表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

記録No1:151人目の転生者

「どうして、世界はこうも不条理なのかしら」


心の底からそう思った16歳の夏、私『響谷ヒビヤ レイ』は……

川の底へと沈んでいった。


人間は生まれながらに平等ではない。


才能を持つ者。持たざる者。

行動に対価を得られる者。得られない者。


少なくとも私は後者だった。だから今「こんな状況」にいる。


波立学園2年、響谷令。

成績も運動も平均的、特技もなく、容姿はー……自分で言うのもなんだけど、悪くはないと思う。


(もっとも、今時黒髪長髪なんて男子受けはそうよくないけど)


そんな私に強いて他と違うところがあったとすれば、私は嫌な奴だったという事だ。


私は世界を諦めていた。

人も、世界も、何をしても変わらない。

限りなく「詰み」に近い世界だと、スマホを片手に俯瞰していた。

こういうのを「諦観者」と呼ぶらしい。


(本当に、嫌な奴だ)


いつもどおりの下校中、橋の上から喧噪が聞こえた。

小さな女の子が、川に落ちたらしい。


野次馬の声が響く。


「早く救助を呼べ!」「誰か助けてあげて!」「泳げる男の人はいないの!?」


野次馬が揃ってスマホのカメラを川に向ける。

獅子の谷に落ちた子どもを眺めるように。


私は、私にいいつける。

私には関係のない事だと。


「はぁ……詰んでる」


そのはずなのに、私は柄にもなく川に飛び込んでしまったらしい。


誰かがなんとかしてくれる、そんな野次馬達のガヤに腹が立った?

内に秘めた正義の心が、見てみぬふりをできなかった?

私は実は同性愛者のロリコンで、女の子から感謝されたかった?


心のどこかで、少なからず対価を求めていたのは間違いない。


頭では、わかっていた。


私は、才能を持つ人間ではない。

私は、行動に対する正当な対価を得られる人間ではない。


汚れた川の水を吸った制服が重い。

川に飛び込む時は服を脱げって、どこかで聞いた事があったのを今更思い出す。


だけど……私にも多少は女としての羞恥心はある。


(どちらにせよ、無理だったかなぁ)


肺の空気が尽き、代わりに汚水が流れ込む。

私の死は、決定した。


(あぁ……これはもう、詰みね)


最後に、女の子を抱きしめた感触はあった。

少なくとも彼女の元には届いたらしい。


もがくように、上も下もわからない中でこの子だけは助けようと、もがいた。


(あの子は、助かったのかしら……)


それを確認する術はもうない。


(さあ、走馬灯もここまでね)


(そろそろ意識を終わりにしましょう、苦しいし……)


