弟ができたけど
この前の誕生日で13歳になった。もちろん両親はスルー。ちなみに私には友達もいない。だけどカインとケイトが張り切ってお祝いしてくれたから幸せ。3人だけの誕生日パーティーは、しっかりとお父様に経費を請求しておいたんだけど、気付いているかな?
そして、いよいよこの時がきた。今日、新しい家族を紹介するから家にいるようにとお父様からの伝言を家令が伝えに来たのだ。攻略対象である悪役令嬢の弟が、とうとうご登場なのである。ま、学校以外はあんまり外に出ないひきこもり令嬢だから、大体屋敷にいるんですけどね。
前世でも私には家族と呼べるものはいなかったから、弟ができるというのは本当にうれしい、たとえそれが攻略対象でも。カインが死ななければ、私自身は没落しようがなんだろうが構わないしね。確か、侯爵家で虐待されて育ったとか解説サイトで見たけど、ディアナがいじめなければ、割とすくすくとまっすぐ育つのでは?とも思う。
あまりキツく見えないよう、ケイトにお願いして髪は結い上げずハーフアップにしてふわっと巻いてもらった。怖がられませんように。
「お嬢、旦那様がお帰りだよ。」とカインに呼ばれたので、不安半分期待半分でメインロビーに降りていく。あ、珍しくお母様もいるじゃない。会うのはえーっと、半年ぶりくらい?私と同じ髪の色だけど、瞳はもっと優し気な琥珀色。まあちっとも優しさなんて感じたことがないけど。
やってくる弟にいきなり不仲なところは見せたくなくて、仕方なくお母様と並んで待つ。すると家令の「旦那様とお坊ちゃまの到着です。」という先ぶれと共に、これまた1年ぶりくらいであろうお父様と男の子が入ってきた。
天使だ!
見た瞬間そう思った。不安そうにお父様に手を引かれてきた彼は、控えめに言っても天使だった。ふわふわのプラチナブロンドの髪に白い肌。ちょっぴりたれ目気味な瞳は海のようなスカイブルー。記憶にあるスチルよりも、もう少し幼い感じの少年だ。可愛い、可愛すぎる。
「今日から一緒に暮らすことになった、ウィリアムだ。」そうお父様が紹介する。
私は駆け寄って抱きしめたい衝動を何とか抑え、お母様に続いてあいさつした。
「初めまして、私はディアナ・バーンスタイン。あなたのお姉ちゃんになるのよ、よろしくね。」と言って、握手した。ちゃんと手を握ってくれた!いい子!可愛い!
「初めまして、ディアナ様。僕はウィリアムといいます。ふつつかものですが、よろしくお願いします。」とちょっぴりおどおどしたような様子で言う弟。
「私のことは、ディアナでも……お姉ちゃんでも好きなように呼んでくれていいからね。」と私。んんんんっ~~~。可愛いが飽和状態であふれ出そうだ。
好物は何か、好きな色は何かと一方的に私が質問する形でぎこちなく交流する姉弟をよそに、お父様とお母様が二言三言かわしている。そういえばこの人たち夫婦だったわね。外で会ったりしているんだろうか?それとも今日が久々の対面?まあどっちだっていいか。
「ウィリアムのことはベアトリクスに任せる。私はこれから会議なので、もう王宮に戻る。」そう言って、お父様はさっさと仕事に戻ってしまった。あ、ちなみにベアトリクスとはお母様の名前だ。
「ザンダー、この子を侯爵家らしい格好に変えて頂戴。」とお母様が家令に言う。その凪いだような冷たい目がほんの少し引っ掛かったが、私はこれからの生活に期待いっぱいで、あまり気に留めなかった。
そこからは天使な弟と、珍しく屋敷にいるお母様との日常が始まった。だけど、あんまりウィリアムとふれあわせてもらえない。ご飯は3人いっしょに食べるが、それ以外はまったく会う機会がないのだ。
なんとか会いに行こうとすると、ウィリアムの自室の前にお母様の専属メイドが待機していて、入るのを阻まれる。
