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俺の日常(sideカイン)

ったく、あのクソメイド…もといクソ上司は人使いが荒い。


今は真夜中。ホーホーとふくろうが鳴いている。バーンスタイン家の屋敷からおよそ100km離れた森の中に俺はいた。学校は仕方ないにしろ、なるべく一緒にいてお嬢の一挙手一投足を見ていたいのに、「あなたは影との契約ですから。」と合間を縫ってはこうやってスパイ狩りに駆り出されていた。


本当に人がいるのか?と聞きたくなるような獣道をわけいって、とにかく静かに進む。


そういえば、この地方には珍しい白いアイリスが咲くらしい。それも人があまり来ないような山奥の、泉や川などの清廉な水のそばに。お嬢は花が好きだ。俺は一応研修を終えた証としてクソ上司から授かった侯爵家の懐中時計を取り出し、時刻を確認する。これからひと仕事終えて、アイリスを探してからでもお嬢の起床に間に合うだろう。


そんなことを考えていたら、これまでのうっそうとした森が嘘のように急に開けたところに出た。それなりに洒落たロッジが見える。どうやら目的地はここらしい。警戒しつつ近づき、ドアノッカーで来訪を告げた。


「夜分遅く、申し訳ありません。王宮騎士団のものなのですが、御同行願います。」と俺は外から呼びかけた。なんでこんなまどろっこしいことをしているのか。さっさと窓から侵入して締め落とすなり、薬で眠らすなりすれば良いと思うのだが、「それはあなたのような、ならず者のやり方です。我々はあくまでも国の機関の者として派遣されているのですから、規則に従わねばなりません。」と言われたので、やむなく従っている。


「すみませーん。」とさらに呼びかけ続けると、次の瞬間家の中で魔力が爆発的に膨らむのを感じた。

「うぉっと、危ねえ。」素早くドアの横によけると、途端に火柱がドアを吹っ飛ばすのが見えた。やっぱり抵抗してくるか。これまで十中八九、あの名乗りをすると攻撃されている。本当に面倒だ。


それなりに強い火だったのだろう。木々に火が付き、延焼していく。クソっ、お嬢のアイリスまで燃えちまうじゃねえか。俺は闇魔法でその一帯の酸素を奪い取って火を抑え、裏手側から回って部屋に侵入した。

「見逃してくれ……。」と火の勢いと反比例するようにしおらしくなっていた中年の男を蹴り上げて意識を奪い、拘束すると、肩に担ぐ。そういえば、初めてお嬢と会った時、俺があの小さな身体に担ぎあげられたっけ。


早く帰ってお嬢に会いたいな。


そんなことを思いつつ、俺は男の不愉快な重みを感じながら、アイリス探しに向かった。





「お嬢、朝ですよ。」


今日もカーテンを開け、お嬢をそっと揺り起こす。幸せそうに眠っていた顔が、眩しさでギュッと険しくなり、猫のように両腕で顔を隠して丸くなる。お嬢は眠るのが好きで朝が苦手だ。


なんとか身体を起こしたが、まだぽやぽやとした顔のお嬢。普段は髪を結い上げ、貴族令嬢らしいキリっとした顔をしているが、実はまだまだ子供。眠そうな油断した顔を見られるというのは、従者特権だろう。


そんな幸せを感じながら、ベッドから立ち上がったお嬢を支度部屋までエスコートすると、クソ上司にバトンタッチする。


ちなみに、白いアイリスと、ついでに摘んだ青い小さな花々を散らして作ったブーケはお嬢の部屋に無事飾られた。


学校に行くために、外用の比較的格式のあるワンピースに着替えた彼女が、飾られた花々に気付いて目を輝かせている。

「綺麗なお花ね。あなたが摘んできてくれたとケイトから聞いたわ。ありがとう!」キラキラとした屈託のない笑顔で彼女が言う。わざわざ荷物を抱えて頂上付近まで走って手に入れてきた甲斐があった。




貴族として家庭でも教育を受けているお嬢は、初等学校は全ての授業に出なくてもよく、ちょくちょく足りない教科だけ受けに行けばいいらしい。今日は午後からだ。朝の給仕は地味メイドの番なので、俺はお嬢がいない間に居室を整えようと思ったんだが……


「「「マイヤーさん!」」」


おいでなすった。いつもこの時間は念のため、クソ上司から借りている黒い膜を眼に貼るようにしている。


侯爵家の廊下で立ち止まった俺は、途端に有象無象のメイド共に取り囲まれた。


「お疲れ様です!これからお嬢様のお部屋のお掃除ですよね?今日は私たちがお手伝いします!」と茶色い髪の女が代表して言う。

「今日はあなたたちですか。よろしくお願いします。」そう言ってお嬢の部屋に入ろうとしたが。

「確かケイトさんの遠縁なんですよね?」と別の1人がドアの前に立ちはだかって俺に聞いた。それを皮切りに次々と質問が飛んでくる。

「マイヤーさんはいくつなんですか?」

「好きな色は?休みの日は何してるんですか?」

「好きな女性のタイプは?」

などなどなど。

合間にちょいちょい俺の腕や肩を触ってくる。本当に不愉快だ。俺は笑顔を崩さずに答える。ああ、うっとおしい。これをお嬢に見られて、喜んでいるなんて勘違いされると嫌だな。

「わがままなお嬢様に振り回されて大変ですよね?良かったら今度美味しいケーキでも…」

その中でもひと際自信ありげな青い髪の女が、俺にしなだれかかりながら脂肪のかたまりを押し付けてくる。発作的に手を上げそうになるが、なんとか意志の力で抑え込む。海藻か濡れ落ち葉のようにまとわりついてくるヤツラから抜け出して、ドアを開けた。


研修を終え、お嬢の従者になったときからこれが続いていた。正直昨日の任務よりも疲れると、俺は思った。


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