最期に他人を思いやれる程度には、私は嫌な奴なりに、いい事をしたのかもしれない。


………


……



そのはずだった。


「がはっ…!げほっ、ごほっ!」

喉が潰れるような勢いで水を吐く。


「な、なに……?」

水の入った目をこすり、次第に視界が戻ってくる。


青い空と、白いレンガのような壁。

遠景には赤いレンガの屋根が並んでいる。


続いて、水が抜け始めた聴覚がかろうじて戻る。

私の周りに人がいることを認識させたのは、視覚よりも先に聴覚だった。


取り囲むように、周囲の人々のガヤが聞こえる。

まだ耳に水が残ってるから、話している内容までは聞こえない。


どうやら私は、公園の池のような、レンガで作られた水の中にいるらしい。


「ここ……どこ、よ……?」


状況を把握したはずの私は、状況を理解できずにいた。

私の16年間の記憶に、こんな場所は存在しない。


私が飛び込んだ川とは明らかに違う。

公園の中の池、比べ物にならないほど穏やかで、浅く、水が綺麗だ。


足がつくのを確認し、池の中で立ち上がる。

酸欠のせいで、まだ眩暈がする。


「大丈夫ですか?」


「は、はい……えっ?」


声をかけられた方向から、手が差し伸べられる。

眩暈で満足に歩けない私は、咄嗟に手を取り、顔を見上げる。


鉄の鎧と兜、腰には剣。

私は、ファンタジーで見るような騎士風の男の手を掴んでいた。


その時の顔は、さぞキョトンとしていた事だと思う。


「歩けますか?」


よろよろと、水をかき分け歩を進める。


「大丈夫そうですね、騎士団本部の医務室にご案内します」


「き、騎士団……? あなたは一体……っ!」


そこまで口に出したところで、気管に残っていた水が逆流し、ひどく咳込んでしまう。


「げほ……はぁ」


かろうじて動く足で、男の導きに従って歩き出す。


次第に野次馬の声が遠くなると共に、耳の水も抜けて聴覚が戻ってきた。


そして、多くの声の中からただひとつだけ、ふと言葉が聞き取れた。


「やっぱり……あの子も151人目の転生者?」




「……詰んでるわね」


私は今、なぜか牢屋にいた。


騎士風の男に、ひときわ大きな建物に連れてこられた。


白いレンガと、赤い屋根。

まるで中世のヨーロッパのような街並み。


騎士団本部と呼ばれていた建物に入り、大理石の床を踏むと、同じような恰好の男達が集まってきた。


小さな一室に通され、そこには白い服の金髪の女性がいた。

彼女は私に心配そうに駆け寄り、タオルで服と髪を拭いてくれた。

その後、いくつか体調について質問されたが、私は特に問題はないと答えた。


強がりではなかった、本当になんともない。

肺が汚水で満たされている事もないし、眩暈も治まった。


それを確認すると、騎士のような男の一人が私の手を掴み……


「こんなところに放り込まれた、のよね……」


川に飛び込んでからこちら、落ち着いて頭を動かす暇はなかった。

図らずも一人になった私は、自身が置かれた状況を整理する。


「少なくとも、ここは私が川に飛び込んだ場所ではないわね」


「国すら、違うように見えるわ……」


まだかすかに濡れている長髪が、生乾きの制服越しに肩に張り付く。


「ネットで見た事ある、異世界転生ってやつ……? まさか」


私は、本を読むほうではなかった。

そういうものがある、程度には認識しているけど……


「いきなり牢屋に入れられるのは、そういうジャンルとしてはセオリーなのかしら」


こんな状況でも、自分を俯瞰し皮肉が口を突く。

根っからの嫌な奴は、自分でも意外なほど図太かったらしい。


「……あの子、ちゃんと助かったかな」


膝を抱いて座り、ふとそんな事を考える。

あれで死なれたら私が頑張った甲斐がない。


座ったまま、体が震える。

石造りの牢は、少し寒い。


コツ、コツ、コツ……


「ん……?」


少しずつ近づいてくる足音に、顔を上げる。


「あのー……」


「あなた、さっきの……」


覗き込むように顔を見せたのは、さっきの金髪の女性。

少し落ち着いた今見てみると、歳は私と同じぐらいだろうか。

少しウェーブのかかった薄い金色の髪を胸元まで伸ばしている。

看護師のような人かと思ったけど、白い服はよく見ると教会のシスターのような服だ。


「す、すみません! いきなりこんなところに押し込んで……」


私の正面に来て、牢の外で何度も頭を下げる。


「風邪をひいてしまうので牢に入れる事には反対したのですが、私の権限ではどうにも……」


「あなたのせいではないわよ、さっきはありがとう」


彼女の態度に、思わず口調が砕けてしまう。

無意識に顔も緩んでいたのだろうか、私と目線を合わせた彼女は少し安心するように微笑んだ。


「私は『レナ―テ・コーレイン』、オルリック教会の牧師です」


「響谷令よ、えっと……特に肩書もない、ただの学生ね」


二人の間を冷たい鉄格子が遮っているにも関わらず、すこしだけ空気は温かくなったような気がする。


「ねえレナーテさん、ここはどこなの?」


「やっぱり、わからないですよね」

「ここはスラン大陸、かつては大蛇ニーズヘッグ様が治めた地です」


やっぱり、と言っていた事が少し気になったが、それ以上に確かな事がある。

聞いた事がない土地に、大蛇というファンタジーな存在。


「じゃあ、ここはやっぱり……」


異世界へ転生する、という物語は私のいた世界にはたくさんある……らしい。

私自身がそんな体験をするとは思わなかったけど。

あるいは、これは瀕死の脳が見せている夢?