距離が近すぎて警戒されてる…?初日からぐいぐい行き過ぎて嫌われちゃったのかな……と思った私は、食事中に話しかけるくらいの距離感で接することにした。
「うちには慣れた?」
「はい。」
「今どんなお勉強しているの?」
「計算とか、この国の歴史とか……」
「困ったことは無い?あ、この前チョコレートケーキが好きって言ってたよね。差し入れようか?」
「っ……大丈夫です……。」
心を開いてくれないのは仕方ないにしても、初日よりなんだか悪化している気がする。それになんだかビクビクおびえているみたい。
何かおかしい。
ウィリアムが来て1週間。私のそんな違和感は、彼がパンに手を伸ばした時、彼の手首に赤いミミズばれがちらっと見えたことで確信に変わった。
あの痛そうな傷は…たぶん鞭の跡だ。そういえばウィリアムの教育係として出入りしている家庭教師を見たけれど、いかめしい老婦人だった。昔は教育として鞭を使うこともあったと聞いたことがあるから、そんな古いやり方を持ち込んでいるってこと…?
問題はお母様がそれを知っているかどうかだ。一応屋敷にはいるけれど、教育係を雇ってそのまま丸投げしていて何も把握していない可能性もある、私のときのように。幸い私は虐待なんてされなかったけれど、今回は不運にもそういった家庭教師にあたってしまったのかしら。
とにかく真相を探るべく、私はこの前の自分への誕生日プレゼントにあつらえた特別製のキャットスーツに着替え、ケイトに「万が一にでも侯爵家が襲撃に遭った時に」と教わった通り(!)天井裏にもぐりこんだ。ウィリアムの部屋の真上に忍び込み、ほんの少しの火魔法を使って針の先ほど穴を開けて、中の様子をうかがう。
粗末なベッドと机しかない殺風景な部屋でウィリアムが机に向かっている。ここ本当に侯爵家なの?そのすぐそばにいるのは例の家庭教師と……部屋の隅にいるのはお母様!?威圧的な老婦人が計算式らしきものが書いてある紙をウィリアムに見せつけ「こことここが間違っています。やり方は昨日教えたでしょう!?どうして覚えていないのですか!?そんなことでは次期当主にはなれませんよ!?」とヒステリックにわめいていた。天井上で聞いている私だって心臓がバクバクするほどの迫力だ。
するとお母様が「先生、ここは私が……。」とそれをさえぎる。助けるのかと思いきや、「どうせ旦那様が下賤な女と作った子なんでしょう!?なんて汚らわしい!その上、出来も悪いなんて!!」と叫びながら、鞭で腕だけでなく身体中を打ち始めたのだ。「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。」痛みで彼が椅子から転げ落ちる。
それを見て、「あんたなんか!生まれてこなければ良かったのよ!」とますますヒートアップするお母様に、ニヤニヤする家庭教師。
あんの!!!クソババアども!!!!!
怒りで目の前が真っ赤になる。頭が沸騰しそうだ。今すぐにでも下りて行って、あの根性悪どもを叩きのめして彼を助け出したい。庶民になった時のためにケイトに鍛えてもらったから、それくらい私にもできる。でも……暴力だけでは解決しないことも理解していた。とにかく何とかしないと。天井ごと火魔法でふっとばしたくなるのを抑え、私はこっそりと天井裏から地上へ戻った。
あのままではウィリアムの心が壊れてしまう。あの子は何も悪くないのに。まずは安全を確保し、治療を受けさせる、後のことはそれから考えようと決めた。自室に戻ると、綿埃だらけの私を見たカインがちょっぴり驚き、ケイトがササっと近寄って身なりを整えてくれる。
「あのね、2人に協力して欲しいことがあるの。」
待っててね、必ず助けるから。
(作者:次回、弟奪還編です。)




