ようやく思い出した
──ディーって、あの話に出てきた影の騎士の名前だ。前世の記憶を持ったままのヒロインが追放先で出会う騎士……。
「ディー……」
凛花は小さくその名を口にするとそのままの両手で顔を覆い、きつく目を閉じた。
──あらすじだけでも……何か思い出せるはず。確かヒロインは転生を繰り返していくうちにだんだん思い通りにストーリーを運べるようになっていく話だった。
いきなり黙って頭を抱え込んだ凛花の様子に驚いたのか、カテリーナ王女もダニエルも静かになった。
「リンカ?どうした?」
「……」
「ダニエル、ごめんなさい。ちょっと私一人になりたい。」
そう言うと凛花は唖然とする二人を部屋に残したままいきなり部屋を飛び出した。部屋の扉を後ろ手に閉めると廊下でそのままうずくまる。『ディー』という名前を聞いたことがきっかけとなり凛花の頭の中には次々とストーリーが蘇ってくる。
「王太子からの婚約破棄で国外追放されるのが一周目。二周目は…国外追放を免れてディーの領地にある修道院送り……。」
この世界で、三年前ヒロインに婚約破棄を言い渡したのは王太子ではない。という事はあおいは既に何度か転生を繰り返しているという事だろう…。
「修道院送りの時のその後は……」
修道院にヒロインの様子を見に訪れた影の騎士。ヒロインは王太子とよく似たその騎士が顔のせいで孤独と生き辛さを感じている事に気付き、心を通わせる。そしてヒロインが修道院から抜け出す決意をするとその手助けをしたいと申し出た騎士と二人で隣国へ逃亡するのだが──。
「ダメだ、もし今が二周目なら逃亡は失敗する……。」
二周目は逃亡の最中に大雨が降り崖崩れに巻き込まれたヒロインが死んで終わったはずだ。大雨に打たれながら必死にヒロインを捜す騎士。大きな岩の下にヒロインの冷たくなった白い手を見た瞬間に絶望し──自ら命を絶つ……。最悪だ。
「どうしよう……。」
凛花は廊下に蹲ったまま自分の両腕を抱え込んだ。
今が転生の二周目なのかそれ以降なのか、分かるのはあおい本人しか居ないだろう。しかし凛花が直接あおいに会いに行けるとは思えなかった。会いに行ったとしても間に合うのかどうか……。
ダニエルにこの事を打ち明けるべきだろうか?王太子を裏切り死ぬ運命かもしれないと本人に伝える?凛花にはそんなことは到底出来そうにない。
「……ダニエルの次に私が頼れる人って?誰かいる?」
凛花の頭に浮かぶのは金髪のダニエル──フィリップ王太子しかいなかった。
──王太子殿下しかない。でも、私なんかの言う事を信じてくれるかな?
背後の扉が開く音がしたかと思うと、ダニエルが凛花の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「リンカ?」
「……でも、駄目。死んじゃ、駄目なのよ。」
凛花は小さく呟くとパッと立ち上がり、ダニエルに向かって真剣な眼差しで告げた。
「ダニエル、私王太子殿下に伝えたいことがあるの。お願い、王宮にもう一度連れて行って?」
ダニエルは驚いて凛花をじっと見つめた。その後ろではカテリーナ王女があざ笑っている。
「だから言ったでしょう?この女だって狙いは結局王太子妃の座なのよ。みんな結局は貴方よりお兄様を選ぶ。」
「リンカ、……俺では駄目なのか?」
「あおいさんの事なの。私…大変な事を思い出しちゃった。」
「……」
「あら、あなたもあの女と同じような事を言うのね。『私にしか見えない未来の話なの』その言葉で今までどれだけの人が騙されたことか。」
ダニエルは唇を固く噛むと一瞬凛花の視線から逃れるように下を向いた。
「カテリーナ殿下にどう思われても仕方ありません。では、殿下が王太子殿下の所まで連れて行ってくださいませんか?」
「何を言っているの?そんな事する訳ないじゃない!」
「リンカ、俺が連れて行く……。」
ダニエルはその場で突然凛花を引き寄せるときつく抱き締めた。
「ダニエル?」
「俺はリンカを信じる。」
「ディー!」
「……殿下、王宮の外で軽々しくその名を呼ばないで頂きたい。」
凛花の肩越しに睨みつけたダニエルの顔を見て、カテリーナ王女がはっと息を呑む音が聞こえた。
「私は忠告したわよ?お兄様と……どうなっても知らないからね。」
「私は王太子殿下を誘ったりしません、ただ相談したいだけで…。頼れる人が他に思いあたらないんです。」
黙って凛花を抱きしめていたダニエルの手から力が抜け、そっと体が離れていく。
「……分かった。会えるよう手配してみる。」




