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諦めの悪い女です

 馬車が王宮の門を出たのは午後になって随分経ってからだった。昼前にダニエルが迎えに来てから今まで二人は何も口にしていなかったことになる。


「ねぇダニエル、お腹空いたんだけど…。」

「え?」


 何か考え事をしていたのか窓の外を見ていたダニエルは凛花の言葉を理解するのに暫く時間がかかったようだった。


「ほら、もうお昼過ぎたのに何も食べてないでしょう?ダニエルはいつもはどうしてるの?」

「そうか、フィルとの約束があんな時間になってしまったから、忘れていた。俺はいつもは騎士団で適当に食べてるが…。気が付かなくて悪かった。」


 そう言うなりダニエルは馬車の窓を小さく開けると何やら御者に指示を出しはじめた。


「街で何か食べようか。食べたいものは…いや、そう言われてもリンカには分からないか。」


 珍しく困った様子のダニエルを見ると、どういう訳だか凛花の気分も少しだけ晴れてきた。


「私も街に連れて行ってくれるの?」

「あぁ、そうだ。」

「ダニエルと一緒に歩くとなんだか注目を浴びそうね。」


 ダニエルは凛花のその言葉に、それまでたたえていた穏やかな笑みをすっと引っ込めた。


「ねぇダニエル?もしかしてわざとそういう風に感情を抑えてるの?」


 凛花は先程から感じていたことを素直に聞いてみることにした。


「表情を顔に出すとフィルに似ていると言われる事が多いんだ。だから外に出るときはなるべく意識するようにしている。」

「そうなんだ。でもね、私が街で注目を浴びそうって言ったのは、殿下に似ているとかそういう意味じゃなくて…。」

「?」

「……ダニエルが、その、かっこいいから…というか。」


 凛花は誤魔化すように小さな声でそう言うとダニエルの反応を窺った。ダニエルは冷めた目を窓の外に向けているが、膝の上の拳に妙に力が入っている…。


「ダニエル?」

「リンカ、俺に向かって二度とそういう事を言わないでほしい。」


 凛花の言ったことがダニエルの怒りに触れたらしい。つまりはカッコイイと言わないで欲しいと言うことだろう。


「そういうの、言われるの嫌だった?」

「……」

「ごめんね。もう言わない。」


 ダニエルは突然自分の顔を乱暴にゴシゴシと擦るとため息をついた。


「あ~!もう、そうじゃなくて。お前と居ると調子が狂うんだ。リンカの目に俺はどう映っている?俺が副団長という事も侯爵という事も知らず、王太子とそっくりという事も知らなかったお前にとって俺という存在とは一体何なんだ?」


 凛花は取り乱した様子のダニエルを驚きをもって見つめた。一体どうしてしまったのだろうか?


「ダニエルは…ダニエルでしょ。強いて言うなら、イケメン騎士様?」

「イケメン?」

「そ、日本では顔がいい男の人のことをそう言うの。」

「……」


──あれ、やっぱり顔褒められるの嫌なのかな?なんだろう?顔がいいことがコンプレックスになる人も居るのかな…?人間不信気味とか?


「いいか、リンカ。一度しか言わないから、よく聞いて欲しい。」


 ようやく落ち着いたのか無表情に戻ったダニエルが改まって凛花の方に向き直った。


「……はい。」


 これは……。何か説教をされる前触れのような気がして凛花は自然と背筋を伸ばした。


「俺は…思った事をそのまま真っ直ぐに伝えてくれるリンカの事が好きだ。」

「…はい?」

「だから、もう諦めて俺の妻になれ。」

「……つま?」


──ツマ?妻?何?プロポーズ?この流れで?


「今頃フィルが陛下に婚約の許可を貰った所だろう。」

「殿下が持って行った書類って…まさか、婚約届?」

「だから、諦めろ。ずっとこのままここにいろ、俺の傍に。」

「日本のことは諦めて、ずっとこのまま……?」


 突然の話で凛花はダニエルの言葉を繰り返すだけで精一杯だった。しかしダニエルの方は真剣に思いを伝えてくれた訳だし、何か答えなくてはいけない。


 凛花はすぐに覚悟を決めると真っ直ぐにダニエルを見返した。


「私、日本に帰れる可能性があるならばそれを知りたい、まだ諦められない。」

「リンカ……」

「でもね、ダニエルが望んでくれる限りは傍にいるって約束したはずだよ?どっちもよ、私どっちも諦めない。」

「あの約束はまだ有効なのか?」

「ダニエルははじめから守る気もなかった?何でも教えてくれる約束したの覚えてる?」

「フィルとアオイに関することは流石に全ては話せない…国家機密だ。それ以外はもう隠す事は何もない。」

「……」

「リンカ、君を大切にするよ。」


 ダニエルはとっくに目的地に着いて停まったままの馬車の中で、凛花を優しく抱き締めた。


「ダニエル……」

「分かってる、お腹が空いたと言いたいんだろう?少しくらい待て。」

「ち、違うってば!」


 ダニエルはゆっくりと凛花から身体を離すと艶やかに笑った。


──あ、今の顔確かに王太子殿下とそっくりだ……。


 馬車の扉を開くと街のざわめきが一気に近くなった。先に馬車から降りてこちらを振り向いた時には、ダニエルの顔にはもう先程の笑みは欠片も残っていなかった。


「行こうか、リンカ。」

「はい。」


 差し出された手を取りゆっくりと馬車を降りると、ダニエルの手が優しく凛花の腰に回された。

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