そうでないなら、死後の世界か……。


「……いひゃい」


「えっと……何をしているのですか?」


「ちょっと気付けを……?」


試しに自分の頬を抓ってみた。

申し訳ないが私はこういうセンスが時代遅れらしい、自覚はある。


「あの、ヒビヤさん……本当に体調には問題ないですか?」


「ええ、おかげさまで大丈夫よ……少し寒いけど」


「そう、ですか……」


私の体調を確認すると、レナーテは少し暗い顔になる。


「どうしたの? 私の体調が無事だと、何かダメな事があるのかしら」


すこし意地悪っぽく聞いてみる。


「そ、そんな事はないです!」

みたいに、少し慌てながらな返答を予想していた。


しかし・・・


「ダメではありません、むしろ……それなら明日、予定通りに行われます」


彼女は淡々とした口調だった。


「行われるって、何が……?」


「あなたの処刑です」


「え……?」


一瞬、唖然として間抜けな声が出た。


「処刑……って、どうして……?」


「ヒビヤさん、あなたは……『転生者』ですよね?」


私は、ここで目覚めた後に公園で聞こえた野次馬の言葉を思い出す。


「151人目の転生者……」


「はい、オルリック教会はあなたを処刑しなければなりません」


「処刑するのに、私の体調に気遣ったの?」


「体調に問題のある方を処刑する事はできません」

「旅立ちは、健康な体でなければなりませんから」


「……ばかばかしい」


私は数歩後ずさり、壁に背を預ける。

頭の上には鉄格子がついた小さな窓があり、二人の間に日が差し込む。


「……ごめんなさい、私達が生きていくにはこうするしか」


処刑される事自体に、恐怖も意外性もなかった。

一度は死んでいる身、あるべき状態に戻るだけ。


ただ、ひとつだけ彼女に聞いておきたい事があった。


「だったら、どうしてそんな泣きそうな顔をしてるのよ」


レナーテは俯いた顔を上げ、私を見つめる。

その目には、少し涙が浮かんでいた。


「だって……だってもうこんな事……!」


絞りだすように、慟哭のような声で彼女は続ける。


「何人も見てきたんですよ……私が治して、手当しては処刑に立ち会って……」

「あの人達も、ヒビヤさんも、何も悪い事なんてしてないのに……!」


日が傾き、窓からの光がレナーテを照らす。

そのおかげと言うべきか、そのせいでと言うべきか、その両頬を伝う雫がはっきりと見えた。


「お願いです……私にここの鍵は開けられませんが……なんとかして逃げてください」


「なんとかって言っても……」


目の前には頑丈な鉄格子、ふと見上げると同じく鉄格子のついた窓。

四方は硬い石の壁。

ただの女学生にどうにかなるとは思えない。


「……詰んでるわね」


「あ、諦めないでください!」


「そういうあなたには何か手はあるのかしら?」


「それは……」


意地悪な事を聞いてしまった、とは思う。

しかし、どうにもならないのは事実だ。


「それに、私を逃がしでもしたらレナーテさんだって罪になるでしょう?」

「詰み、なのよ」


レナ―テは、私に怖がるような、あるいは不思議なものを見るような目を向ける。


「ヒビヤさんは、どうしてそんなに落ち着いていられるんですか……?」

「明日には、死んじゃうんですよ……!?」


「そう言われても、一回死んでるし……いや、一回目の時も結構冷静だったわね、私」


川に飛び込んだという行動そのものはとても冷静とは思えないが、自分の死には冷静だった。

こればかりは自分でも少し驚いた。

実際に経験してみるまでは、その時どういう心境になるのかはわからないものだ。


「きっと、私は嫌な奴だからよ」

「夢も、意味もない、ただ生きるだけの空っぽの人生に未練なんてないもの」


思わずそんな言葉を紡いでしまう。

目の前でべそをかく少女のためじゃない、これが私の本心。


「そんなの、悲しいじゃないですか……」


「そう? 私の世界には結構いたわよ、そういう人」


