救出作戦
13:00。私の部屋で私たち3人は時計をあわせた。この時間、使用人たちはほとんどがお昼ご飯なのだ。そこにいないのは、ケイト、カイン、そしてお母様に見張りを命じられている専属メイド1名だけ。クソババア1号にはあの後、懇意の伯爵夫人の筆跡を私が真似て、すぐに会いに来てほしいという内容の手紙を自室に置いておいたら、喜び勇んで出ていった。私も午後からは学校で、屋敷にはいないことになっている。
作戦内容はこうだ。13:10、まず、カインがウィリアムの部屋の周りに防音魔法をかける。同じ時刻、私が侯爵家敷地内の誰もいないゴミ捨て場に火を放つ。と言っても火魔法なので一定の範囲外は燃えないようにしているので大丈夫。
私はそのまま、誰にも見られないようこっそり裏口から忍び込んでウィリアムの部屋の隣室に移動し待機する、のが13:12。
13:14、煙が屋敷の方まで広がってきたら、まずはカインが飛び出していって、火元を確認し、水魔法で消火するふりをする(念のための火の粉対策でもある。)。ここは私とカインの共同作業で、魔力を合わせて消えそうで消えない微妙なところを維持する必要がある。
その2分後、私の部屋で待機していたケイトが家令に報告し、大声で追い出しにかかる。ここでウィリアムの部屋の前のメイドを引きはがさないといけない、その間6分。
使用人たちを全員追い出したら、カインは防音魔法を解除。ケイトがウィリアムの部屋に突入し、家庭教師に火事を伝え、ウィリアムをおいて一緒に避難する。それを確認したら、私がウィリアムを抱えて私の部屋に移す。
火魔法を徐々に弱め、見せかけの消火活動を終了。作戦完了予定時刻は13:35だ。
皆は覚えた?私は自分で考えたけど、ちょっと自信がない。だけど普通のご令嬢と普通のメイドとちょっぴり普通じゃない従者の作戦チームに、通信魔道具は無い。進行を記憶し、後はアドリブで乗り切るしかないのだ。
こんな強硬策じゃなくて、お父様に報告することも考えた。ただ機会が絶望的に少ない。何か私自身やらかせば…例えば婚約破棄でもすれば屋敷に帰ってくるだろうが、そうなってはウィリアムの話をするどころではなくなる。
心の傷もそうだけれど、あの様子だと身体の傷だってマズい雰囲気だった。たぶんおざなりにしか手当を受けられていない。お母様は私と似て直情型だ。死んでしまったら…なんてたぶん考えてないと思う。とにかく急いだほうが良いと、私は判断した。
お願いという形でこの作戦を伝えたらカインは「もし失敗しても、そん時はお嬢もついでにガキも攫ってやるから安心しろ。」ケイトは「その時はあなたがウィリアム様を、私がディアナ様を抱えますから、そのつもりで」と言ってくれた。
それだけで充分、とっても嬉しい。巻き込んじゃってごめんね。
13:09、あと1分で作戦開始。私はちょっぴり武者震いする。今回、放火という一番罪の重いところは私が背負うことにした。バレたらそれこそカインもケイトも極刑さえあり得るからだ。私だって、貴族籍のはく奪ですむかどうか。カインは難色を示したけど、泥をかぶるのは私1人でいいと思った。もちろん正直言って怖い。だけど、小さく体を丸めて、独りで痛みに耐えるウィリアムの姿を見てしまったから。
秒針は私の覚悟なんて待ってくれない。規則正しく進んで行き、文字盤の一番大きな数字を指し示す。
さあ、祭りの始まりよ―――――――
結論だけ言うと、作戦はすこぶるうまくいった。イレギュラーは家令が自らウィリアムの部屋に行こうとしたこと。ただそこは、ケイトがカギが開かないフリをし、家令に斧を取りに行かせている間に、クソババア2号を締めて気絶させ、私がウィリアムを運び出し、戻ってきた家令に彼はいなかったとケイトが伝えて一緒にクソババア2号を運搬し、難を逃れた。
不思議そうな顔をして帰ってきたお母様に、家令は火事について報告したが、自分のいる間に捜査が入るのが嫌だった彼女は、緘口令を敷いて握り潰すことにしたらしい。
ま、その後ウィリアムが私の部屋にいると知った時は激怒していたけど、知ったこっちゃないわね。
救い出してから、ウィリアムはこんこんと眠り続けている。傷から感染症にかかってしまったのか、高熱が出て心配したけれど、医者に見せると、大事には至ってないとのこと。本当に良かった。




