なんとかなりそう……かな?
着替えさせてもらってすっきりした私は、今後の作戦会議(一人)のため部屋にあった、洒落た机にむかった。
何を隠そう、私は自他ともに認める無趣味だった。そんな私を沼に落とすべく多くの友人たちが、アイドル、MMORPG、歌い手、ラノベ、海外ドラマといろいろなものを魅力的にレクチャーしてくれたので、いろいろなものをかじってはいる。
ディアナ・バーンスタインか……うーんもうちょっとで出てきそうなのに。頭を抱えてうんうんうなっていたら、机の上に置きっぱなしになっていた手紙が目に入った。
走り書きしたような宛名はもちろん私の名前で、手に取って裏を見るとライオンの封蝋と「シャルル・スペンサーより」という文字が。それを見た途端、私の頭には雷が落ちたような衝撃が走った。
「『君恋』じゃん!」
正式名称は『君の調べは恋のメロディ』。主人公は歌うのが大好きな女の子。優しいパン屋の両親の元で生まれ育ち、ある日突然歌うことで癒しの力を使えるようになったため、王立学園に転入するのだ。貴族ばかりの学園に馴染めない主人公を王子他4人のイケメンたちが助けてくれて……という王道のストーリー。ただ普通の乙女ゲームと違って、好感度を上げるだけでなく、「課題」と呼ばれるリズムゲーム部分があり、それをクリアできないと先にいけないのだ。前世の私もわりと好みのキャラがいたのに、そこでつまづいてなかなかゲームを進められなかった。
攻略対象は王太子、宰相の息子、騎士団長の息子、大商会の跡取り、そして……悪役令嬢の弟!
いろいろと思い出してきた私は、忘れないように書き留めておくものを探すべく机の引き出しをごそごそと探る。お、立派なノートがあるじゃないの。赤い革に金色の縁取りが美しいノートを開き、思い出したこと箇条書きしていくことにした。
・攻略対象は王太子、宰相の息子、騎士団長の息子、大商会の跡取り、悪役令嬢の弟
・ディアナが王太子と婚約したため、遠縁から男子を引き取って後継ぎとした。
・物語の舞台は王立学園。ヒロインが転入したところで開始だから、私が15のときになる。
・ディアナ・バーンスタインはどのルートでも悪役令嬢。ただし、ざまあされても国外追放か修道院行きで処刑はない。
・ディアナに尽き従っていた従者が確か元暗殺者で、彼女の手足となってヒロインを陥れようとする。貴族ではない彼はディアナの分も責任を取らされて処刑される。
・音ゲー部分の難易度の高さから、攻略対象と結ばれるトゥルーエンドか友達で終わるノーマルエンドはあってもバッドエンドはない。ヒロインちゃん良かったね!
あんまり役に立ちそうにないが、こんなもんだ。乙女ゲームらしい結末を迎えるのは知っているけれど、チュートリアルから少ししか進められていない私に、今はやりのフラグ折、ざまあ返しは無理。しかも「特別な歌声」という要素が必須だしね。
そしてこのディアナという人、努力家タイプで悪役チートとかないタイプなのである。魔法レベルも普通だし、音楽も運動も苦手だし……顔が良いことだけが救いか。
前世バリバリ文系だった私は、電気などの前世チート知識とかもない。なんなら料理とかも電子レンジ、中華だし、めんつゆを使うような料理しかやってきてないからこの世界じゃ作れない。
前途多難だなあ……
ただ私自身、前世の記憶のおかげで庶民落ちすることには、全く抵抗がない。というよりも、私の中のディアナちゃんの記憶を見る限り、侯爵家の娘なのに凡庸な魔力しかないことをバカにされたり、家のために必死になって交流を持とうとした王太子に冷たくされたり、両親からの関心が薄く孤独に過ごしていたりという状態なので、ここで生きていくことが自分の幸せにつながるとは到底思えないのだ。
といっても自分の食い扶持は自分で稼がないと生きていけないわけで。
なんとか稼ぎにつながるようなものがないか考えていると、また王太子からの手紙が目に入った。
このスササササっという字体の宛名、要するに私には興味が無いけど、高熱を出した婚約者を無視することもできずおざなりに書いたものなんだろうなあ。
そんな風に手紙を見ていた私に、2回目の雷が落ちた。そういえば庶民育ちのヒロインが、字の汚さにコンプレックスを覚えて、王太子他攻略者との手紙を代筆屋に頼んでいたっけ。攻略対象と親密になったときにそれをヒロインが打ち明けて謝ると、「自分の過ちを認められる君は素敵だよ。」より好感度がアップするんだ。
確かこの世界の識字率はあまり高くないし、印刷技術も未発達。庶民には読み書きができない人もいるため、何かの契約のときには代筆屋を頼んだりする。また貴族も欲しい本を写本して手に入れるときに、字の美しい代筆屋に依頼するのだ。幸いこの世界の文字はアルファベットに少し記号やらがついたようなものだし、今から練習すればイケるのでは……?
大興奮した私は、当面の決意をビシッとノートに書き記した。
・とにかく字を練習して、美しく、そしていろいろな筆跡で書けるようになる
・このゲームで唯一死んでしまう従者さんとは絶対に関わらない
ディアナに命令されてやっていたのに、1人だけ死んでしまうことになる従者の人が気の毒過ぎた。一体全体どこで元暗殺者なんか雇うことになるのか、ゲーム内で描写が無かったためまったく見当もつかないけれど、私のせいで人を死なせたくない。
人間、目標というのは大事だ。悪役令嬢に生まれ変わってしまった衝撃はあったけど、当面目指す先が見えたことで希望が湧いてきた。
「やるぞーーーーーーーーーーー!!」
病み上がりに大きな声を出した私に、驚いたメイドや執事たちが駆け付けてきて、ちょっと恥ずかしかったのは内緒だ。ただこの1つ目の目標は達成できても、2つ目はどうにも上手くいかないことをこのときの私はまだ知らない。