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変わったあの子(sideシャルル王太子)

「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」

僕は王子らしからぬ声を出して、執務机に突っ伏した。怪訝そうな視線をおくってくる護衛騎士。普段の僕らしくないからだろう。僕は咳払いして、ぐしゃぐしゃにしてしまったブロンドの髪を整える。


ディアナ・バーンスタイン。僕の婚約者。


ついこの前までは、月2回の定例のお茶会のたび、彼女は僕にすり寄り甘い言葉をささやいていたのに。

ついこの前までは「私は将来の王妃なのよ!」と初等学校でも家でもわがまま三昧だったのに。

ついこの前までは、僕に近づこうとする令嬢を苛烈に追い払っていたのに。


元々彼女との婚約は政略的なものでしかない。僕は国王と正妃の第一子である。王位継承については一番正当な立場にあるが、実は一つ下に父と側妃との間に生まれた弟がいる。もしその弟とディアナが婚約したら……僕の即位にとって最大の障害になる。それほど彼女の生家の力は強いのだ。そんな盤面をひっくり返してしまう力をあらかじめ抑えるべく、結ばれた婚約だった。


それでも侯爵から命じられているのだろう、彼女は必死に僕に気に入られようとアピールしていた。そんな彼女が僕は苦手だった。それに家の権力や婚約者としての立場を笠に着るその姿に嫌悪感を感じてもいた。王命でしかたなく彼女と婚約し交流してきたが、どうにか彼女自身の瑕疵を証明し、王家にふさわしくないと貴族社会で判断されるようなネタが欲しくて”影”を密かに配置したのだ。


そんな彼女が姿を見せなくなったのだ。いや、全く見せないわけではない。あまりに欠席が続き、具合でも悪いのかと侯爵家に問い合わせようとすると、それを察知したかのようにやってきては、天気や花、茶菓子の話などして、30分きっかりで素早く帰っていく。その姿はさながら東の国のIDATENのようだった。


服装も変わった。前までは子供らしいふわふわフリフリのドレスを着ていたが、同世代に比べて大人びている彼女が切るとちぐはぐな印象で、僕の瞳の色であるアイスブルーを多用したファッションにもうんざりしていた。それがある日を境に、落ち着いた色合いのシンプルなドレスを好んで着るようになった。正直、似合っていると思う。


また”影”からの報告も、かなり奇抜なものに変わった。


「お嬢様は最近、筋トレにはまっておられます。」

「ダンスとかではなく?」

「いえ、『筋肉は私のことを裏切らないから』とおっしゃって、腹筋や背筋、腕立て伏せに励んでおられました。せっかくなので”影”の初期トレーニングを教え込んでいます。」

なにがせっかくなのか。未来の王妃には格闘技術も潜入工作の心得もいらないぞ。


「先日、ディアナ様は『オデン』なるものをお作りになられました。」

「それはなんだ?」

「観賞用のKONBUUを煮て、さらに卵やじゃがいも、デビルフィッシュ、薬草のダイコーンを煮たものです。」

「それは……何に使うんだ?」

「食用です。」

“影”も味見をしたが、なかなか独特な味だったらしい。ちなみにディアナは他の人に食べさせるわけにはいかない、と泣きながら完食したそうだ。無理するなよ。


「この前、お嬢様は初めておしのびに行かれました。」

「どうせ、洋服店や宝石店で贅沢三昧だったんだろう?」

「いえ、文具店を回られた後、街に迷い込んだヘビを捕まえて野山に返されました。」

「……アイツ、ヘビなんて触れるのか?」

「ジャングルなど森林ではヘビは貴重な栄養源ですから、捕まえ方を教えました。」

今回は食べる必要がなかったので、心優しいお嬢様はリリースされましたが…と”影”。なんでちょっと誇らしげなんだ。僕は監視しろと言ったんだ、魔改造しろとは言ってないぞ。


お茶会でのつれないそぶりも含めて、最初は僕の気をひきたいがためにやっているのかと思ったが、そもそも彼女は身近に王家の”影”がいることを知らないから、そんなことをするわけがない。


正直興味をひかれたが、彼女はまったくといってそんなそぶりを僕の前では見せないし、そもそも会う機会が少なすぎる。仕方がないので、「監視しないといけないからな!」となぜか言い訳をしつつ、報告に来た”影”とは別の影に無理やり記録水晶を握らせ、少しだけでも彼女の日常を映してくるよう命じた。ほら、普段の”影”はもしかしたら僕に嘘をついているかもしれないから。


ドン引きしながらも、命令に従った”影”が侯爵家で撮影してきた彼女の姿は。


いつも報告に来る”影”の女とトレーニングに勤しむ彼女。僕の前ではしっかりと結い上げている髪を溌剌とした一つ結びにし、少し顔を上気させている。あるいは”影”と最近入ったらしい黒髪の従者とトランプをする彼女。ちっとも勝てないようで、拗ねながらも何回も勝負に挑んでいる。また、本を読むのが好きみたいで、心躍る冒険譚に目を輝かせたり、悲恋物語に大きな目から涙をこぼしたりしていた。


僕が見ていた、必死に自分をアピールする姿でも、最近の貴族令嬢として一線を引いたような態度でもなく、イキイキとした彼女の姿、表情になぜか体が熱くなるのを感じた。


僕の前でも、こんな顔をして欲しい。僕たちは婚約者だろう?

気付いたら彼女のことで頭がいっぱいになってしまう。どうしていいかわからない。

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