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お嬢の涙(sideカイン)

お嬢が戻ってくると、真剣な眼差しで机に向かい出した。邪魔しないようにこっそりとそばに控える。眉間を揉みながら難しい顔をして考え、頬づえをついたり、頭を抱えたりと忙しい彼女。


何でも、ラブレターの代筆を引き受けたらしい。

お嬢から愛の言葉をもらえるなんて妬けるな、と前に冗談半分本気半分で言ったところ「これは私からの言葉じゃなくて、私が依頼主さんの思いを形にしているだけなのよ。」と笑いながら言っていた。「じゃあ、お嬢にはお嬢自身の愛の言葉を贈りたい相手はいないのか?」と尋ねると、「婚約者はいるけど、そういった気持ちはないわね……今はあなたとケイトが一番好きよ。」とはにかみながら答える。く、可愛い。あのクソ上司と一緒というのは納得がいかないが、まあまだお嬢は12歳。この侯爵家を出る予定の16までに、俺の思いをわからせればいいだろう。


うんうん悩んでいたディアナだったが、何かひらめいたのか、小さな黒板にさまざまな文字を書いていく。ブラウンの瞳が熱をおび、輝いている。


こうなったお嬢はなかなか止まらない。きっと疲れるまで書き続けるのだろう。俺は頃合いを見て、疲労回復に甘いミルクティーを淹れようと思った。確か、届きたてのアッサムがあったはずだ。


結局その日、登校以外は部屋にこもりきりで、お嬢はラブレターを考えていた。彼女はあまり社交的でないようで、ほとんど他の貴族の子供たちとの交流がない。貴族としては問題なのかもしれないが、俺としては有難い。こんな可愛いお嬢を他の令息達に見せたくないから。




「今日は、私と手合わせをしましょう。」

その夜、お嬢が寝静まった後、クソ上司がそう言って侯爵家の庭に俺を連れ出した。

いつものメイド服から、動きやすい真っ黒のパンツスーツに着替えている。これがコイツの本来の姿か。

「それは構わないが、あんまり音を立てるとみんな起こしちまう。魔法はナシだな。」と俺は執事服をまくり上げながら聞く。強化魔法があり男女差なんてあってないようなもんだから、問題ないだろう。

「この周り100mは遮断したので、いくら叫ぼうが爆発しようが大丈夫ですよ。」と事も無げに彼女が言う。

「じゃあ、思いっきりやらせてもらうぜ。」と俺は昨日されたことを思い出して、いきなり火魔法をぶっぱなしてみたが、ヤツの風魔法で倍返しにされた。次々と飛びかう攻撃魔法。これまでは魔法は最小限に、とにかく早く、静かに殺すことが任務だったから、こういったやり方は新鮮だ。


その日の手合わせは、夜中まで続いた。俺は一度もヤツに勝てなかったが、俺だって倒されはしなかったから、良しとしよう。俺は16で、まだ、成長期だ。



そしてまた朝が来て、いつものルーティンが始まる。お嬢との幸せな時間と、うっとおしい女どもの嬌声と、スパイ狩りに訓練。それが今の俺の全てだ。


だがその日はいつもとは違った。クソ上司が、それまたお偉いさんに報告に行く日。


「城…?」てっきりヤツが王宮に行くからだと思っていたが、よく考えればこれはお嬢の予定表だ。あわてて確認に言ったところ、ラブレターが完成したのだろうお嬢が上気した顔でクルクルと回っていた。初めてみる髪型に、愛らしいなと思ったが、今は確認だ。


「と、とにかく何人か手の空いてるメイドたちを集めてきて!適当にとりつくろってくるから!」と慌てた様子のお嬢に言われ、俺は手の空いているメイド2人に声をかけた。お嬢は支度を終え、手配しておいた馬車で慌てて出ていった。そうか、例の”婚約者”は王子サマか。


「カインさん!今日も会えてうれしいです。私、ローズって言います!」とあの青い髪の女が俺にすり寄りながら名乗った。手伝ってくれたのは有難かったが、何ともうっとうしい女だ。

「本当にお嬢様ってわがままですよね?こんな急にお茶会に行きたいだなんて。」

「いえ、私の確認ミスだったので……。君たちにも面倒をかけましたね。」とその女と、女を困ったように見ている茶色い髪の少女に言った。彼女の方は仕事に戻りたそうに、女の裾を引っ張っている。

「そんな、かばわなくて良いんですよ!今は落ち着いていますけど、お嬢様って意地悪で自分勝手だったって、他の先輩たちから聞いて知ってるんで!邪魔者はいなくなりましたし、よかったらこのまま」とそいつは潤んだ目で俺を見上げる。何もかもが不愉快だ。