ふと、私は自嘲気味に笑っていた。


「本当に、つまらない、詰んだ世界だった」


日が沈みかけている。私の牢に差し込む光はもうない。


少し遠くから、何人かの重い足音が聞こえる。


「行きなさい、私と長話してたなんてバレたらまずいでしょう?」


レナーテは何度も、廊下の先と私へ交互に目線を往復させる。


「少しの間だったけど、最後に話せたのがあなたでよかった……と思うわ」


「ヒビヤ、さん……」


「元気でね……“レナ”」


「……はい、ヒビヤ……さん」




翌日


これから死ぬというのに私はよく眠っていた。

目が覚めたら病院のベッドの上、という事もなかったようだ。


騎士風の男達は先日とは打って変わって、牢の格子を開けるなり私の両手を縄で拘束した。

外へと連れ出され、群衆の目線の中、昨日目が覚めた公園まで歩かされる。


途中、目に映ったのは街の景色。


(……改めて見ると、綺麗な街ね)


用水路に流れる水でさえも、私が飛び込んだ川とは比べ物にならない。

ここで死ぬのなら、あんな汚水に溺れて死ぬよりは幾分かマシに思えてくる。


公園は、昨日とは様変わりしていた。

物々しく騎士達が円状に並び、その中央にある木製の大きな造形物。

鍵のついた木の枷と、その上には血錆がこびりついた巨大な刃が仕事の時間を待っている。


(ギロチンか……絞首刑とかは苦しそうだけど、これなら一瞬なのかしら)


縄を解かれ、かわりに頭と手首を枷に嵌められる。

この体勢が結構つらい。


脇に立つ騎士が、私にはわからない言葉で群衆へ演説を行っている。

きっと罪状のようななにかを読み上げているのだろう。


(そういえば、最初に会った騎士や、レナはどうして言葉がわかったのかしら)


そんな小さな疑問が浮かぶ程度には、私は自分の状況を俯瞰し、諦観していた。


顔を上げ、群衆に目線を向ける。

レナの姿はない。


よかった、と思った。


騎士の一人が合図を送る。

脇に居た騎士が、ギロチン台の操作を始める。


(あぁ……こんな事は、私で最後になればいいけれ―


………


……



「もう2回目ですか、速いですね」


そこは、まるで海の底のような場所。

一面の青に、キラキラとした「欠片」が浮かんでいる。


鉄面皮のように冷たい表情をした銀髪の少女は、そっと「欠片」のひとつに触れる。


「あなたが生まれた意味、その役目……果たす時が来ましたよ」


「……令」




そこは、まるで海の浜のような場所。

波の音と、水の冷たさで「私」は目を覚ます。


「……また、なの?」


2回目ともなれば、我ながら動揺がないものだ。


遠くから大きな音が聞こえる。

重機が走るような音と、絶え間ない破裂音。


道徳の授業で見せられた戦争映画の風景を思い出す。

これは……銃声だ。


ゆっくりと、濡れた体を起こす。


汚水、池の水ときて、次は海水だ。

ベタつく分、今までのふたつより気分が悪い。


「今回は、タオルだけじゃ無理そうね」


独り言を呟きつつ、スカートが吸った海水を絞る。


波の音と、遠くの喧騒でかき消されていた「足音」に気付いたのは、顔を上げた時だった。


「ajie! kjefj ljnk!」


緑色の服を着た、二人組の男が私の目の前に立っていた。

手には黒い鉄の……おそらくは銃のようなものを私に向けている。

怒鳴るような声を上げるが、言葉はわからない。


「無罪の処刑の次は……戦争にでも巻き込まれちゃったのかしら」


私の人生における最悪の状況が、次々と更新されていく。


どうやらこの世界でも、私は……




「あなたの使命は、自らの罪によって滅びゆく世界を終わらせる事」

「令、これから始まるあなたの旅の目的は、世界の『器』となる事」




「だからあなたは」




「どうやら私は」




「『罪』の世界で生き続けるのです」

「『詰み』の世界で死に続けるのね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