人助けをしたようです
「そろそろさっきの……殿下からは見えないと思いますが?」
「馬車までもう少しだ。このままで。」
「降ろして下さい。」
流石に身体を鍛えた騎士でもお姫様抱っこで移動するのはキツいだろうと、凛花は先程からダニエルに同じことを繰り返し言っているのだが一向に降ろして貰えない。
「逃げないのも分かってるって言ったのに……。」
「……」
仕方ないので大人しくしているとダニエルの上着の内ポケットから例の紙が少しだけ覗いているのに気が付いた。
──今ならダニエルも両手が塞がってる。ひょっとしてチャンス?
そっとダニエルの胸元に手を伸ばすとダニエルはその場で立ち止まった。恐る恐る視線を上げるとやはりダニエルも凛花の事を凝視している。凛花はそれ以上動く訳にもいかないので内ポケットの紙を掴んだまま、目だけは逸らさずにどうしたものかと様子を窺う。
「……」
「……」
──いや、何か言わないの?止めろとか。落とされてもいいのか?とか。
もう暫く固まっていたがダニエルもまた動かないので試しにそっと手を動かし紙を引き抜いてみる。……やはりダニエルはされるがままで凛花の方をじっと見つめているだけだ。凛花はダニエルの目を見つめたまま紙を引き抜くことに成功した。
「それを見て何が分かる?何か思い当たることでも?」
やっと口を開いたダニエルは何を考えているのか、やはり表情からは読み取れそうにない。
「…紙の感触と、インクのかすれ具合……でしょうか?」
「紙の感触?」
「ダニエル様はとても滑らかにペンを運んでいらしたのでそれが少しだけ気になっていたのです。」
ダニエルは降参したのかその場に凛花をそっと降ろした。ここでこれを見てもいいという事なのだろうか?どうしようかと二つ折りにされた紙を持ったまま立ち尽くしていると、ダニエルが早く読めとでも言うように手を振った。
小さく頷きながら紙を開く。注意深く見てみるがペンが引っかかった様子もインクが滲んだ様子もない。まるでつるつるの紙に書いたかのような綺麗な線だ。
凛花は指でその文字をそっと撫でてみた。紙の表面には指で触って分かるほどの凹凸はないようだ。
「不思議……」
──随分荒い紙に見えたのは気のせいだったかな?もしかして紙を作る原料が違ったりする?
思わず自嘲の笑みが零れてしまう。
僅かに微笑みながら紙に書かれた文字を指でたどるその姿を、ダニエルはただ黙って見つめていた。
やがて凛花はその紙を元のように2つに折りたたむと、ダニエルに差し出した。
「私の気のせいでした。これ、返します。ありがとうございました。」
「気のせい?」
ダニエルは怪しむような顔をするものの紙を受け取ろうとはしない。
「あの…これ。」
尚も紙を突き出す凛花に向けて、ダニエルは首を振った。
「え?」
「それはもう処分するものだ。何か気になる事があるのならば持っていればいい。」
「…そう、ですか。別にもう良かったんですけど。」
仕方なく紙を更に半分に折ると、ワンピースにポケットがないかとスカートの両脇を探ってみたがそれらしきものはなさそうだ。
「何をしている?」
「いえ、ポケットがないかと思って……」
「ポケット?」
「はい、この紙を入れようかと。」
ダニエルは凛花の顔をじっくりと眺めると、自らの胸元を指さした。
「女性の服のポケットは大抵が胸元にあるものだと思っていたのだが…違うのか?」
──は?シャツじゃあるまいしワンピースの胸元にポケットなんかある訳が……。
ダニエルの言う通りに胸元に視線を向けると──あった、ポケットだ。ハンカチや花などを挟むためのものだろうか?何やら穴まで空いている、飾りではないきちんとしたポケットがついていた。
「あ、ほんとだ。珍しいデザインですね、気付きませんでした。」
ダニエルに見守られながら胸ポケットに小さく折りたたんだ紙を入れる。
「珍しい……?」
「普通スカートのポケットは両側にあるものじゃないですか?」
凛花は納得していない様子のダニエルを見て、イケメン騎士は女の子の服装には疎いのだろうかと考えていた。