「君たちにもやりかけの仕事がありますよね?ライラと、ローズと言いましたか。お2人には後で、メイド室にショコラを差し入れしますから、受け取ってくださいね。」と適当にあしらう。


お嬢のいない間は、家令の指示に従い侯爵家の業務に従事する。ディアナは婚約者にどんな顔をするんだろう。そんなことを考えると、胸がチリチリするのを感じた。

だからお嬢が帰ってきたときは、なんとなくホッとした。

疲労困憊といった感じで帰ってきた彼女に「おかえり」と、ハンドマッサージでもしようと思っていたのだが。


「お嬢……?」


自室で呆然としている彼女。

ただならぬ気配に俺が走りよると、彼女の手と、目の前の洒落た机の上に、バラバラになったあのラブレターの無残な姿があった。

「お嬢……」

「机の上……乾かしてたら…こんなになってた…明日持って行こうと思っていたのに……。」とぎれとぎれに話すお嬢。

「カインごめん、ちょっと胸貸して?」

かける言葉がみつからない俺にディアナはすがりつき、こらえきれず涙を流し始めた。


俺は最低かもしれない。

俺の胸に顔をうずめて、大声をあげて泣くお嬢に心が満たされるのを感じたのだ。ディアナの感情を受け止められるのは俺なのだ、彼女の婚約者でも両親でもなく。


俺はそのままぎこちなく彼女を抱きしめ、頭や背中をなだめるように優しく叩いた。

この時がずっと続けばいい、お嬢はずっと俺の腕の中にいればいいんだ。

そんなほの暗い思いを知らずに、お嬢は泣き止むと「ありがとう、もういいわ。」と離れた。鼻は真っ赤になり、顔全体は涙でぐしゃぐしゃだ。そんな顔すら愛おしい。

大丈夫か聞くと、これからまたラブレターを書き直すという。

「まだ納品まで日があるんだろ?明日か明後日にしてもいいんじゃないか?」

「確かに期日までには時間があるわ。でも、修正が必要になるかもしれない。」そう語る彼女の目はまっすぐで、ひたむきで。


その夜、お嬢は遅くまで起きて仕事をしていた。任務も訓練も断り、こっそり彼女を見守っていたのは内緒だ。


不運なことに、次の日は朝から授業だった。寝不足でいつにもましてぽやぽや状態のお嬢だったが、「休んだらどうだ?」という俺に、子供の本分として、学校には行くべきだと首を横に振った。着替えの最中、今回のいきさつをクソ上司に説明している眠そうな声が聞こえる。


学校から帰ってきたら、俺とっておきのはちみつ入りホットミルクと湯たんぽで温めたベッドで彼女を迎え入れよう。きっと、「眠くない……」なんて言い張りながら、とろとろと眠りに落ちるんだろうな。


そんな彼女を想像すると、昨日のあの強い意志を秘めた表情とのギャップに思わず笑ってしまう。お嬢は本当に、可愛いな。

だが彼女が帰ってくる前に、俺にはやっておくことがあった。


「お嬢様はああおっしゃっていましたが、あなたのやるべきことはわかりますね?」

クソ上司がすれ違いざま、俺に言う。

「ああ。完全に俺のミスだ。心当たりはある。」と答えて、俺はあの女のところへ向かった。


「カインさん!ショコラありがとうございました。」とあのローズとか言う女が嬉しそうに駆け寄ってくる。俺はそのまま無言で人気のない廊下まで押しやった。何を期待しているのか、女の目が艶やかになる。そのまま壁際まで追い込み、女の顔の横に手をついた。


「なあ、あの手紙をあんなにしたのはお前か?」

「え………。」と普段の俺とは違う態度に驚き、呆気に取られている。

「お嬢が一生懸命書いたあの手紙をずたずたにしたのは、お前かって聞いてんだよ。」俺は殺気を出しながら問うた。

「そんな……だって私たちは使用人だし、お嬢様にあんなふうに請われたら断れないでしょう?だから、私あなたのためを思って…。」ああ、あの手紙をちゃんと読みもしないで、俺宛てだとコイツは勘違いしたのか。

「俺は一言でもお嬢から助け出してほしいなんて、お前に言ったか。どれだけあの手紙の言葉が俺への気持ちだといいと思ったか……。とりあえず、今から亡骸が残らない方法で俺に消されるか、すぐにこの侯爵家を辞めるかどっちがいい?」

「……お暇をいただきます……。」

押さえつけるのをやめると、泣きながら女は走り去っていった。

「ああ、お嬢の泣き顔を見られたっていうのだけは、感謝してるよ。」

もう届かないことをわかっていたが、それだけ口にした。

(作者:次回やっと王太子登場です。)

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