取り決めさせていただきます。ベアトリクス・バーンスタイン侯爵夫人。あなたは今後死ぬまでこの屋敷への立ち入りを禁じます。破った場合は……おわかりですね?」と私は悪役令嬢らしい、釣りあがった目を細めて笑う。
すると予想もしていなかったけれど、ザンダーを始め侯爵家の使用人たちが応接室に入ってきた。そのまま私の後ろに整列し、礼をした。「これより私たちはディアナ・バーンスタイン様にお仕えさせていただきます。」
これには驚いた。予想もしていなかったから。でも勇気が出た。きっと私のやっていることは、間違いじゃない。
「わかったわよ!!出ていけばいいんでしょう!?こんな王都のはずれの屋敷なんてもう来るもんですか!!!」とお母様がそんな私たちを見て、分が悪いのを悟り、どすどすと音を立てながら、大股で出ていった。もう二度と……二度とそのツラ見せんなよ。
その後、本当にお母様は屋敷に来なくなった。記録水晶を奪いに刺客でも雇うかなと思ったけど、それもなし。ザンダーかケイトかカインか、誰が手を回してくれたのかわからないけど、お父様からも私とザンダーに全て任せる、という公正証書が届いた。
とりあえず一件落着。記録水晶は産業スパイの証拠品として王宮に保管されることになったそうだ。これならお母様も手が出せないわね。




